第4話 飛翔機飽和戦

 ふっ、と息を整え正面を見る。

 対するは六羽の兵隊を率いる女王。

 訓練、なれど全力の死合が始まろうとしていた。


 来る。


 10m先より高速で飛来したドローンが俺の周囲360°をくまなく囲う。

 ジャンプし、素早く放火されたゴム弾を回避。

 着地と同時に裏拳と回し蹴りをほぼ同時に打ち振るう。

 距離を離すための二撃だったが、ふわりと躱され、つかず離れずの距離を維持される。

 やはりそううまくいかないか。


 路線変更。


 「ッ!」


 一瞬の気合とともに全力ダッシュ開始。

 ドローンが対応に回る前に近距離に詰めてケリをつける。

 しかし、一歩踏み込んだ段階で天音さんとの間に一本線を引くようにドローンが整列。一斉発射。

 それをとっさに踏んだバク宙でやり過ごす。


 再び地に足をつけ、旧時代の特撮映画のクモ男じみた態勢で息を整えつつも、思考を回す。


 ……予想以上に手ごわい。発射時の形が多種多様っていうのが相当凶悪だ。

 包囲しての一斉射撃や戦列を組んでの砲火による足止め。パターンが多すぎる。

 天音さんの立案能力も高い……となると。


 再び360°ぐるりと取り囲む形でドローンが飛ぶ。しかし今回は五機。ならばラス1は?


 「上か!」


 ジャンプ回避を潰しに来やがった!今度は逆に素早く体を屈め回避、1テンポずらしての上からの攻撃は身を低くしたまま回転して避ける。


 「フッ……!」


 そのまま流れで飛び上がる。狙うは上空の一機。


 「ラァ!!」


 拳一閃、しかしこれは横を掠めるに留まった。天音さん周辺に全機集合し仕切り直しだ。


 作戦……というにはお粗末ではあるもののこれしかやりようがなさそうな気がする。

 ドローンに距離を取らせるために打突をふるうのではなく直接打突をあて無力化する……!

 それと平行して距離を詰めて畳みかける作戦も継続する。先ほどと全く同じ状況。

 しかし今回は避けるのではなく……


 「えっ!?」


 少し先で驚きの声が聞こえる。

 要は胴に当たればアウトだがそれ以外は問題ないルールなのだ。なら手足でやればいい。

 ちょっとした曲芸を移動を継続しつつ披露し、自らの目の前に迫るゴム弾を手刀で排除する。


 「フン!!」


 戦列に接近し、そのまま一機蹴り上げる。攻撃を高速で回避すると言っているがあくまで理論値の話、操縦が追い付かなければ意味がない。


 天音さんがバックダッシュで距離を取り始める。

 おそらくこの戦闘法で一番強いのは引き撃ちだろう。賢明な判断だ。

 当然逃がしはしない、距離を詰める。


 追走の傍ら、迫るゴム弾に打突を見舞う。

 ドローンの無力化という事例を見た時点で温存の方針に切り替えたのだろう。一機一機順繰りに攻勢に出てくる。

 だが裏を返せば数を減らすのは対応を易くするということ。安定してゴム弾を打ち落とし続ける。


 このフィールドは一辺100mの立方体。立方体内部をぐるぐると回るように移動すれば、一応いつまでもこの鬼ごっこは継続可能だ。


 代り映えのない追撃、マンネリを打破するアイデアが欲しい。


 「……これで行くか。」


 パンと発射されたゴム弾をはじくのではなく掴む。

 訓練用とはいえそれなりの威力を持つゴム弾の衝撃に逆らわぬように体を捻り……ゴム弾を投げた。

 ビッと自分でも驚くような勢いですっ飛んでいった弾丸は天音さんの<Ex-MUEB>の右腕装甲にヒット。

 惜しい。まぁいい。こんなので終わっても消化不良だ。


 ボルテージが上がる。

 焦ったのか動きの彩度を欠いた目の前と出撃準備中のドローン、合わせて二機に攻撃を見舞い打ち落とす。残り三機。

 まだ残っているが問題ない。このままケリをつける。


 加速。

 一気にゼロ距離まで踏み込んだ俺は、そのままがら空きの胴へと握り固めた拳を振るい―—



 ばしん。


 と音がした。

 見れば、自らの拳は彼女の胴から逸れている……


 途端にテンポを増す鼓動。吹き出る冷や汗。増大する呼気。


 おいおい冗談だろ、あの子しやがった!

