第11話 <タイタニア型>討滅並びにJ-51地区奪回作戦 ②

 לוה lwh リヴァイアサン、という言葉をご存知だろうか。

 

 旧約聖書に登場する、海より現れ出でたる怪物の御名である。


 伝承によりその姿の描写は多岐にわたる。

 ヨブ記では石の心臓と陶器の鱗、口から火を吐く文字通りの怪獣として伝えられ、ラテン語訳のウガルタ聖書ではその様は鰐に比喩されている。

 ユダヤ的伝承を取るのなら魚であるともされ、語源からすればクジラが最も近しい。

 詩篇での記述からエデンの園の始まりの二人を楽園追放パラダイス・ロストに追い込んだ聖書最大のトリックスターである堕落の蛇と同一視する向きもあるとかなんとか。


 様々な姿で畏れられる怪物だが、中でも一番有名な姿は旧時代の政治哲学者が書いたとされる、社会契約説をもとに成立する国家コモンウェルの怪物の姿だろう。


  頭に戴く冠は王権の象徴。右手に握りしめた直剣は他者を捻じ伏せ服従させる武の象徴。左手に添えられた杖は霊的・神秘的な権力の象徴。体にびっしりと生えた鱗に目を懲らせば、それは小さな人間の集合体である。


 その怪物が、今眼の前に、確かな質量を伴ってそこに存た。<タイタニア型>。人類の仇敵。


 よくよく目を凝らせば右手の直剣と左手の杖は体をくまなく覆う甲殻が変形しただけで握っているわけではない。

 造形も緻密に描かれた例の書籍のモノと比べれば稚児の落書き同然だ。

 高みにある顔は角度の関係で完璧に視界に収めることは出来ないものの、装甲に覆われ能面のような無表情。

 鱗は煩悶する人間ではなく、ただの甲殻である。


 だが、醜悪にカリカチュアライズされたその姿、その不気味さが恐ろしく、度し難い。


 直視すれば正気を削られそうな100mを超えた怪獣と魑魅魍魎共の群れ。

 分かってはいたことだが。


 ―――この戦場は地獄だ。


    ◆


『<タイタニア型>、浮上完了しました!皆さん、お願いします!』



 『タンク部隊、一斉放火!!』


 甲高い音と共に砲塔から燐光が立つ。

 現在の<UN-E>の主力戦車であるNT-67型タンクは主砲として35口径プラズマレールキャノンを積載している。


 砲身内に仕込まれた二本のレール。この二本のレールに常軌を逸した超高電圧を掛けることによって、これらはそれぞれ陰極と陽極、相克する二つの役割を果たす様になる。陰極と陽極は砲身内で強力な電磁力が発生させ、その力を利用し超極圧縮金属弾頭を射出するというのが35口径プラズマレールキャノンの基礎原理だ。


 超高電圧を用いる都合上、砲撃準備に入った砲塔からは余剰エネルギーが紺い燐光として噴出し、光速の14%という途方もない速度で打ち出される弾頭は空気との摩擦で炎色反応を起こし碧色に燃え上がる。

 

 故にその異名を「蒼」の戦車。全てを撃ち貫く電荷の戦車チャリオット


 ビイッ!と空間を引き裂くような怪音と共に、光芒の弾丸達が人類の敵を果たさんと飛翔する―――



 『海上戦力、主砲チャージ開始!』


 対<N-ELHH>用特殊戦艦「ロンギヌス」。


 その姿は、旧時代のそれとは一線を画す姿をしている。高精度な対空攻撃を仕掛けてくる<N-ELHH>である<スプリガン型>の存在が、戦闘機や発着用カタパルトを積載した空母という概念を旧時代の遺物とした。奴らの前では戦闘機など飛んでは撃ち落とされる蚊蜻蛉同然。

 また、<N-ELHH>には航空戦力は存在しないため、甲板に所狭しと並べられていたという対空警戒用の機関銃の姿はない。


 その代替として求められたのは、殲滅力と火力。


 「ロンギヌス」の横っ腹には細かく無数の孔が開いている。そこからを魚雷を360°全範囲に射出し、周囲の海棲型<N-ELHH>である<セイレーン型>を寄せ付けない。

 積載する魚雷をマイクロミサイルに変更することによって地上支援への転用も可能である。

 その爆雷孔が総数400門。ハリネズミにも似た飽和攻撃能力。


 一方、再び甲板に目を移せば、そこに並べられているのは均一な太さの砲門達。そこに差異は無い。


 基本的に対<N-ELHH>戦闘において戦艦が出撃する頻度はそう多くはない。資源が発見されたなどの理由で<セイレーン型>と交戦する場合と、今回の様に規格外のサイズの<N-ELHH>の処理に当たるときのみである。

 しかし<セイレーン型>は爆雷孔で充分処理可能である。ならば甲板に積む砲塔は規格外サイズとの戦闘に対してのみ注力すればよい。規格外サイズとの戦闘で最も必要なものは何か?


