第13話 <タイタニア型>討滅並びにJ-51地区奪回作戦 ④

 冷静だ。

 冷静なままだ。

 脳内に走るノイズから必死に目をそらす。吐き気を飲み下す。

 落ち着け。

 落ち着け。

 いま優先するべきことはタンク部隊の護衛。

 為すべきことを為せ。


 「ハァ……NT-67タンク部隊だな!?こっちは総司令官直属特務実証部隊だ!援護する!」


 『貴方がたがあの噂の……!ありがとうございます!』


 無線が聞こえる。

 タンク隊を護るラインは破られており、陣中よりはマシだろうが敵がかなり多い。

 中には擱座し燃える機体の残骸もある。


 「まずはこいつらの掃討だろうが……その後どう動く?」


 銃弾をばらまきながら叫ぶ。


 タンク部隊は周辺<N-ELHH>が接近するより先に、J-51地区海上の<タイタニア型>出現予想ポイント付近、即ち沿岸部に陣取っている。


 それ以外の三方は敵にすっぽり覆われる形となっており、詰まる所、敵に侵入された際に


 それを見越してバリケードや機関銃等で防衛ラインを張り侵入を阻止していたのだろうが、それが破られている。

 察するにロンギヌス沈没というイレギュラーで指揮系統が一時的に混乱を起こしたか。


 一応俺たちがやったように強引な突撃で陣中を抜けるというやり口はないわけではないのだが、問題は戦車部隊であるという点。

 ブリーフィングで言及された通り、戦車は小物相手は不得手。

 多少は機銃と砲撃、そして轢き潰しで蹴散らせるだろうがここまで敵の数が多いと少し事情が異なる。

 恐らく尽きることなき肉壁で足止めを喰らいにっちもさっちもいかなくなるだろう。旧時代のゾンビパニック映画のバスみたいなモンだ。


 そして何より、ここで退けば二度と<タイタニア型>の交戦圏内に侵入することはできないだろう。タンクの火力がもたらす勝ちの芽を潰さないようにここまで来たというのにそれでは本末転倒だ。

 

 どうしたものやら……


 突っ込んでくる異形の肩を踏みつけ跳躍。

 斜め下に構え銃弾をばら撒く。

 数体を穿ち貫いたのを確認しつつ着地。

 そのまま近くのに蹴りを当て後ろに弾き飛ばす。


 クソ、思考を回す余裕がない。


 左腕で切り結びつつ右腕の銃床でインコムのUIを叩き起動。


 「おい奏、現状把握してんのか?

 タンク部隊が普通にヤバイ!包囲されてる!脱出手引きしようにもこの数を戦車に突き抜けさせるのは無理だ!指示出せ指示!」


 「とりあえず無事だったか……まぁいい。そうだな、十分。十分押し返してくれ!陣地貫徹用車両で予備人員を送る!それにラインの機能回復をさせる!」


 「わかった。」


 通信解除。

 この数を十分。何とかなるか?


 とりあえず鍔競り合いをしていた目の前の一体を両断。

 遠方のグループに対して射撃で牽制。


 「タンク隊も動いてくれ!下手に集られると手出しできなくなる!」


 叫びつつバク宙を決め、動き出した戦車の上に飛び乗る。車体の横面をけり、地面とは水平に跳躍。


 ライン上にいた敵を切り払い、次の戦車の装甲を再び蹴って飛ぶ。


 低空を燕が如く飛び回る俺に<シルフ型>も飛び掛かってくる。

 一体を切り落とし、もう一体を変則サマーソルトキックで蹴り飛ばす……っとヤベ、雨衣ちゃんの方に飛んだ。


 声を掛けようとした瞬間、ドローンの向きが即座に変わり、ジャッ!という音とともに吐き出された光軸が敵の体を焼き焦がす。


 「すっかり一人前さんだな」


 「馬鹿にしないでくださいよ」


 刹那の休息。

 動かし続けた足を止め軽口を交わす。



 瞬間。悪寒。

 雨衣ちゃんの背を蹴り飛ばす。


 「ちょっ!?なにして……えっ!?」



 足下を見れば先程まで雨衣ちゃんが立っていた地面が赤熱化し、グラグラと煮え立っている。

 気づけたのは奇跡という他ない。虫の知らせってやつか?


