天音雨衣、初陣にて

第6話 指令開始

 我が敬愛すべき総司令官、奏からの招集がかかったのはお出かけの2日後のことだ。

 司令室への道すがら、天音さん……雨衣ちゃんと出会う。

 慣れねぇなこの呼び方……


 「うっす、雨衣ちゃんも司令官ドノの招集がかかったクチか?」


 「はい、何目的なんでしょうか」


 「んー多分そろそろ教育期間兼ねた休暇が終わるから出撃命令……とは行かずとも出撃準備命令とかそこらへんじゃない?」



 などと会話していると司令官室に到着。

 相変わらずの底知れなさと緊張感で出迎えてくる室内の中、口を開いたのはまず彼女だった。


 「迅速な行動、感嘆に値するよ。雨衣くんもだいぶここに慣れて来たようだね。」


 「ちょっとずつですが……」

 

 「それで?今日の要件はなんだ?」


 「なんとなく察しているとは思うけどね。

 君たちをそろそろ実戦配備につけようと思う。……あぁ失礼。沢渡くんはつけるではなく戻るが正しかったね。」


 「まぁそんな所だろうとは思ってたよ。詳細を教えてくれ。」


 「そうだね。まず、当面の間は君たち二人で作戦行動に当たってもらおうと考えている。」


 「……正気か?」


 「こちらとしても不本意さ。

 雨衣くんの入隊経緯はかなり特殊なのは君も見て通りだ……というかぶっちゃけると私の強権発動の面が大きくてね。通常の新兵として部隊に組み込むには時期が合わない。かと言って新兵と時期を合わせるために待つことも出来ない。私と同等かそれ以上のお偉いさんが余りいい顔をしていないからね。

