第3話 戦闘的教育法

 「「―――は?」」


 声が漏れたのはほぼ同時。


 「何、強制はしないさ。そんな権力もない。興味がないか?と言っているだけだ。」


 「いや待て待て待て待て、民間人だぞ?今日保護したばかりの。勧誘にしても無茶苦茶すぎるだろ」


 ちなみに奏は司令官らしく厳粛な口調で喋るが、その癖こちらにはできる限りタメで喋ってもいい、何ならそうしてほしいというようなことを言ってくる。

 自分に厳しく、他人に優しくの権化みたいな人物なのでそういう事を言うのも理解は出来るのだが、普通にこちらはビビリ散らかしてるので敬語使わせてほしい……


 「言わんとしている事は理解できると言うか、それが正論なのは重々承知なのだがね。当組織は慢性的な人手不足に悩まされている、というのは君も知るところだろう?戦力は一人でもほしいところだ。」


 「だからって普通ならこんな早急なことはしないでしょうよ。……アンタ、何考えてる?」


 「隠し事は昔から苦手でいけないな。……正直に話そうか。私含め上層部は、あの現場で示された、『<N-ELHH>の一時的な抑制現象』に興味を抱いている。これは今まで例のないことだ。

 それが、地、時、人、どれが作用して発生したものかまでは正直分からない。

 だが、考えられるファクターは全て握っておきたい。」


 「理由は、分かった。だが納得がいくかどうかは別の話だ。……まぁ本人が決めることだな。」


 「その通りだ。天音くん。君は……どうしたい?」


 「私は……」


 その時彼女が、何を思い、判断したかは、俺にはわからない。

 ただ、彼女は、俺を見て、確かに言った。


 「――入りたいです。ここに。」


 「決まりだな。単に居住区に入るのとは別の手続きがある、付いてきたまえ。関わりの深い方々への報告も忘れないよう。」


 「……いいのか?」


 「いいんです。良いも何も、私の意思ですよ。」


 そう言って悪戯げに微笑む姿に、不覚にもクラリときた。

 こういう血みどろの仕事してると耐性がなくなっていけない。

 磐さんにまたなんか言われちまう。


    ◆


 数日後。

 基地内の訓練室にて。

 訓練用<Ex-MUEB>を装着した俺たちは向かいあって座っていた。


 「今日から訓練というお話だったのですが、教官も沢渡さんなんですね」


 「そうらしいな、お目付け役というかなんというか。知り合いのほうがやりやすいだろうという判断らしい。」


 「よろしくお願いしますね」


 「ういうい。じゃまずは座学だな。このスーツ<Ex-MUEB>には、デフォルトで三種の戦闘種別が積まれてる。

 <近距離格闘戦><中距離射撃戦><遠距離狙撃戦>だな。

 その中からどれか一つ選択してメインに据えて行くわけだが、<近距離格闘戦>だけは絶対にマスターしなくちゃいけないが、その上で絶対にメインに据えちゃいけない。」


 「なんでですか?」


 「簡単に言うと、<近距離格闘戦>っていうのは最終フェイルセーフ手段としての面が強いからだな。武装を全て損失した後、どうにか生還するためには自分の体で戦わなきゃならん。だから生存を最優先として過剰なまでにスペックが盛られているわけで、当然体に来る反動が凄まじい。ブッ壊れるんじゃないかと思うほどアチコチ痛むし、実際に骨が何本も折れる。

