ミューエヴ~終末世界のボーイミーツガール~

nanashi

第1話 戦場にて

 かちり、と。小さな音を立ててP-86制式拳銃のスライドを軽く引く。

 弾倉内に残弾1のみ。たかだか1発程度ではヤツら相手にはおもちゃだろう。

 どうせ持ち帰りが厳に要求されるものでもないのだ、軽く腕を振り鈍い黒色のおもちゃを投げ捨てる。


 メインアームのAL37速射式アサルトライフルは叩き壊され、腕装備の積載型パルスマシンカノンは撃ちすぎで電装系がイカれた。特にアサルトは珍しく長持ちして手に馴染み始めてただけに無念極まりない。


 「絶体絶命、ってやつか。」


 思わず溢れる苦笑と共に弱音を口の中で転がす。

 残り武装は腰に吊った実体剣のみ。

 眼の前に浮かぶ仮想UIを操作し、総身を包むパワードスーツ <Ex-MUEB>ミューエヴの戦闘種別を<中距離射撃戦>から<近距離格闘戦>に切り替え。

 実体剣を収めたカバーのロックを解除し、抜刀しつつ廃墟の影から立ち上がる。


 <Ex-MUEB>は使用者に人間の粋を超えた戦闘能力をもたらす。

 10年前の初確認から最終戦争に至るまでの間に当時在った国家体勢を軒並み崩壊させ、今もこのように散発的な戦闘を仕掛けている人類種の天敵、<N-ELHH>エヌ・エルフに対して人類が生み出した唯一の牙。

 故に本来ならば<Ex-MUEB>装着者ならシルフ型のみで構成されたこんな集団など苦もなく蹴散らせるはずなのだが……


 「相も変わらず、うじゃうじゃと。」


 いかんせん、数が多すぎる。視界全てを埋め尽くす醜い肉塊共の群れはどう考えても異常だ。出撃前の報告の倍以上は確実にいる。

 果たして実体剣のみでどこまでやれたものやら。


 「ラァッ!」


 一歩、踏み込む。

 背部装着のバーニアが連動し、爆発的な推進力で俺の背中をブッ叩く。

 ほとんど地を這うような超速軌道で群れに突撃し、思いっきり右手を横に振り抜く。この数だ、振りさえすれば何かには当たる。

 反動は<Ex-MUEB>が勝手に殺す。こっちはただ剣を振るうことに専念すればいい。

 一閃、一閃、また一閃。白刃が煌めき妖精を騙る化け物どもを分かち割く。

 討ち漏らした個体の犠牲前提の一撃を背面跳びで回避。そのまま首を撥ね、着地後すぐに空中で得た加速を乗せた突きを叩き込む。

 二、三体ブチ抜いたまま打ち振るい、周囲を巻き込んで上下に両断。

 素早く飛び上がり上に跳ねた肉塊を踏みつけ囲まれる前に集団から一時離脱。

 離脱後加速を乗せ再突撃。

 縦、横、突き、薙ぎ払い袈裟斬り逆袈裟唐竹逆手突き斬首両断蹴り回転斬り叩きつけ突き後拳打蹴撃―――


 「グッ」


 矢継ぎ早に仕掛ける猛攻の中で、口の端から苦悶の声と血が漏れる。

 <Ex-MUEB>はその圧倒的戦闘力の代償に凄まじい負荷を人体にもたらす。ましてや近距離格闘戦の長時間稼働となればなおさらだ。<Ex-MUEB>自体も長時間の格闘モード稼働は想定されていない。


