第12話 <タイタニア型>討滅並びにJ-51地区奪回作戦 ③

 「……ッッッッ!!!!」


 気がついたときには足が勝手に疾駆を始めていた。

 駆け出す。砂塵の地面を踏みしめながら疾走する。勢い余って躓き駆けるも体幹制御機能でどうにか立て直す。


 「―――さん!?……渡さ……」


 後方で何か声がした気もするが俺には関係ないことだろう。

 今は ただ こいつらを


 「そこを……」


 目の前に化け物の大群が立ちはだかる。邪魔だ。


 「どけエエエエエエェェェェッ!!!!」


 狙いなど付けない。セーフティなどとうに降ろしているアサルトライフルをワンマガジン分撃ちまくる。その後リロードもせず背面ハードポイントに固定。


 実体剣カバーアンロック。刀にも似た形状のそれを握りしめる。戦闘種別切り替えのアナウンス音声すら今は聞こえない。


 一閃、首を刎ねる。

 その首を毬のように蹴り飛ばして前方の敵に隙を作り、そのまま胴体に刺突。生暖かい鮮血が俺の体を濡らす。興味もない。足は止めない。

 死体を足蹴に跳躍。空中で剣を下に向け急降下。脳天を突き穿つ。

 酷く直線的な攻撃をいなすと同時に背面に回し蹴り。視界から消えた敵に興味などない。突き進む。


 右腕を切り落とす。面に刃を叩き刺す。足を切断する。上体と下体を泣き別れにする。脳天に刃を食い込ませる。肩口から袈裟斬りにする。前蹴りで弾き飛ばす。心臓をえぐり取る。脳天に刃を食い込ませる。立て続けに剣を振るい四肢から五臓六腑に至るまで解体する。


 一太刀、一太刀、また一太刀。

 切りつける度、赤銅色の血で体を染める度、視界が広がる。思考が白熱化する。


 「クク、クヒッ」


 沈鬱な気分のまま。

 知らず、笑っていた。

 もっとだ。もっと。


 もっと敵を殺せば。

 もっと人外の血にこの身を浸せば。

 ドス黒い憎悪と仄昏い愉悦で心を満たせば。

 この白熱で頭を埋め尽くせば。


 余分なノイズも、無駄な感傷も、消せぬ後悔も、苛む苦悶も

 全て、全て全て全て全て忘れられる

 例えその先が。


 朽ち果てるのみだったとしても。


    ◆

 

