第2話 戻り来て
男の人がいる。
男の人が戦っている。
白い髪を振り乱し。
苦悶の声を上げながら。
総身を赤に染め上げて。
刀を打ち振るっている。
あぁ、どうかおゆるしください。
死と苦と血に濡れ、夜叉にも似て鮮烈な貴方の姿に、
私は、
みとれてしまったのです。
◆
空中。
現在上空550m。
濁った色の空と赤い亀裂をなんともなしに眺めている。
幸いにも対航空戦力型<N-ELHH>であるスプリガン型の攻撃もなく、優雅な空の旅といった風情だ。
あの後、突如意識を失い倒れた要救助者を保護しながらどうにかエスケープポイントまで辿り着いた俺は、H-28機体下面保護電磁機構付兵員運搬用ヘリに乗り込み、応急措置を受け、基地への帰路に就いていた。
ちなみにJ-53地区の掃討任務は他部隊が引き継いだそうだ。任務経過は順調とのこと。
「またこんな戦い方ばかりして、命が何個あっても足りゃしませんよったくもう。」
とは処置担当の衛生兵の弁だが、他にやりようがなかったから仕方がないだろと言わせていただきたい。誰も好き好んであんなことをしている訳では無いのだ。
などと謂れなき誹謗中傷を思い出しムッとしていると、物音がする。
視線をやればあの時の少女だ。目覚めたのか。
「あの……ありがとうございました。」
「いや、こっちも任務でやってるだけだから。気にしないでくれ。……あぁ、そういやお互い名乗ってなかったっけか。俺は、
「え、えーと、私は
「OK、天音さんだな。えーとだな、これからどうするかとりあえず説明したほうが良いよな?」
「はい、正直何が何やらよく……分かってなくて……」
「うし、まず今から天音さんはしばらく……そうだな、一週間ぐらいは<UN-E>で保護されることになると思う。
その間に身分・連絡先の確認、メンタルチェックと少しのカンファレンス、後は救援当時の状況確認辺りをやられる……はず。
そんでもってこの移動中の間に簡易的な状況確認程度はやっとけというお達しが来てるんで、軽くでいいんで俺に見つかる数時間前から見つかるまでにあったことを教えてくれ。」
「それが……思い出せなくて……気がついたら地上にいて……あの怪物に囲まれてて……そこからずっと怖い、怖い、って泣いてたことしか覚えていないんです……ごめんなさい……」
「あぁ、いいのいいの。所詮今回は簡易調査だし、あんな目にあってるんだからショックで記憶にふたしててもおかしくない。ゆっくり、思い出したらでいいから。」
―――白。
手首の裏の端末をそれと分からぬ様にチラ見しながら口には出さず心内で呟く。
流石に立ち入り厳重禁止の戦闘区域に侵入してて「覚えてない」の言葉を無条件で信用しろと言うのは無理な話だ。
正直俺も調査の指示をした上官殿も、わざわざ戦闘区域に侵入して危険に身を晒しながら出来る悪さなんて思いつかない上に、個人の感覚としては味方してやりたいとさえ思うのだが、そこはやはり組織の論理、俺個人の感情はあくまで無視される。
まぁと言っても詳細を詰める時間も設備もないので簡易詐称判定装置を仕掛ける以外なかったのだが……。
「後五分程で目的地に到達します。降着準備をお願いします。」
一旦切り上げだな。
少しの衝撃とともに動きが止まる。
小さなの気密音と大きな動作音とともに機体後部のタラップが開く。
「そんじゃ行きますか。」
「えっ……は、はい……」
何事か戸惑っていた様子だったが、どうにか俺の手を掴んで立ち上がる。
ヘリを降り、ポートのアスファルトを踏み二時間ぶりの地上への帰還。
ちなみにポートはピットホールの真上に作られており、航空戦力の帰還時には上に機体を乗せたポート自体がアームに支えられてそのまま下に降り、ピットフォール内部のハッチに収納。
そこで整備・点検を受け次の出撃に備えるというような仕掛けが施してある。なかなかよく考えられている。
更に言うと出撃時にはこことはまた別で出撃口が備わっており、地下から伸びる斜面上のカタパルトを駆け上がった機体が凄まじい速度で空へと羽ばたく様は中々の壮観だ。絶対パイロットになりたくない。
ちょくちょく後ろを確認して天音さんが付いて来ているかを確認しつつ、そんなことをうだうだ考えていると我らが<UN-E>の本部基地につながる階段の入り口に到達した。
「この階段の先が目的地だから。」
