第9話 光盾の担い手 魔弾の射手 

 ビル街の影で、うずくまる。

 何が案外やれただ……!為す術なく叩き伏せられて、沢渡さんに迷惑を掛けて、今もこうして惨めに地を這っている。

 恥ずかしさと情けなさで涙が出てくる。これじゃ足手纏いも良いところだ。


 前を見る。

 目の前では、沢渡さんとあの化け物が目で追うことすら難しい超高速の乱打戦を繰り広げている。

 ナイフと甲殻がぶつかりあう金属音、それと時折響く電子音のみが私に戦闘の情報を伝えてくる。

 沢渡さんが派手に吹き飛んだかと思えば、化け物が高空から叩き落される一進一退。

 何も役に立つ事ができない私には、沢渡さんの無事を祈る以上の事は何もできない。

 無力感で唇を噛む。浮かれていた脳に冷水を浴びせられた気分だ。


 ビルが崩れる。

 その上を伝う沢渡さんと化け物。目にも止まらぬ空中戦を繰り広げ、その決着は瞬時に着こうとしていた。


 欠片から飛び出した化け物が同じく飛び出した沢渡さんに上から殴られ、地面に撃ち落とされる。

 それとほぼ間をおかず、先程まで足場にしていたビルの廃墟だったもの達が地表に着弾した。


 「きゃあっ!?」


 爆発的な振動と、地を駆け巡る衝撃。

 烟る土煙が晴れた時、眼に入ったのは、地に這いつくばりながらも、腕を後方に引き絞り、何事かをなさんとする怪物の姿だった。


 なにをしようとしている?

 なにをしようとしている?

 なにをしようとしている?

 わからない。

 わからない。

 わからないけど、取り返しのつかないことが起こりそうな予感がする。


 ドローンは……動く。

 ドローンのEN残量を即座に確認し、ドローンを展開する。

 杞憂ならいい。

 けれど……!


 そして。大気が凪いだ。

 全速。咄嗟に沢渡さんと怪物の間にドローンを割り込ませ、ある機能を起動する。


 

 これだけ聞くととても便利に聞こえるが、範囲はドローン付近45cm半径のみ。膨大なEN消費と、攻撃に合わせて防御位置まで操縦しなければという運用難易度の高さから、半封印していた機能だ。

 六枚の翠色に輝く盾が、沢渡さんと怪物の間に立ちはだかる。


 放たれたのは果たして、不可視の斬撃の様なものだった。

 斬撃が一枚目の盾に阻まれる。

 光にガラスか何かの様に罅割れが走り、一枚目の盾が余りにも容易に両断される。

 二枚目、三枚目、四枚目、五枚目と瞬く間に断ち切られ、最後の一枚。


 「受け止めて!」


 祈りを込めて六枚目を前に出す。

 その六枚目すらも、ほんの刹那、耐えはしたものの、上下に分断された。










 濃く

 濃密で

 蕩けるような

 それでいてドス黒い

 馴染みきった気配を感じる。


 しくじった。油断した。間に合わないな。これは終わったか。

 そうぼんやりと思ってからは一瞬。


 轟と奮い立つ振動を聞き、「大気の切れ目」を目に捉えるや否や、割り込むように翠色に光り輝く円盤が六枚介入してくる。その円盤も一瞬で切り裂かれ、体に斬撃が食い込む。

 腹部装甲部分に当たった斬撃は凄まじい衝撃と火花を巻き散らかす。


 しかし、円盤を切ったことで多少なりとも減衰してたのだろう。


 甲高く耳障りな金属質の音が止んだ後も、俺の体は上半身と下半身で泣き別れなどということにはならず、腹の皮が一枚切れるだけだった。

 

 それでも衝撃までは受け止めきれず宙を舞う俺の体。

 浮遊感の中で首を巡らせる。


 視線の先には泣きそうな顔で瓦礫から身を乗り出し、俺の預けた拳銃を構える雨衣ちゃん。あの光盾も雨衣ちゃんが飛ばしてくれたドローンの機能の一つなのだろう。


 ”やっちまえ”


 送る視線に言葉を込めて、彼女に向かって頷いた。


 視界の端にそれを捉えたか、彼女の顔が咲いたのを確認したところで、壁に激しく打ち据えられた俺の意識は途絶えた。


    ◆


 心の底から安堵する。

 沢渡さんは斬撃を浴び、吹き飛ばされたが、確かに生きている。


 助けた。

 助けられた。

 そして、託された。


 戦いの決着を。作戦の成否を。自らの命を。

 未熟極まり、無様を晒した私に。

 であるならば。

 その期待に応えなければ、それは嘘だろう。


 大技を打ち放った敵は、反動からか、無防備な背を見せている。

 よく見ると各所は焼き焦げ、胸元にはナイフが突き刺さり、満身創痍と言った風体だ。

 弾丸を正確に弱点に当てれば、確実に殺すことが出来るだろう。


 ハンマーが起きている事と、セキュリティが降りている事を確認する。

 スライドを少し引き、弾倉の中に真鍮色の光を見る。

 残弾は一発のみ。

 外せば全て終わり。私と沢渡さんの身を守る兵隊蜂ドローンはもういない。

 