 


 85式重装充填ビームカノン。

 

 それは、ただの一隻に並ぶ砲門で有りながら、大規模作戦時にはMAP兵器としての使用も考慮される猛威の熱線。その閃光が生み出す最高温度は2000℃。

 遍くを消し飛ばす真紅の槍。

 故にその名を「ロンギヌス」。人類を苦境に立たさる悪神に報いを叩きつけるための神殺鑓。それが合計十三門。


 「全門チャージ完了!」


 「撃ち方、始め!!」


 ―――叛逆の赫き鑓の群れが、背面より怪物に殺到する。


    ◆


 詰まる所、だ。

 詰まる所、戦い、戦術というのは自分の有利を最短ルート、最上効率、対処が難しいやり方で叩きつけ、不利を見せないよう立ち回ると言うことが本質である。

 少なくとも、私はそう考えている。


 故に、私はこの戦略を選んだ。タンクと戦艦という現状出せる最大火力で挟み撃ちすることによる初見殺し。

 地上から正面にタンク、海面から背後に戦艦。浮上と同時に叩き込み、早い段階でコア露出に至るダメージを与える。


 挟み撃ち、というのはシンプルながら効果的だ。彼方を立てれば此方が立たずの二択を強制できる。

 そして往々にして<N-ELHH>はこの手の二者択一に弱い、どちらか片方を割りきることが出来ず対応が遅れる。

 奴らの思考パターンには疑問点も多いが「殺戮」というものが関わらない所においてはひどく合理的だ。その合理の間隙を突く。


 果たして、蒼と赫の二種類の煌めきにその剛体を包囲された<タイタニア型>は、苦悶に身を捩るかに見えた。


 しかし───


 音が鳴った。

 コォーンと、高い鐘の様な音。


 「なん、だ?」


 その瞬間、目に見えて二色の輝きが減衰した。

 敵の体表には薄青い雷猫がまとわりつくように見える。


 「すまない!!<タイタニア型>周辺の空間、大気を調べてくれないか!気温、湿度、気圧、大気中の電荷の位相、何でもいい!!とにかく情報を!!」


 叫んだ。

 ぬるりと冷や汗が背筋を伝う、まさか、まさか。


 「そ、総司令官。<タイタニア型>周辺に電磁的フィールドの展開を確認、端的にいうなら、バリアです」


 「やはりか……ッ!!」


 「バリア通過後、ロンギヌスのビーム・カノンは87%、NT-67のプラズマレールキャノンには76%の威力減衰が認められます!無意味とは言いませんが奴を撃滅するにはとても足りません……!」


「クソ……ッ!」


 机を握りしめた拳で叩く。

 想定外だ。

 周囲からも大きく動揺したかの如きどよめきが上がる。


 しかし、何故?あれだけ素の肉体が頑強ならばバリア機能などいらないはずだ。

 現に、過去どの出現例でもそんなものを展開する様子はなかった……

 ならば……もしや……


 「ロンギヌス、最大戦速で戦闘海域から離れろ!!早くしろ!!」


 『えっ!?』


 狼狽えながらも流石は歴戦。素早く回頭し戦域から離脱を開始する。



 しかし、それですら遅きに失した。

 再び鐘の如き高音が周囲に響きわたる。


 その直後。

 ぐじゅ、じゅる、じゅあ!

 怖気を振るう様な異音と共に<タイタニア型>から異形が伸びる。

 それは、植物の蔦にも似た、肉のラインだった。

 圧倒的な速度で延び続け、逃げる背にすぐさま追い付く。


 「不味い、ロンギヌスは───」


 上からの攻撃に、弱い。


    ◆


 戦闘領域に入った俺が見たのは。

 光芒を受けきり、今正に情け容赦なく肉の塊でロンギヌスをバラバラに解体した、化け物の姿だった。


 「おいおい、どうすんだアレ……」


 「これ、不味いんじゃ……」


 そこかしこで士気を穿たれた者の怯えが囀る。


 延びた触手が縮み、寄り集まり、怪物の背後で一つの形を為す。


 翼。

 

 逆らえぬ上位者。人間、生命とは隔絶した存在である事の証。

 地上を焼き払わんとする熾天使se.ra.ph



 「おォおオァオオッ!」


 鳴り響く鐘の音と戦場轟く上位者の咆哮と共に。

 作戦が瓦解した。

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