第5話 光の降る街を
基地内の居住区にある自室でシャワーを浴びて噴き出た汗を流す。
予想以上にアガってしまった。
やはりああいった試合には実戦での命のやりとりとはまた違う高揚感がある。
またやりたいな~などと思いつつドライヤーで髪をさっくり乾かし、私服に着替える。街中を歩くのに<UN-E>の制式制服は不釣り合いだろう。
さくさくっと外出許可証を二人分取り、柱に寄りかかりながら端末でニュースを何ともなしに眺める。
にしても、毎度こうして社会の有り様を見る度に思うのだが、案外、社会機能が保っている。
<N-ELHH>の発生確認から25年、<最終戦争>から、10年が過ぎようとしている。
現在、かつて先進国とされた国々の多くが無政府状態にあった。
理由は簡単。
<最終戦争>で何もかもが毀れたためだ。建造物や肉体といった物理的な物ばかりではない。
金銭の価値や、人命の意味、そうした形而上の物さえ、輝きを失ってしまった。
そうなれば疲弊しきった各国の政府は人民を纏める力を持たなくなる。あれよあれよという間に崩れ去った。
そうして荒廃した地上に代わり、地下世界に芽吹いたポスト・アポクリプス。
最初の一年こそ治安の著しい悪化や、先行きが見えない世界への絶望などで荒れに荒れ、まさしく世紀末の有様だったが、所詮狭い地下空間で逼塞する人類、争えば待ち受けるのは絶滅という無意識的な危機感が働いたのか、徐々に落ち着きを取り戻しつつある。
そこら辺の詳しいメカニズムは高名な経済学者の先生に聞かなければわからないだろう。
――などといっても俺は<最終戦争>のころは10歳にもならないクソガキだったのでよく覚えておらず、大半はアカデミーでの座学知識と資料映像なのだが……
などと思案していると、天音さんが来た。
薄いグリーンのふんわりとした印象を与えるトップスに、白いロングスカートを合わせている。清楚かつゆとりの大きい格好なのに一部分の凶悪さが全く損なわれていないのはどういう理屈なのだろうか。正直すごく直視しづらい。
普段は降ろしている長くつややかな黒髪はアップで束ねられ、覗く白いうなじが眩しい。
シャンプーの匂いだろうか、体からはほのかに甘く爽やかに痺れるようなシトラスの香がした。
「お、来ましたか。」
「おまたせしました……その、似合ってます?」
「滅茶苦茶似合ってる、その……すっげえ可愛い」
こういう時、自らの語彙力のなさが恨めしい。
「あ、ありがとうございます」
こうして俺たちは街へ繰り出すのだった……
◆
私こと、天音雨衣は絶賛、混乱の最中にあった。
理由は当然お分かりだろう。
つい数時間前まで目をバッキバッキに開いて殴りかかってきた人からデートのお誘いを受け、こうして実際に行動を開始してしまったからだ。
しかも服装を褒められてしまった。照れる。
というかわからない。表情が変わらなさすぎる!
そもそもデートだと思ってるのこの人!?私の自意識過剰!?
もっとこう……カッコつけるもんなんじゃないの!?いや嫌われてはないと思うけど、好意を持たれているのか、持たれていたとしてその種類がわからない!!
怖い!!怖い!!!この人何考えてるの!?ポーカーフェイスもここまで行くと恐怖の象徴だよぉ……
いや、落ち着け。まずは落ち着け。冷静に状況を俯瞰しろ。
こうして改めて思うのも恥ずかしいが、私はこの人のことが好きだ。
いやまぁ突然銃使わせようとして来たり訓練とはいえ本気で殴り掛かってきたりかなりエキセントリックでキマってるところがあるのは事実だけども。
けどやっぱり、私はこの人に死地から連れ出してもらっているし、気遣いもできる人だ。
なら、相手がどう思ってるかはとりあえず置いといて、とっとと意識させちゃうのが最善手なんじゃないの?やはり私は天才かー?