「行っちゃった……」


 尋常ならざる様子で駆け出してしまった沢渡さん。その方角を見る。

 銃を収め、刀で敵を連続で屠るその様は血風にも似ている。

 相変わらずの無茶苦茶な強さだ。彼が通った範囲だけ不自然に空白が出来ている程だ。


 でも、何故だろう。


 彼の強さは側で見てきて良く知ってて、この程度なんでもないと分かっているはずなのに。現に今もその尽くを斬り伏せているというのに。


 なんで、私は。あの様子を見て。あの目を見て。

 彼がどこか遠い場所に行ってしまう様な。そんな怯えに憑かれているんだろう。


 キッと前を見据える。

 追いつかねば。

 彼を止めねば。

 きっと後悔する。何か大切なモノを失う。


 そんな、予感がした。

 幸いにも、彼が創り出した空白がある。そこを駆ければ、彼の行き先は辿れるだろう。

 早くしなければ。時間が立てば空白はわからなくなる。


 怯える心を抱えたままで駆け出した。


    ◆


 予想外の状況に騒ぎ立つ司令官室。


 奏栞も<タイタニア型>に対する次の反撃手を考えるために脳を動かしていたが、その実、脳みそのもう半分のリソースは別のことに割かれていた。


 画面の中を目まぐるしく動くマーカーたち。

 その中で二つの灰色のマーカーの内の一つが、もう一つを引き離し敵陣に突っ込んでいく。


 次々にロストしていく敵性反応を示す赤色のマーカー。ロストしたマーカーが作り出す空白はまるで大河にも似て。


 ぽつりと、呟く。


 「一年前だから、もう大丈夫だって、言ったじゃないか。何が大丈夫だ……大馬鹿者嘘憑きめ。」


    ◆


 「ハァ!!」


 白刃を振るう。

 斬、と音が響き肉片が地に落ちる。

 もう、何体斬り伏せただろうか。


 あぁ、こうしている間だけは、何も考えなくて済む。

 命のやり取り、生命のディール、生と死の狭間。境界線。

 そこに立っている間だけは、一秒先の生存に頭を回せばそれだけでいい。白く灼けた脳みそは、痛みも悔やみも感じない。


 願わくば。このまま、もう。


 「終わりにしようぜ、デカブツ。」


 屈強な個体に向き直る。


 「セイッ!」


 肩口に斬撃。会心の手応え。しかし、その体躯の厚さ故に断ち切るには至らず。

 バックステップを踏み反撃を躱す。そのまま右手を構え直し、面に突きを入れるために加速を―――


 鈍化した時間の中、これは、と思った。

 俺の剣とほぼ同タイミングか少し早く滑り込んでくる敵の魔手。

 

 ……相討ちか。それでピリオドを打てるなら、それはそれで―――


 「スト〜ップッ!!!!!!沢渡さん、スト〜プッ!!!!」


 背後より飛んできた声とドローン。

 

 ドローンから放たれた翠色の光軸が、今正に俺に振るわれんとしていた敵の腕を焼き落とした。

 そのまま慣性で動き、敵の顔を貫く剣。


 高く跳躍した人影が、頭上を飛び越し俺の前に着地する。

 誰だ?


 ――あぁ、雨衣ちゃんか。


 「なんで先に行っちゃうんですか!?……ていうか、大丈夫ですか?」


 白熱が冷める。アッパーな感覚が消え失せる。平静が戻りくる。


 「あぁ、ごめん。少し、気が動転してたらしい。戦艦がああも簡単に沈められるなんて、無茶苦茶だったから。今はもう、問題ないよ。」


 「もう……沢渡さんでも慌てたりするんですね」


 「そりゃ俺だって人間だもん。」


 返答をする。


 どこか、皮肉な物を感じた。

 なんで先に行っちゃうんですか、か。

 ――それは、俺のセリフだろうに。


    ◆


 背中合わせの形でそれぞれの背後をカバーしながら連射する。

 俺はアサルトライフルで、雨衣ちゃんはドローンで。

 360°見渡す限りの敵の群れ。入れ替わり立ち替わりしつつ押し返していく。


 「これからどう動きます!?」


 「タンク部隊の援護に行く!!ロンギヌスが沈んだ今、一番火力出せるのはタンク隊だ!!奴らまで潰されればいよいよご破産!!勝ち目がなくなる!!」


 「判りました!!」


 轟音の中で会話を交わす。

 俺たちは括り的には遊撃部隊。戦闘領域においてのある程度自由な判断と活動が許されている。


 「どうやって行きます!?」


 「距離的にはそう遠くない!!だから……切り開く!!」


 衝動的な突出の唯一良かった点は、タンク部隊にまで肉薄できた点。この距離なら雨衣ちゃんを連れてても、或いは。


 「行くぞ!!付いてきてくれ!!雨衣ちゃんは側面をドローンで牽制!!」


 「はい!!」


 右手に銃を、左手に剣を。

 奇妙極まる戦闘スタイル。だがこれが最適解だ。


 ダダダダダダダッ!!

 マズルフラッシュが連続で閃く。

 跳ね上がりそうになる右腕を膂力で強引に押さえつけて狙いを合わせ続ける。

黒い円筒の先端から飛び出る礫が化物の矮躯に孔を開ける。


 しかし、それでも撃ち漏らしは出る。

 死の暴風雨を潜り抜けた運のいい数体に接近し、連続で斬撃。確率論を無視した完全なる死をお見舞いしてやる。


 斬り伏せ斬り伏せ撃ち込み撃ち込み叩き切る。


 銃弾が切れた。

 リロードすら煩わしい。

 残りは全て叩き切ればいいだろう。

 後ろを顧みれば、雨衣ちゃんもどうにか喰らい付いている。


 「来い!!」


 右腕を掴み、引き寄せる。

 そのまま体を抱えたまま、左腕だけで剣を振るい、包囲を突破した。


 包囲を突破した先にあるタンク部隊は<タイタニア>型に対する直接攻撃を担当している。

 それはつまり。

 付近に<タイタニア>型がいるということで。


 天を突かんばかりの威容がそびえ立つ。奴と会うのは一年前の■■■■基地■■■分隊撤退戦の時以来か?

 脳みそに走るノイズ、おぼろげに浮かぶ顔。


 「よぉ。久しぶりだな……」


 呟く。

 問題ない。俺は冷静なままだ。

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