沢渡京、過去編

第14話 <タイタニア型>迎撃並びにJ-■■地区基地撤退戦 ①

 夢を、見ている。

 黒い泥のような、濁り切った記憶。


    ◆


 その日は暑かった。地下街にすら熱が伝わるような、よく晴れた初夏の日だった。

 じっとりと湿った風が温度を運び、体に纏わりつく。四季の風情があるといえばそうなのかもしれないが、不快な日だった。


 怪物が現れ、空間がひび割れ、空が赤黒く染まろうとも、季節は巡る。日々は廻る。日常は続く。


 最近は珍しく<N-ELHH>の接近警報も鳴らない安寧が続いていた。訓練と休息を交互に繰り返す日々。


 「にしても体がなまっちまうよな、こんなに何もない日が続いてちゃあ……」


 語りかけて来たのは同じ部隊員の一人、有馬雄介。

 真面目ちゃんなのが玉に瑕だが、拳銃射撃を絡めた戦闘は部隊内でもピカイチ。信頼できる仲間の一人だった。


「そう言うな有馬。良いことだろ?軍人は暇こいて民間人に穀潰し呼ばわりされるぐらいがちょうどいいってな」


 「まぁそれはそうなんだけどねぇ……」


 「満喫しようぜ。次こんな余暇いつ来るかわかったもんじゃないんだし。俺読みたい本溜まってんだよ。」


 「そうねぇ……まぁ万全にしておくのも軍人の仕事の内か……」


 「そうそ、肩肘張らず行こうぜ。」


 全てをひっくり返す音が響いたのは、そんな会話を交わした後だっただろうか。


 けたたましくサイレンが鳴り響く。


 「噂をすれば影ってこういうのを言うのかねぇ……」


 「かもな。とりあえず急ぐか。」


 『総員第二種戦闘配置、総員第二種戦闘配置に移行せよ!戦闘員はブリーフィングを終え次第、第一種戦闘配置に移行せよ!』


 「なんだなんだ随分と慌ただしい。待機時間は無しか。」


 廊下を駆ける。

 ブリーフィングルーム手前の装備保管庫に入り、フィッティングセットの前に立つ。

 個人IDとパスを入力し、システム起動。

 アームが体を覆い、伸縮性に優れたスーツ部分と頑健な金属装甲を取り付けていった。

 <Ex-MUEB>、着装完了。メインシステム・待機モード起動。


 ほぼ同タイミングで着装を終えた有馬と合流し、ブリーフィングルームへ。


 「悪い。遅くなった!状況は?」


 「遅いっスよ!」


 「ちょ〜っと芳しくなさそうだね」


 河合一華と長尾未来。

 ポジションはそれぞれARによる臨機応変なアタッカー担当とSRに寄る極遠距離からの脅威排除担当だった。

 小隊全員が合流。ブリーフィング開始。

 スピーカーから管制官の声が響いた。


 『J-■■地区のウォッチポイントν、ここを見て欲しい。』


 見やれば、何か大きな怪物としか言いようのないモノが蠢いていた。


 「何だこれ……?新型の<N-ELHH>か?」


 『半分正解で半分外れと言ったところかな。実戦で遭遇するのは君たちも初めてだろう。<タイタニア型>。

 新型でもなんでもなく、何度も各地で確認され―――その度に凄まじい被害を生み出して来た、最悪の<N-ELHH>だ。』


 「そんなの、倒せるんスか!?」


 「少なくともこの子私のSRの弾丸は通らなさそうだけど」


 『現状、撃破は一例も確認されていない。上層部はこの基地の放棄を決定した。幸い、そのまま内陸部に進行し、他の基地や地下街に被害を齎す様な行動パターンは確認されていない。

 被害は……ここだけで済む。』


 「成る程、この辺のド辺境は人も少ない。地下街からの撤退も容易か。」


 一人得心する。


 『君たちには……殿を頼みたい。民間の方々や、非戦闘員が撤退するまでの時間稼ぎだ。有史以来、殿部隊の損耗率は極めて高いと理解している……その上で……心苦しいが……』