「ガアアアアッ!!」


 悲鳴と気合をないまぜにした咆哮とともにめぎめぎと限界を告げる腕を大上段から打ち下ろす。

 先程までなら出る前に切り伏せられていた攻撃であろうを力任せに弾き、返す刀で胴を薙ぐ。

 反動で後ろ回し蹴りを打ち込み、廃墟と化したビルにめり込ませる。

 再び加速を入れ緊急離脱。ガレキの裏で軽く息を吐き、戦力の分析をする。


<Ex-MUEB>正常稼働率6割、右腕が逝った、あばらが5,6本折れてるな、無理な体勢で蹴りを入れたせいで左足にもガタがきてる。

 ……潮時か。ミッション達成とはいかなかったが、想定以上の数だったんだ。多めに見て貰うとしよう。


 撤退連絡を入れるため、Alert表示の隣のインコム接続UIをタップしようとしたところ、向こう側から先に連絡が入った。


 「ちょうどいいや、もう正直俺じゃ限界だ、迎え寄越してくれ。まだ掃討し切れてはないが残り三割ぐらいまでは……」


 「すまない、君の状況は把握しているがその話は聞けない。要救助者がいる」


 「……は?市民は地下街にいるって話だろ?第一このJ-53地区は御覧の通り<最終戦争>の時に核で全部消し飛んだ廃墟の街だぞ?何しに出てきたってんだよ」


 「けどいるのは事実なんだよ。しかもマーカーを見る限りシルフ型に包囲されてる」


 「マジの緊急事態じゃねえか。しゃーない、座標よこせ。あとこっちもいい加減限界だ。武装は殆ど壊れたし体だってあちこちガタ来てる。<Ex-MUEB>もさっきの無茶でエラー吐いてる。はっきり言って連れて帰れる保証はないぞ?」


 「了解、一応撤退できるように護送ヘリを出させるが……最善は尽くして。もちろん君が斃れる事も許さない。……無理を言うようだがね。」


 「あいあい了解ですよ……っと」


 通信が切れる。


 「ったく、ケツの叩き方が荒い総司令官だこと。」


 視界端のミニマップに要救助者を示す黄色のドットとエスケープポイントを示す緑色のドットが点灯するのを確認しつつ立ち上がる。


 「……っつ、やっぱ痛むな。」


 足を引きずって進む。


 「——あれか。」


 座標的にも間違いないだろう。

 十体程のシルフ型の影でよくは見えないが、人間らしき姿はたしかにある。

 こいつらを屠るだけなら今の最悪のコンディションでも満足にやれるだろう。要救助者の『帰還』となると……厳しいというのが正直な感想だ。『生還』ならもっとしんどい。

 マーカーを見る限り息自体はあるが、いざ確認してみればトリアージ:ブラック・タグの虫の息でしたなんてことも大いに有り得る。


 「まぁやりますか……シッ!」


 命令は命令なのだ。やれると判断した以上やるしか無い。

 愚痴は口内で殺し、可能な限り小さな動きで接近、一閃。首を撥ねる。

 無理のない動きを意識しつつ、二体、三体と討ち果たしいざ四体目と思った刹那、唐突な悪寒。振り向けば攻撃態勢に移るシルフ型。遅きに失した。避けられない。見通しが甘かった。<Ex-MUEB>の危機警告機能が死んでるのを無視したのがマズったか。

 舌打ち混じりに防御体勢を取る。

 だが、覚悟した衝撃は来なかった。四体目と定めた個体が背後の個体に殴りかかったたからだ。


 「……仲間割れ?」


 好都合だ。不可思議な光景に首を傾けつつも、無造作に剣を動かし四体目と五体目を貫く。その後は特に窮地に陥る事もなく全部切り伏せ状況終了。

 聞くに堪えない断末魔が途切れ、辺りに静寂が戻ると驚いた事にひっく、ひっくと押し殺した泣き声のようなものが微かに聞こえる。

 怯えて啜り泣く余裕があるなら問題なし。充分に立って歩けるだろう。

 往々にして命の瀬戸際に瀕した人間は声の限り叫ぶか声すら出せないかの二択だけだ。

 というか俺の方が重傷だ。ミイラ取りがミイラに成りかねない。


 「どーも、助けに来ましたよっと……」


 俺はそこで、言葉を喪った。

 呼びかけられ立ち上がった要救助者の少女の周りには、シルフ型が四体佇んでいた。


 ――まるで、彼女に付き従うかの様に。


 <N-ELHH>と呼称される種族は、一切の例外なく既存生命体への過剰な殺意を示す。

 こんなに無防備な獲物が側にいて、こうもコイツらが落ち着いているなんてありえはしない。

 呆然とするばかりの俺に、少女がおぼつかない足取りで近づく。


 「私を、助けに来てくれたんですか?」


 あぁ、そんな場合ではないのに。

 俺は。

 この女の黒髪を、濡れた蒼の瞳を。

 美しいと。

 廃墟の戦場には似つかわしくないと。

 思ってしまった。

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