 確かに身のこなしとドローンを合わせれば相当強いかもしれないとは思いはしたがそんな精密な芸当ができるなんて聞いてないぞ!


 しかし退却の択はもう無い、ここを逃せばもう二度と間合いは詰めれない。

 一発でだめなら千発で押し通るのみ―—―!


 とめどなく上がるボルテージ、呼吸も荒いまま、さらに一歩踏み込み、



 「ラアアアアアアッ!!!」


 「—――ッ!!!」


 ゼロ距離でのインファイトを開始した。


 殴る弾かれる蹴る躱される撃たれる弾く。

 流星の如く閃く肉体と銃弾。

 一撃ごとにさらに加速する身体。

 向上していく反応速度。

 相手もアガって来たのか動きのキレが増していく。


 楽しくなってきた。


 「シッ!」


 「くッ……!」


 大ぶりなサイドキックを出す。

 飛びのいて躱されるのは先刻承知。生み出したかったのは「適正距離」だ。

 その距離を踏み込みで潰し……


 「フン!!」


 大昔に祖父から習った中国拳法の形意拳が一、崩拳。

 そのインパクトは生半可なものではない。腕でブロックこそされたものの態勢を大きく「崩」した。


 それを補うべく、ドローンが三機寄ってくる。

 だが五機六機といたならともかく半分なら当然脅威も半減だ。

 わざわざ大振りに動く必要もない。間を擦り抜けるように躱し、素早くどてっぱら目掛けて蹴りを放つ。


 「く、うーっ!!」


 これも避けるか!

 再びドローンが彼女の付近に戻り、インファイトの体勢に戻る。


 「ハアアァァァァッ!!」


 「ヤアアアアッ!!」


 右、左、前蹴り、右、また右、左!

 飛来する弾丸を八割勘、二割反射で捌きつつも、防御の陥穽を探して打ち込み続ける。

 手足を細かく動かし続け、弾く弾く弾く弾く弾く———


 際限なく高まる速度、訓練用<Ex-MUEB>の機体限界が近づく表示が鳴る。あぁ、うるさいうるさい……

 今はこいつにだけ集中させろ。


 「セイッ!」


 コンパクトに振るったフックが相手の腕をえぐる。

 仰け反りながらも打ち出される弾丸を人差し指と中指の最小限の動きで逸らし、右ストレートで突き込む!

 が、これも首の動きで避けられた。


 だが———


 「オラァッ!!」


 そのままワンツーのテンポで砲弾の如き二撃目を叩き込む。

 打ち出された左腕は間に割って入ったドローンを貫通、破断し、天音さんの胴に軽く当たっていた。


 状況終了。決着だ。

 途端に広がっていた視野が狭まり、世界と直に繋がるようなクリアさ、ドライブ感が消え失せる。

 くらつく体を頭を振ってはっきりさせ、天音さんに手を差し伸べる。



 「ナイスゲーム」


 「……ナイスゲームじゃないですよ。めちゃくちゃ怖かったんですからね、目がバッキバキの人間がとんでもないスピードで殴り掛かってくるんですよ……んしょ」


 「という割には無茶苦茶よけてたし何回も何回もヒヤヒヤさせられたんだけどな……特にあの拳を弾丸で弾くのは本当に怖かった」


 「うわぁ、やばい!!って思ったらできました」


 「天才型だ……

 これだけ動けるっていうことは実践でも満足に通用すると思う。もうこの戦闘モードで決定でいいか?」


 「じゃあお願いします。」


 戦闘モード決定の旨を端末で上に報告。これでおそらく数日後には専用の<Ex-MUEB>が製造されるだろう。


 「んー疲れた……軽く汗流したら約束通り、飲食街で甘い物食べに行こうぜ」


 「あれ?けどそれって試合の賭けじゃ……」


 「いやあれは本気出させるために言っただけ。銃無理やり使わせて失敗させちまった段階で奢るのは決めてたし。奢りますよちゃんと」


 「う、うそつき」


 「嘘も方便だよ」




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