あっこっち見た面良……
だめだ、脳みそが浮ついてる。せっかくのデート、しゃんとしなければ。
◆
地下街の様子は、いつもどこか沈鬱だ。
地下世界に日は差さない。街を照らす人工灯も白々しく、空々しい。
濁っているとは言え、任務で直接を日を浴びれる身分だからこそ出る感想なのだろうか。
<最終戦争>以降、地下に生存の場を変えた人類に与えられたのは先のない未来と、先の見えない逼塞だった。
<最終戦争>の半年の戦闘期間で、地球上の人類の人口は4割削れた。
地下世界は人類の新たな
人々はシェルター街に住まい、地上の真似事をしながら日々を耐え忍ぶ。
平穏が戻りつつあるように見えても、そこには発展発達はない。
永遠の縮小再生産とその果ての閉塞。それが、この世界の現状だ。
閑話休題、お出かけ中に考える話ではなかった。せっかくのケーキだ。楽しまねば。
他愛もない戯言を天音さんと交わしながら歩く。
と言ってもさっきは本気で怖かったなどの文句とそれに対する平謝りばかりだったのだが。
まぁこうして付き合ってくれてるし最後には笑ってくれたので良いとしよう。それの詫びもあって街を歩いているわけだし。
そこは基地がある区画の二つ隣の地下区画、一般民衆が住まう町並みの隅の隅にあった。ある種の隠れ家的なカフェである。
こう言っちゃ失礼だが、人の入りがお世辞にも良くはない店だ。だが、それが逆に落ち着いた雰囲気を醸し出していて居心地が良く、ちょくちょく足を運ぶ店だった。
メニューの味は良いのになんでだろうな……考えるまでもなく僻地極まる立地のせいだが……
なんで親父さんはこんなところに店を作ったんだ……
「うーっす、親父さん、やってる?」
焦げ茶色の木の床をブーツで鳴らしつつ店に入る。
「居酒屋に来たおじさんじゃないんだから。おや、その可愛らしいお嬢さんは彼女さんかい?」
「違うって、磐さんにも同じこと言われたよ。」
「ははは。まぁ座って座って。京くんはいつものいちごショートとアイスコーヒーだよね。お嬢さんは?」
「今から決めます」
「はいそれじゃメニュー。裏メニューは京くんから教えてもらって。」
目の前に差し出されたメニューを見つつ、あれにしようかこれにしようかとうんうん唸る天音さん。
なんとも微笑ましい光景だ。
「このパフェがいいです!」
「了解、飲み物はどうする?」
「沢渡さんと同じで、アイスコーヒーで」
「じゃあそれで頼むよ親父さん」
「はいはい~」
しばらくして、注文の品が届いた。
「うわぁ……予想以上にでっかい……おいしそう……!これもう食べちゃってもいいですかね!?」
「どうぞどうぞ」
「いただきます!」「いただきます」
無心でケーキとパフェをそれぞれ貪る。
うーんうまい。スポンジがふわっとしてるしいちごの酸味もいい感じだ。
「あ、沢渡さんそれ一口くださいよ」
「いいけど天音さんのも一口くれよ」
了承を出した途端ヌッと伸びてくる手。あっ思ったよりごそっといきやがった。
天音さんのパフェからも徴収しなければ……代償は支払ってもらうぞ……いやけど器が高さあるから取りずらいなこれ……
獲物を狙う猛禽のように手を動かしていると、略奪した獲物を口に運び自らのパフェを一掬いした天音さんがスプーンをこちらに差し出し……
「はい、あーんですあーん」
ひっくり返りかけた。わかってやってんのかこの子。魔性?魔性なの?
一応俺だって年頃の男性なのだが……ええいままよ!
「えっ」
「いや仕掛けてきたのそっちでしょ……なに驚いてんの……なに面赤くしてんの……」
「しーてーまーせーん!悪ふざけですー!いくら何でも躊躇いがないから驚いただけですー!」
途端に気恥ずかしくなってきた。今俺のサイズは1/3ぐらいに縮んでいることだろう。
ちなみに味は甘かった。甘すぎて甘い以外何も考えられないぐらい甘かった。
明らかに砂糖ではない甘みな気がするが敢えてそこからは目をそらしておこう。直視したら途端に叫びだしてしまいそうな気がする。
顔を真っ赤にしたまま完食しそのままお勘定。
奢る気満々だったのが親父さんがこっそり天音さんの額を持ってくれた。その優しさが逆に痛かった。
帰路につく。
「……前から思ってたんですけど」
「……何さ」
「……『天音さん』呼びなの、やめません?距離をとられてる感じというか、例えばう、『雨衣』呼びとか……」
ほ、本当にとことんまで心臓に悪い……
「流石に勘弁していただけませんか……」
「いやです」
「じゃ、じゃあせめて『雨衣ちゃん』で……」
「まぁ……はい、いいでしょう」
「全く無茶ばかり言う……雨衣」
「今雨衣って呼んだ!!」
「わぁーわぁー!!呼んでない!呼んでない!いや呼んだは呼んだけど出来心だったんだよォ!!」
二人でぎゃあぎゃあ騒ぎながら街を歩く。
こんな気持ちになれるなら、白々しい光の降る街も悪くないな、と柄にもないことを思った。
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