 「奴さん、こっち見やがったか。」


 あぁ、この攻撃には見覚えがある。

 左手の錫杖から放たれる白い光線。アレで■■■■は上半身が■■■ば■れたんだっけか。


 ざりざりざりざりざりざりざり。ざりざりざりざりざりざりざり。

 ノイズが響く。消えること無い狂奔の、酸鼻の悪夢。

 あぁうるさい、うるさい、うるさい……黙ってろ。


 前を見やる。目つきが変わったのが自分でも分かる。


 翼のように背後に背負った触手が蠢く。

 無粋な輩が何事か攻撃を仕掛けてくるが関係ない。腕はオートで動き、捌き、切り取り、叩き伏せる。

 

 俺の専心は奴の抹殺にのみ向けられる。


 「ㇰハッ!!」


 嗤う。醜悪に。残酷に。


 降る。熾天使の翼、その末端が。

 動き、蠢き、刺し貫かんと、獲物を速贄にせんと、背教者を十字架に括り付けんと、迫りくる。


 跳んで躱し、地を這ってよけ、転がって避ける。

 手数を少し増やしたらしいがなんてことはない。


 狙いをつける触手の本数が徐々に増える。


 銃弾で弾き、剣で切り落とす。

 一本たりとてこの身には届かない。


 「ハァ!」


 地を蹴る。

 触手の上に飛び乗り、生きるか死ぬかの綱の上。

 見やれば先端だけは硬く鋭くその性質を変えているのが見て取れる。この硬度とあの速度なら装甲すら貫徹するだろう。


 疾く、駆ける。


 末端であろうと無視した触手が頬を掠め、血が流れる。足は止めない。今さら止まらない。


 近付く距離。

 埒が明かないと判断したのか錫杖に光が灯る。

 それは、もう、


 「見飽きてんだよッ!」


 再び跳ぶ。


 勢いのついた体は天地と逆しまになるように向きを変え、体躯は独楽めいてくるくると舞う。


 周囲を取り囲む死の群れと、体の下を通過する光の刃。

 全て、全て、当たりはしない。


 回転を生かして剣を振り回し、数本断ち切る。

 体勢を整え着地。距離も高度も十分だ。漸くやれる。


 ジャキン!と金属音と共に銃を跳ね上げる。鈍い光。

 引き金を引けば、轟音と共に真鍮色をした輝きが飛翔する。

 その輝きも奴に達する直前で目に見えて速度を減らし、その肉を抉るには足りなかった。


 銃声が止む。

 マガジン内の残弾が無くなったらしい。


 左手の剣を引き寄せる。

 肩に載せたたまま駆け抜け、跳躍。

 腰を捻り込んで、コアがある位置に突き込む。


 だが、またしても白い燐光と雷猫が切っ先を阻んだ。

 今回ははっきり見えた。二種類の砲撃と銃弾を凌いだのもこれだろう。


 突きの姿勢のままで、不自然に体が硬直する。

 これで、ようやく―――


 刹那。


 意識が断絶した。


    ◆


空を、見上げる。赤黒く、濁った空を。


「あぁ、うぁあ……」


 上界では、再び修羅の目付きと化した沢渡さんが化け物と渡り合っている。

 あの、妄執と絶望に憑かれた笑みで。


 下界は地獄だった。

 降り注ぐ熱線と触手の群れは、逃げ惑う戦車の装甲を容易く鋳融かし、貫いた。

 燃料は轟々として燃え盛り、擱座した機体からは鮮血が滔々として流れ出る。


 自分の身を守ることに精一杯で、周囲の他者が死にゆく様に何も手出しすることが出来なかった。断末魔の絶叫が、今も耳にこびりついている。


 何も、出来ない。


 詰まる所、ナメていたのだ。

 御伽の話。清廉なる勇者たちが魔王を打ち倒すような。

 童話の話。剛力無双の武者が怪物を調伏するかのような。

 傷みはあれど、死はそこにない。取り返しの付かない誤ちはなく、愛と勇気が全てを癒す。最終的には収まるべきところハッピーエンドに収まる事が決まりきった戦い。


 ――そんなものでは、なかった。


 そこにあるのは酷く醜悪で残忍な生存競争。

 ここでは人の価値など無に帰すばかり。

 人は死に、その御霊は二度と還ることはない。

 不可逆的生体反応の繰り返し。

 理念も理想もそこにはない。

 一秒先の生存を勝ち得るための殺し合い。


 血と死に塗れた救いのない現実。


 ――嗚呼。

 これは、戦争だ。これが、戦争だ。


 鐘の音と共に、醜いばかりの翼が一条に束ねられる。

 その変形した翼だった物が空中で静止する沢渡さんを激しく打ち据えるのを見届けた瞬間。

 血と炎に埋め尽くされた地の獄の中で。


 私は、小さく嘔吐した。

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