 もはや後などない。

 ここで決める。

 ここで当てる。

 ここで仕留める。


 距離は……300m程だろうか。

 拳銃の適正射程距離など優に超えている。当然、銃の扱いが下手くそな私は、訓練ですら当てたことなどない。そもそも撃ったことすら。

 だが、もはやそんなことなど関係はないのだ。


 これより放つは、必中必殺なりし魔弾。

 常識も常道も腕前も則さえも超えて敵を穿つ破魔の一射。


 極度の集中で鈍化する時間。

 震える手で銃を握りしめる。

 照門と照星と敵を直線で結んだ後、銃口を少し上に向ける。


 唾を飲み込む。

 呼吸なぞとっくのとうに止まっている。


 一拍。

 ――引き金を、引いた。


 ドンと重たい音。

 薬莢内の高性能火薬が超極圧縮金属弾頭を銃口から押し出す。

 赤熱した金属片は回転しながら宙を跳ぶ。

 刹那の飛翔。


 ――放たれた弾丸は、敵を貫くまで戻ることはない。

 背中から心の臓を通り、左胸へと一直線に撃ち抜いた。


 「グぎッ!ギャぎ……ガ……」


 絶え絶えの断末魔を上げ、擱座する<エリアル型>に駆け寄る。

 そこにあったのは、かつて命だったナニカだった。もはやピクリとも動かない。もう立ち上がる事は二度とないだろう。


 緊張のあまり強張った体から力が抜け、思わず拳銃を取り落とす。

 慌てて拾い上げ、腰のホルスターに収める。

 エリアル型撃破1。状況終了――


    ◆


 「ん……」


 昏い微睡みの縁から目覚める。なにか悪い夢を見ていた気がするが、思い出せない。

 前を見れば笑顔の雨衣ちゃん。


 「……やったな。」


 「はい!やりました!」


 言うが早いか抱きついてくる。抱きついてくる!?


 「ちょっまっブモッ」


 距離が近い!距離が近いんだからこの娘は!!もう!!手負いにも容赦がない!!

 ジタバタしながらしがみついてくる雨衣ちゃんを引き剥がす。


 「ふぅ……心臓に悪い……ここは……ヘリの中か。」


 「そうですね。あ、そうそう。衛生兵さんからの話なんですけど肋がばっきりイッてるのとお腹が少し切れてる以外は特に問題ないので、基地の回復ポットで休めば大丈夫らしいです。折れた骨が問題ない扱いって軍の医療技術ってすごいんですねぇ……」


 「こら言いながら距離を詰めない。俺だって男の子だからね?

 ……まぁとにかく、エリアル型撃破と初陣生還、おめでとう。」


 「ありがとうございます。お祝いにまたパフェ奢ってくれても良いんですよ?」


 「現金〜。また暇ができたら行くか。」


 「やったぁ!」


 無事に任務を完了した達成観からか、彼女の笑顔は、普段より一段と輝いて見えた。


    ◆


 アンティーク調の薄暗い部屋に煌々とモニターが光る。

 静寂。マシンが唸る音しか空間に存在しない。

 <UN-E>総司令官・奏栞は満足げに子飼いの兵士が送った画像データを眺める。


 「本来予測になかったエリアル型出現の報を聞いた時はは流石に焦ったが、まさか二人のみで討滅してしまうとは……流石、私が目をかけただけある、ということかな?」


 紅茶を啜る。茶葉は変わらぬはずなのに、その香りは何倍も芳しく、美味に感じられた。勝利の美酒というやつかな?

 酔いしれる心の裏腹、微かに引っかかる部分もあった。


 「イレギュラーがここ最近多いな。」


 雨衣くん入隊の経緯となった沢渡くん単騎での異様な敵数。事前情報無く出没した<エリアル型>。通常では考えづらいことばかりが続いている。


 ……共通点としては、そのどれもに「天音雨衣」が関わっているという点だ。


 「これが本当に雨衣くん絡みの理由であれば私が引き抜いた甲斐もあるというものだが……」


 溜息混じりにコンソールを操作し。

 ―――斯くして、女傑は新たなるイレギュラーと遭遇する。


 「これは、最悪だ。いやしかし……最高だ。」


 <タイタニア型>、という<N-ELHH>が存在する。

 撃破事例がこれまでに一切ない、現時点における最強最悪の<N-ELHH>である。


 過去の出現パターンから、出現の数日前から<N-ELHH>の空白地帯が発生することが知られている。

 そして、モニタ内の画像には、現在の地上には不釣り合いな、人類の敵が一体もいない平穏が映されていた。

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