 正直近接武器持ってる奴らも基本的には<中距離射撃戦>で立ち回るっていうのがセオリーだ」


 「なるほど」


 「んじゃ続きな。

 基本はその三種だけど他に得意部門があるやつは、他の戦闘モードをパッチで入れることもある。<高高度機動戦>とか<重装甲耐久戦>とかな。

 なんで、今日はその得意部門を見つけて戦闘モードを選ぶ、必要ならパッチを入れるまでやろうと思う。」


 「はい!」


 「いいお返事。というわけで初っ端実践訓練です。」


 「えっ」


 「はい立って、まずはバランスタイプの中距離射撃型の適正から見るよ」


 「えっえっ」


 「これが訓練用アサルトライフルね。規格は<UN-E>で使ってる汎用品とほぼ同じだから実践感覚で扱えるはず」


 「えっえっえっ」


 「よし、んじゃ的出すね」


 「ち、ちょっと待ってくださいよ~~~~ッ!!!!!!!」


    ◆


 ……正直、反省はしている。

 ガチの初心者にいきなり銃もたせるのは失敗だった。

 だが俺も何をどう教えればいいか分からなかったのだ。

 見事にむくれてしまった天音さん。これは後で甘いものでも奢らねばなるまい。


 閑話休題。

 問題の天音さんの適正戦闘スタイルだが、中距離射撃戦も遠距離狙撃戦もイマイチという結果に終わった。

 それこそ今まで武器一つ触れたこともない一般人なのだから当たり前の話ではあるのだが……


 逆に近距離格闘戦では意外にも才覚を示し、俺の斬撃を叫びながらではあるが四連続で躱すという芸当を成し遂げた。(昔新体操を習っていたらしく体が柔らかいらしい。絶対それだけではないと思うのだが……)

 ただしパンチは「殴る」ということに慣れていない、なんなら少しビビっているのか貧弱にゃんこ拳だった。


 まぁこんな感じに致命的に攻撃能力が欠けているとなってくると追加パッチを考える必要があるのだが……

 攻撃能力の付与をしつつ、長所の機動力を生かすとなるとなかなか条件に当てはまるパッチがない。


 ウンウン唸りつつも端末でデータをあさっていると、一つのパッチを見つけた。


 「うーん、まだ試作運用段階で信頼性に欠けるのがネックだけど割とアリではあるかもな……ちょいちょい天音さん?」


 「なんですか……」


「悪かったって、機嫌直してくれ。それでこれが割とアリかもしれなくてどんなもんか見てみたいんだけども」


 見せたのは試作パッチと武装のセット。

 <Ex-MUEB>に据え付けたホルダーから脳波操縦可能な子ドローンを射出、そのドローンが指令通りに敵を撃ってくれる……という装備強化案。

 実弾、レーザー、ゴム弾など弾丸の変更が可能な上、銃の積載スペースを火薬に変えれば使い切りのミサイル攻撃としての運用も可。

 機体が超小型かつ高速機動が可能なので<スプリガン型>の対空攻撃も高精度な回避で対応できる。

 最大射程は100m。

 近距離の間合いに踏み込まれても体を回避にフルに使える上に、イメージで使う物でリロード手順やリコイルコントロールと言った「体で覚える技能」が必要ないので可能性があると思ったのだが……


 「わかりました、少し動かしてみます。」


 ということでパッチを訓練用<Ex-MUEB>にダウンロード。ドローンの収納ラッチを取り付けてやればこれで戦闘種別転向完了だ。


 「とりあえず飛ばしてみますね。」


そう呟くと、計六機のドローンが飛翔。

その様は女王を守護せんとする蜂にも似ていた。


 「おぉスゲ、動かせた。これトリセツに操縦がめちゃくちゃ難しいって書いてあったんだけどな」


 「そんなものを触らせてたんですか……」とジト目を向ける天音さんは一旦無視。



 「それじゃ的出すから撃ってみて」


 「…………やってみます」


 すると、兵隊蜂は素早く的の周囲を取り囲み……


 「いや、すごいなこれ」


 四方八方から銃撃を加えズタボロの穴開きチーズにしてしまった。これ使いこなせれば洒落にならないぐらい強いのでは……?

 ま、まぁ中遠相手にはこれで満足に通用するだろう。

 問題は近距離に踏み込まれた時に回避と組み合わせたムーブメントが出来るかどうかだ。

 至近距離での攻撃手段の質は生還率に直結する。


 ──死なせたくない。

 それが、正直な感想だった。

 奇ッ怪な腐れ縁同然の縁なれど、思い入れという奴が出来てしまった。

 俺には珍しく。

 だから、ちゃんと見てやらねばならないだろう。


  「うし、じゃあ俺に撃ってみるか。当然俺は避けるし、怪我しないように気は使うが本気で殴りに行く。それで先に胴に当てれたら……甘いもん奢ってやるよ。」


 「絶対に当てます覚悟しててください」


 ……甘味を目の前にした乙女ほど、恐ろしいものはないのかもしれない。

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