第7話 初陣

 「そいつは優先撃破対象の<エリアル型>!

 ……っとそうだな、今からそっちで一旦合流する!そのあと奴のところまで先導頼む!行けるな!?」


「りょ、了解です!」


 バーニアの出力を安全域ギリギリまで上げ、駆け抜ける。トップスピードのまま進路上の敵に雨霰と銃弾を浴びせかける。邪魔だよ。

 銃を下げようとしたその瞬間、バキリというような不穏な音と叫び声がインコムから流れる。


 「嘘ォッ!?ここ、敵が来てます!」


 「マジか!?すまん、そっち行くのもうちょいかかる!何とかなりそうか!?」


 「や、やってみます!!」


 血が流れそうな程強く、唇を噛み締める。

 まさかそんなに近くまで敵が近づいているとは思っていなかった。判断ミスだ。

 俺は、俺は、また、こうして……


 「クッソがァ!!間に合ってくれよ!」


 叫び声に応えるかのように、限界を越えて駆動を開始したバーニアが甲高い悲鳴を上げた。


    ◆


 かちり、と。小さな音を立ててP-86制式拳銃のスライドを軽く引く。

 弾倉内に残弾1とワンマガジンのみ。

 おもちゃの様にすら感じられるその銃器を、祈るかのように、誤魔化すかのように握り締める。

 軽く腕を振るってから、鈍い黒色のおもちゃを基本のアイソセレス・スタンスで構えた。


 「絶体絶命っていうのかな……」


 息を整えつつ、弱音を口の中で転がす。

 集中。


 引き金は意外なほど軽かった。

 ドゴン!と轟音を残して放たれた銃弾は運良く目の前の一体の頭蓋を抉り取り、人間のソレとはわずかに違う赤色の液体が飛び散る。

 脳漿が飛び散り地面を汚す様に、気持ち悪さを覚えた。だがその嫌悪感が、体を縛る恐怖心を塗りつぶす。動ける。

 兵隊蜂ドローンを展開し、戦闘準備を整える。



 <Ex-MUEB>メインシステム・戦闘モード起動。戦闘種別<飛翔機飽和戦>



 不快な叫び声と共に一体目が飛び掛かってくる。


 「く…ウッ!!」


 どうにか体を強引に捻り、躱す。

 着地した相手をしっかり見据えつつ、イメージする。

 すると、途端に殺到したドローンがレーザーを打ち出し敵に無数の風穴を開けた。


 

 確信めいた予感が閃く。


 二体目の振るう爪を装甲の厚みに任せ強引に受け止め、右手の拳銃を腹に押し込みゼロ距離射撃を敢行。あと七発。

 

