第4話 ハグ

 『若年層同棲推進プロジェクト』が始まってから、およそ二週間。

 俺達のペアはまぁまぁ順調というか、白雪のオンオフが激しすぎて俺が温度差に風邪引きそうっていうか………


 なぁにが『氷の女王』だよ。

 家じゃあでろっでろに溶けたアイスクリームじゃねぇか。

 風呂上りにはソファに寝っ転がってアイス、スマホ、パンツがちらり。


 ひどいときなんて「マッサージしてくれたら、おやすみのちゅーしてあげる」なんて。

 両方ご褒美じゃねーか! ありがとうございます!!


 あぁ~。俺、このプロジェクトにはマジ感謝だよぉ。


 だが、学校での白雪はあくまで『氷の女王』だ。

 俺達がパンケーキに付けるソースで痴話喧嘩みたいなひと悶着をして揃って遅刻した日には、「白雪、遅刻なんて珍しいな」という担任の問いに、「どちらが洗濯をするかで揉めました」なんてツン!な態度を取っている。


 だからクラスの皆は、俺たちがパンケーキ=キスみたいな関係のことを知らない。


 だが、中にはうまくいっていないペアもいるようで、噂では、B組の和泉いずみが相方のカードキーをくすねて夜這いをかけただの、我慢しきれなくなった男子が女子を無理矢理組み敷いただのという噂が流れていて。

 そういうペアは、事実確認を行った上で解散。シャッフルし直しとなるわけだ。


 まぁ、和泉のところは相方が幼馴染の菫野すみれのさんってことだから、夜這い疑惑は『同意でした』で済ませられたらしいんだけど。黒髪美人で有名な委員長を組み敷いたバスケ部のエースは、ペア解散となったりもした。


 俺は、ちょっとこき使われている感が強いけど、白雪とそれなりに仲良くできている自分を褒めてやりたいくらいだ。

 なにせキスする仲ですし! 付き合ってるといっても過言ではねーだろ!!

 もう恋人同士のソレだよ、俺たちは!!


(……ん? でも、俺たち、付き合ってるなんてお互いに微塵も思ってないよなぁ)


 それは、『同棲推進プロジェクト』の盲点だった。


 なまじっか自然と仲良くなってしまうため、交際するしない、がなぁなぁになったまま終わるペアが多いのだとか。


 このままだと俺達は、『仲良しペアで卒業コース』だ。


(……うそ)


 ヤダよ! いや、白雪と仲良くできるのは嬉しいんだけどさ、俺はこのまま童貞卒業しないで学校卒業するのだけはイヤなんだ!!


 だって、こんなチャンス二度とない!

 俺だってシたい! 童貞卒業したいよぉ!!


「白雪ぃい!!」


「なによ、急に」


 家に帰って泣きつくも、「やらせてくれ」なんて馬鹿正直に言えるわけもない。

 俺はただ、ソファに座ってスマホを眺めている白雪の隣にそれとなく座って、身を寄せて、「何してんの?」ってスマホを覗き込むフリをして身体を抱き寄せて、懇願するしかなかった。


「白雪ぃ。なんでもするから。ハグしたい」


「!?!?」


 俺からこんな積極的な要望を出すのは初めてだ。白雪は、自身が求められたことに仰天してちょっと後ずさる。その、ほんのり開いた距離感が寂しい。

 そう思うくらいには、俺は白雪にベタ惚れだった。


「ダメですか……?」


 萎れた犬のような俺に、白雪は憐れなものを見る眼差しを向ける。

 でも、この二週間で築いた絆は伊達ではなかった。


 白雪は、腕を組んでそっぽを向いたかと思うと、ぼそっと。


「……明日のパンケーキ、三段にして」


「!」


「お風呂掃除と洗濯、一週間は万世橋の担当ね。それだったら、寝る前にちょっとだけハグ……してもいいよ」


「え? 寝る前? ってことは、毎日ハグしてもいいってことですか?」


 この二週間で絆されていたのは、俺だけではなかったらしい。

 白雪は、「だって、掃除と洗濯は毎日するでしょう? じゃなきゃフェアじゃないもの」と言って、両腕を広げてくれた。


「……ん。」


(!!)


 この、ぶっきらぼうな「……ん。」に、「おいで」の意味が込められていることを俺は知っている。


「ありがとう、白雪!!」


 感謝を込めてぎゅ~っと抱きしめると、華奢な身体が俺の身体に沿って仰け反って。身体のすみずみがフィットして、柔らかくて、あったかくて……


「ああ~……幸せ……」


「チョロい男……」


「もうなんとでも言えよ。ああ~、柔らけぇ~」


「ねぇ……あっついんだけど」


「もうちょっと……」


「……ん。」


 抱き締められながら、まんざらでもない顔をする白雪が可愛すぎる。

 こいつ、案外鈍いとこあるから。

 まんざらでもないと思っているのがバレてないと思っているんだよ。

 ……そこがアホ可愛い。


 可愛いんだよぉ……あほぉおおお!!

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