 「分かわぁってますよ、管制官ドノ」


 「沢渡、口調……」


 「まぁ、やるしか無いでしょ!」


 「早く終わらせて、寝たい。」


 『済まない……恩に着る……』


 「湿っぽいの辞めましょうや」


 『あぁ、これより君たち小隊は第一種戦闘配置に移行する。定刻一四三〇イチヨンサンマルになり次第、ウォッチポイントν付近に展開、作戦行動に当たれ!』


 「「「「了解!!」」」」


    ◆


 定刻一四三〇、出撃。

 ウォッチポイントν付近のランディングポイントに降着した。


 「こりゃあなんとも……」


 「あぁ、ひっでえなこれ」


 確認するまでもなかった。見渡す限りの敵の群れ。

 <タイタニア型>本体を叩いて侵攻を止めたいってのにこれじゃあ近づくのがまず一苦労だ。


 「長尾、これ単身で下がれるか?」


 「多分大丈夫。そうは言ってもライン割られたらさすがにダメだからね?」


 「ういうい、まぁそこら辺は俺らだけじゃどうにもならんが」


 「それじゃあまぁ、いつもの感じで行きましょっか!」


 メインシステム、戦闘モード起動。戦闘種別<中距離射撃戦>


 前衛に俺と有馬の近接アタッカー二枚。その少し後ろに側面や後方をARで牽制する河合を随伴させ、後衛の長尾が高台から狙い撃つ。

 いつもの鉄板パターンだった。


 配置を整え、駆け出す。


 俺が右腕でアサルトを構える傍らで、有馬がピストルを引き抜く。

 連続的に響く重たい射撃音と、一発ずつ鳴る少し軽い射撃音。


 「ん、肩貸してくれ有馬」


 「了解」

 巨躯の<N-ELHH>を見つけ、隣の相棒に語りかける


 俺より僅かに広い肩幅を踏みつけ、飛び上がった。

 そのまま実体剣を振りかぶり、真下に振るう。

 目の前の巨体を誇る<N-ELHH>が呻きとともに両断され、崩れ落ちた。

 着地。


 「サンキュ」


 「相変わらず身の軽い奴だ……」


 「そいつぁどうも」


 言葉を交わしつつ、銃と剣を振りかざし敵を屠り続ける。背後は河合が押さえているので安心して前の敵を殺せる。


「セイッ!」「ハァッ!」


 裂帛の気勢はほぼ同時、剣と蹴りとが敵を穿ち命を奪い去る。


 「そう言うお前こそガンカタのキレ増してない?鈍ってんの本当に?」


 「鈍る鈍るって言うほどでもなかったかもなぁ……まぁ慢心は禁物だな」


 「そりゃあそうだが」


 軽口を叩きあっていると河合がこちらを見つつ怒鳴ってくる。……あいつ今こっち見ながら敵の攻撃躱して銃弾ブチ込んだな……

 どういう反応してんだ……


 「お二人とも~!仲良いのは分かりますけど口より手ェ動かしてくださいよ!」


 「へいへい」


 するとザリ……とノイズが走る。長尾からの通信が入った。


 『君達の正面、距離100m、<エリアル型>を確認した。向こうも気づいていないから対処できると思う。巻き込むつもりはないけど一応気を付けて』


 通信が切れるが早いか、後ろのビル街の廃墟から赤色の光が迸った。光は空中で拡散、形を変えて、死を齎す雨として敵の頭上に降り注ぐ。


 『排除完了を確認。』


 「ナイスショット」


 当人がそれを声高に口にすることはないが、狙撃技術と変則射撃を可能にする中の整備技能はこの基地の中でも確実に最上位クラスだ。いつも助けられている、


 「にしても……ッ!」


 「数が多いな……」


 剣を一度しまい、両手でアサルトを腰だめに構え、凪払うように撃ち込んだ。

 敵陣は一度たじろぎ、後ろに下がるかに見えたが、すぐまた押し返された。


 「キリがないぞこれ……」


 「まともに相手しても仕方がないからこれもう突っ切るしかなくないですか!?」


 「そうだな、押し返しつつ前に進んで奴を叩くのは難しそうだ……長尾、俺たちの正面に直線状に弾バラ巻けるか?」


 『任せて。』


 再び背後から赤色の光が飛翔する。

 光はオレたちの正面を焼き穿ち、道を作り出した。


 『<タイタニア型>付近は私のレンジから外れる。後ろから下手に叩かれないようにはしておくけど、本体への援護射撃は期待しないで欲しい』


 「了解だ。」


 「道もできたことだし、奴には早く海にお帰り頂こうか……」


 「そんじゃ、行きましょっか!!」


 「……あぁ!」



少年たちは進み闘うだろう。

少女たちは歩み争うだろう。

この後に訪れる酸鼻を、知りもせずに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る