 間を置かず後ろから迫る三体目には近づかれる前にドローンで対応。


 左右から同時攻撃を仕掛けてきた四体目と五体目には六機のドローンを三機ずつに分散し包囲射撃。


 ドローンが相手している間に手元のピストルを正面に構え、射撃。六体目を射抜く。あと六発。


 散開していたドローンを自らの前面に寄せる事で、七体目の突撃を受け止め、止まった敵の肩に手をついて横飛び越しの要領で跳躍しつつドローンで発砲。

 勢いのまま八体目に低い回し蹴り、大したダメージは入らないが体勢は崩れた。


 「りゃあっ!」


 そのまま八体目にレーザーを叩き込み無力化。

打ち掛かる九体目を横っ飛びで避け銃を発砲。これは躱された。五発。


 そのまま二撃三撃と続く攻撃を回避と受け止めでやり過ごしつつ、銃弾とレーザーを撃ち込む。しかし群を抜けて俊敏で中々捉えられない。

 はたと気づいた時には弾倉に一発を残すのみ。


 なら。

 大振りなモーションで突き出された爪を受け止め、生まれた隙を見計らい腰のホルスターからアーミーナイフ型の粒子振動実体刃を抜刀。


 「うぁぁああああああああっ!!」


 技術もへったくれもない動きで逆手に握りしめたそれを胸に叩きつけ穿ち抜く。


 あと一体。


 頽れる九体目を尻目にナイフを収めつつ、十体目に突撃。

ドローン三機を敵、もう三機を自分に付随させる形で攻撃開始。

 先遣した三機で敵の動きを押さえつつ、そのまま接近し……


 「そこッ!」


 残りの三機で過たず、胸の中央を撃ち抜いた。

 敵の姿はもう見えない。どうにかやり過ごした。


 散開したドローンをハッチに納め、銃弾を一発残すのみとなり、渡された時と比べていやに軽くなった拳銃を少し汚れを払ってから空のホルスターに納める。

 案外やれた……と少し自慢気に思い息を吐いたその瞬間、は来た。


 ザッ!と土を踏みしめるような音が響いたその瞬間、お腹に衝撃が走る。

 私の体はボールのようにバウンドしながら激しく吹き飛ばされ、瓦礫の山にたたきつけられる。


 「カ……ㇵ……」


 口に違和感を感じ、飲み下すと、ツンと鉄の匂いが鼻を刺した。

 痛む首をどうにか動かし、顔を上げる。


 そこには、先ほど臨海部にいたはずのエリアル型がいた。

 何故此処にという驚きと忘れかけていた死の恐怖で裏返る思考。

 声を上げることも装甲部分での防御姿勢をとることさえもままならず、ただ茫然と処刑の一撃を見上げる。


 化け物の感情など分からない。

 だが、ソイツは成す術すらなく座り込んで運命を待つのみの私を見て、確かに、笑っていた。


    ◆


 疾駆する。駛走する。急駛する。

 何が起こったのかはわからないが、凄まじい轟音がインコムから鳴り響いた。確実に碌なことになっていない。


 灰色の地平を滑るかのようにマニューバする。背部、腰部、足裏と前方移動用のバーニアは全てフルスペックで稼働させている。

 冷却が追いつかず臨界寸前の機体は凄まじい熱を内部に溜め込む。オーバーヒート寸前だ。

 だからといって足は止めてられない――!


 逸る気持ちと心臓。決して見落とさぬよう目を見開いたまま駆け抜け……


 「見つけたァッ!!」

 

 へたり込む雨衣ちゃんに一撃を加えようとしていたエリアル型との間に強引に割って入る。


 「グッ……っ……」


 「沢渡……さん……」


 幸運にも装甲が脆弱な上面部位の中では比較的頑強な肩口で受け止められたおかげで大したダメージもない。

 腕を強引にホールドし、敵の動きを足止めしつつ背後に呼びかける。


 「すまん遅れた!立てたらでいい、下がっててくれると、多少やりやすい!ラァッ!」


 <エリアル型>の腹に前蹴りを打ち込み距離をとる。

 震える足で瓦礫の裏に隠れた雨衣ちゃんの姿を認めつつ、内心冷や汗を流す。

 どうにか取り返しがつかなくなる前に間に合ったはいいものの、こいつ<Ex-MUEB>着装者の小隊を単騎で何度も殲滅した実績のある化け物なんだよな……単騎で相手できるのか?

 多分雨衣ちゃんは気づいちゃいないが、さっきだってなかったら割り込めなかったしな……


 この速度の敵に取り回しに難があるライフルはあてにならない。<Ex-MUEB>のエイムアシストにも限界はある。

 ライフルを地面に捨て、背面からナイフを抜く。

 腕部積載型パルスマシンカノン起動。この二種がメイン武装だな……まだ一応実体剣は吊ってあるがこいつは最終手段。


 インコムを起動し、奏に呼びかける。


 「聞こえてるか?今エリアル型と会敵した。雨衣ちゃんが負傷。戦闘行動は不能、しかし恐らく命に別状なし。これ以上の作戦継続は困難と判断し、エリアル型の撃破に成功次第離脱する。迎え寄こしてくれ。」


 「初陣からヤツだと!?難儀な……。分かった。すぐ手配しよう。——勝てるんだね?」


 「どうにかするさ。ロストした時は……分かるな?」


 「縁起でもない話をするんじゃあない。必ず生きて帰れ。必ずだぞ。」


 「はいはい了解であります……っと」


 まぁあいつは雨衣ちゃんが起こしたかもしれない<N-ELHH>の不活性化に関心があるみたいだし大丈夫だろ。俺が逝っても、まぁなんとかなるさ。

 まぁそこが逆に今一信用しきれない要因でもあるわけだが……



 見据える。

 いかなる衝撃をも受け止める表皮の色は淀んだ青。

 二足歩行の人間に近いシルエットこそしているものの、両腕の節の数が一つ多い。中ほどから腕部は醜く変形し、刃物のように鋭く尖る。

 その先に付く手は三指しかないお粗末な造形。異様に細い肉体において、異常発達した脚部のみが存在感を示す。

 相変わらずの反吐が出そうな程の嫌悪感を齎す姿だ。あー気持ち悪い。


 見知らぬ闖入者にヤツは警戒しているようで、キシキシ呻きながら煩わしい威嚇を続けてくる。バケモン風情が、いっちょ前に命気取ってんじゃねえよ。


 左腕を前に突き出す。

青色の光が腕部に収束し、展開された装甲兼銃身から連続で光弾が打ち出される。


 それを搔い潜るかのように此方に迫る敵の姿を認め、右手に逆手で握りしめたナイフを振りかざし、すれ違う瞬間に切りつける。

 飛び散る色彩は赤黒と赤銅。



 互いの表面を浅く傷つけあう一瞬の交錯を遂げた後、一拍の間を置いて、死闘が始まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る