 なら早く雨衣くんが強権発動するに足る人物であったことを証明するのが丸い。そうはいってもさすがに新兵を単騎で戦場に出す訳には行かない。

 ならば、面識があり、現在部隊に……所属していない実力者である沢渡くん、君とバディを組ませればいい。

 そういう判断さ。つまるところ、私も無敵の独裁者ではない、ということだよ。」


 なんでも、今俺たち二人で構成された部隊は総司令官直属特務実証部隊という括りになっているそうで。

 知らず知らずのうちにとんでもない大事に巻き込まれている気がする……


 「当然、こちらでも戦闘行動中のフォローは可能な限りさせてもらうし、雨衣くんの<飛翔機飽和戦>は、操縦難易度こそ高いが使いこなせば相当に強力。

それに……沢渡くん、君がついているのだろう?二人のみでの作戦行動、十分可能だと思うがね。」


 首に縄が掛かるのを幻視する。こうまで言われて無理ですはないだろう。

 結局、どこまで行っても逃れられないということか。


 「説明は以上。沢渡くん、雨衣くん、質問は。」


 「特には。」


 「私も特にないです。」


 「では解散。初陣は明日の〇九三〇マルキューサンマル。場所はJ-51地区。各員の奮戦に、大いに期待させてもらうよ。」


    ◆


 翌朝。J-51地区にて。


 「今回も随分と多いな……」


 ランディングポイントに降着し、ライフルに据え付けられた可変倍率スコープを覗き、周囲を確認する。

 先日のJ-53地区での殲滅戦でもそうだが、事前情報と数が誤差で済まないレベルで違う。


 「数が想定よりだいぶ多い。まぁ仕方ないからある程度戦って、ヤバそうになったら即時撤退って感じで……幸いな事に殲滅任務じゃないし……

 ……ってあぁ、そりゃそうだわな」


 返事がないのを訝しんで背後を振り向けば、物陰でカタカタと小刻みに震える雨衣ちゃんの姿があった。

 色素の薄い顔立ちを真っ青にし、冷や汗をかいている。


 よく考えなくても当たり前だ。

 彼女はこれが初戦。

 しかも、結果的に無傷だったとはいえヤツらに殺されかけた経験すらあるのだ。


 奴らの醜悪極まる姿は、原始的な嫌悪感と恐怖を呼び起こす。

 慣れるまでは俺も直視出来ず、銃での戦闘がてんでダメだったものだ。


 「すいません……自分から望んでここに来たはずなのに、どうしてもアレを見てるとあの時のことを思い出しちゃって……」


 「仕方ない仕方ない。……っと、基礎的なピストルの撃ち方は確か疑似戦闘訓練の後習ったよな?」


 「は、はい……」


 「そんじゃお守り代わりだ。これ握り締めてりゃ少しは震えも収まるだろ。」


 つぶやきつつ小さな手のひらに自前のP-86制式拳銃を押し付ける。


 「ありがとうございます……」


 「気にすんな。それじゃあ俺は様子見がてら暴れてくるから。余裕ができたらドローンで支援なり偵察なりで飛ばしてくれ。ヤバいと思ったら通信で呼ぶこと」


 「はい、私が言うのもおこがましいですけど、気を付けて」


 「ん。じゃ、行ってくるか」


 <Ex-MUEB>メインシステム・戦闘モード起動。戦闘種別<中距離射撃戦>



 ランディングポイント……と言いつつも旧時代の廃墟の再利用なのだが……の壁を乗り越え、辺りを見渡す。

 目についたシルフ型の一団を見据え、軽くバーニアを点火し接近。レンジ50を切った所で射撃開始。

 ドドドドド!と腹を震わす様な轟音が響き、最初の犠牲者を肉片に変える。


 中距離射撃戦はその名の通り、銃火器を利用したミドル〜クロスレンジの戦闘を支援するスタイルだ。


 種別により差はあれど、堅固な外殻をもつ<N-ELFF>には通常火器は効果がかなり薄い。

 通常火器で相手するのであればシルフ型一体に対して10人で取り囲んでの一斉放火がセオリーとされている。それ以上の位階は歩兵火器で相手をするなどそもそも論外。


 そこで<UN-E>で支給される弾薬は、弾頭部分に超極圧縮金属を使用し、規格外のインパクトと貫徹力を実現している。

 先程雨衣ちゃんに押しつけた拳銃でさえ重量は脅威の10kgオーバー。その大半が弾薬分だ。俺が現在連射しているAL37速射式アサルトライフルに至っては60kgに迫る。


 この圧倒的重量と反動故に基本的に<UN-E>制式採用火器の使用は<Ex-MUEB>装着者のみに限られる。

 むしろこの手の馬鹿げた重さの銃器の取り回しを可能にしたことが<Ex-MUEB>が人類唯一の牙足り得る理由とすら言えるのだが……


 そんなことを思いつつ、集団に銃弾で風穴を開けていく。

 空っぽになったマガジンを銃身から切り離し、左手で掴んでマガジンポケットに収納。返す刀で左腰のハードポイントから替えのマガジンを取り装着。そのままレバーを引き初弾装填。

 

 慣れたものだ。かなり自己ベストに近い速度のリロードではなかろうか。

 

 その僅かな間にも奴らは近寄っていたらしく、<Ex-MUEB>の戦闘補助AIが肉薄した敵に対する適切な迎撃法を提案してくる。数は二体。試してみるか。


 「フッ!」


 腹に力を込め、

 そのまま頭が下になるように体勢を調整し、下に向かって連射。ちょうど敵の体を左右に両断するようなカタチで銃弾を叩き込む。

 息絶えた敵を尻目に着地姿勢を取り、危なげなく足から二体目の後ろに着地。

 着地するや否や振り向き様に銃身を横に薙ぎ……


 「ラァッ!!」


 先端に取り付けられた高振動粒子実体銃剣で以て二体目の首を切り飛ばす。

 ……とりあえずこれでこの一団は終わりか。


 一息つきつつ、インコムで雨衣ちゃんに通信を飛ばす。


 「とりあえずこっちはカタがついたけど……そっちは」


 「一応、少しだけ震えも落ち着いてきたので、ドローンを飛ばして偵察してみたのですが、これって……」


 ドローンの映像は電子阻害環境でも隊員間で共有が効くらしい。便利だなマジで……


 「ん〜?確かにおかしいなこれ。なんでこの臨海部だけやけに数が少ないんだ?」


 まぁ確かに不気味ではあるが、特に警戒しなければいけない要素は見当たらないんだよな……<N-ELFF>には罠を仕掛けるような知性はないしな……

それが逆に得体が知れず怖くもあるのだが……


 「あと、これも……」


 「あぁ、こいつか。初交戦にしてはなかなかに相当な難物が出てきたな……」


 映っていたのはエリアル型と呼ばれる<N-ELFF>。

 人間の軍隊の中隊長クラスとみられている上位タイプであり、名づけるに値しない雑兵の暫定位階であるシルフ型とは一線を画す、怪物の中の怪物だ。

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