そう呼びかけつつ階段を降りる。
基地の入口前の門と同化した大型の機械で網膜認証、指紋認証、ID認証などといったセキュリティをこなしつつ、保護した民間人1名同伴の旨を入力。
「よし入力完了っと……ここが基地だから。まずは居住区の受付からだな。」
こくこく頷くばかりの天音さん。
……まぁそりゃ一般人がこんな無骨な建物に案内されたら緊張もするわな。
元々そのつもりではあったがやはり内部まで案内するのがここまで連れてきた責任というものだろう。
リノリウムの床を並んで歩く。
「あぁそこ右だから。」
「はい!」
緊張半分、好奇心半分といったような調子できょろきょろしながら歩く天音さんに微笑ましいものを感じる。
にしても。
つくづく美少女である。
青みがかる程真っ黒い髪が、陶器を思わせる白い肌と緻密なコントラストを描く。
サファイアの光を湛えた大きな目から伸びるまつ毛はシパシパと長く柔らかに伸び、見る者に精緻な人形のような印象を抱かせる。
ともすれば作り物のようにすら感じさせるほど整った顔であるが、毎秒コロコロと変わる表情がそれを気にさせない。
猫科の猛獣を思わせるようなしなやかな体躯はスラリと伸び程よく引き締まっているが、しっかりと出るところは出ていて、シルエットが女性的なカーブを描いていた。ブラウスのボタンが悲鳴を上げている。
はぁ〜世の中にはこんな別嬪さんがいるものだなぁ……と思っていると、曲がり角から出てきた初老の巨躯にぶつかりそうになった。
「よぅ、坊主」
「うお、びっくりしたぁ!……なんだ磐さんか」
「なんだ磐さんかじゃねえよ、ま~た派手に<Ex-MUEB>ブチ壊しやがって。整備班の苦労を考えろってんだ」
「仕方ないだろ、無茶しなかったらやられてたんだから」
「お知り合いの方ですか?」
「そそ、昔馴染みの整備員の磐城さんって人、いたいたいたいいたい」
でっかい拳骨で頭ぐりぐりされながら天音さんに応じる……ってか本当に痛いな力加減してくれよ磐さん。
「このお嬢ちゃんは何者だよ、いい女引っ掛けやがってなぁオイ?」
「いてていてて。馬鹿な事言うのも大概にしてくださいよ磐さん、戦闘中に救援したただの民間人ですよ」
「あ、天音雨衣と申します……」
「雨衣ちゃんね、覚えたぜオジサン」
当然といえば当然の話ではあるが、この基地は原則民間人の立ち入り厳禁である。
それが例え想い合う恋人で会っても例外はなし。よって組織内恋愛でもない限り、基地内でのそういう関係はありえないと判る筈なのだが……ボケるにゃまだ早いぞ……まだ40代後半だろアンタ……とジト目を向ける。
「わぁーったわぁーった、ジョークだよジョーク、そんな目でみんな」
「タチわる……」
「クカカカカ」
「クカカじゃないよ全くもう……」
「そんじゃ、俺ァ誰かさんが壊しやがったモン整備しに行くから後は若い二人でごゆっくり〜」
俺の肩を思いっきりはたいてから傍迷惑な気振り爺は去っていった。
「つぅ……なんかごめんね、あの爺あることないこと言ってくれちゃってもう、いらん時間取られちゃったよ」
「げ、元気な方でしたね……」
その時、館内アナウンスが鳴った。
『沢渡京中尉並びに天音雨衣さん。至急、司令室へ向かわれたし。』
「俺等?」
「そう、みたいですね」
「何の話だろうかね、まぁ行きますか」
軍務規定を破った覚えもないし、理由がよく分からん。
事情聴取に関する一件なら本人を連れて行く意味もないしな……
◆
暫く歩き、司令室へと到着。
質素であるが、それでいて物々しい金属の扉が俺たちを出迎える。
金属の扉が音もなく開き、部屋の中が顕になる。
部屋の中はシックな雰囲気で纏められており、その中で炯々と輝く戦況把握用モニターがある種の不釣り合いさ、異質さを醸し出す。正直悪の組織の幹部の部屋ですと言っても通用しそうな感じだ。
「来たか、ふたりとも。」
<UN-E>総司令官、
「天音くんの受付は先に私が済ませている。」
穏やかな、それでいて凄烈さを感じさせるこの声色は未だに慣れない。
「単刀直入に行こうか。本題だ。」
人類最後の砦とも言えるこの女傑は、
「天音くん、<UN-E>に入る気はないか?」
「「―――は?」」
そんな、とんでもないことを口にした。
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