第3話 初キスはホイップクリーム味
翌土曜日は、朝から大戦争だった。
リビングには、起き抜けで胸元がばがばな白雪が寝ぼけ眼を擦ってやって来る。
片や俺は、早起きして今日こそ片付けをしようと張り切っていた――のに!
「朝ごはんはパンケーキじゃないとヤダぁ~!」
ソファに寝っ転がって、ぐでんぐでんにダダをこねる『氷の女王(笑)』。
俺は真っ向、抗議する。
「ふざけんな! せっかく人が2人分のトーストを用意してやったっていうのに!」
「朝ごはんはパンケーキ派なの!!」
「朝食に和食派、洋食派はあっても、ハワイアンはねぇ!!」
「うぅ〜。でも、パンケーキが食べたいぃ……」
「じゃあ自分で作れば?」
数分してできあがった物体は、錬成に失敗したキメラと見紛う消し炭だった。
「私……家庭科の実技だけは3なの」
「…………」
ここにきて、まさかの弱点発見かよ。
言葉も出ないまま呆れた眼差しを向けていると、白雪は媚びに媚びまくりながら腕にひっついてきた。
「作ってくれたら、キスしてもいいよ♡ 今度は口に」
「!?」
ちょ、こいつ……!
調子に乗りやがって!
つか、この見た目と評判で貞操観念ゆるがばとか! もっと自分を大事にしろ!
と。天使の俺はかく語りき。
だが実際の俺は。
「任せろ。何味がいいんだ?」
即答した。
所詮は男子高校生なんでねぇ、美少女のキスには釣られちまうんですわ。すまねぇな。
そうして出来上がった苺生クリームのパンケーキは、白雪の大好きなホイップクリームが山盛りで。
それを幸せそうに頬張る姿も俺しか知らないんだろうなぁと思うと、にやけが止まらない。
白雪は、パンケーキを食べ終えると俺の方をちらり、と伺う。
その視線が俺の唇に注がれているのに気づくと、頬が熱くなって。今更になって、やっぱり唇にキスは付き合ってから……なんて良心の呵責が芽生える。
「あのさ、やっぱり唇にキスはいいや」
そう告げると、白雪はどこか悲しげに。
「私とのキスじゃあ、イヤなわけ?」
とか言いやがった。
これには思わず立ち上がってしまう。
「あのなぁ! イヤなわけねーだろ! 俺はお前のことを思って……!」
「遠慮してるんだ?」
その問いに、ぐっ、と拳を握って椅子に掛け直す。「そうだよ」と小さく漏らすと、白雪は何を思ったか、椅子から立ち上がって俺の横に立った。
そうして――
ぺろり、と。俺の口の端を舐めたんだ。
「!?」
「クリーム、ついてたわよ」
まさかの不意打ちに思わず口元を覆う。
同時に、俺は白雪にナメきられているんだろうなぁという想いが込み上げた。
俺、一応男だぞ?
もう少し警戒しろよ。小悪魔め。
俺は、白雪の危険とも思われる蠱惑的な言動を改めさせようと、ひとつ提案してみた。
「なぁ。俺とキスするのが嫌じゃないなら、今度は俺からキスしていいか?」
「へ? 万世橋から?」
こくり、と頷く。「明日もパンケーキ作るから」と約束をすると、白雪は少し考えてからOKを出した。契約成立だ。
俺は、白雪の華奢な両肩を掴んで、その唇に狙いを定める。
(ビビっててもしゃーない。ファーストキスだろうがなんだろうが、このままナメられたままで終われるかよ!)
思い切って口づけすると、白雪は驚いたように目を見開いて。「ん!」と小さく息を漏らす。
ファーストキス。
その感触は、まさに夢見心地だった。
(甘い。柔らかい……)
「んぐ! むぐ!」
(パンケーキ。ホイップクリームの甘い味がする。ずっと食べてしまいたくなる。なんだコレ)
「んっ。んんぅ!」
(あれ? 白雪、息してる?)
つい、夢中になってしまった。
唇を離すと、白雪は「ぷは!」と呼吸を取り戻して。
「長い!」
「あ、ごめん。俺……何秒くらいしてた?」
その問いに、白雪は赤面しながら。
「……5秒くらい?」
と、そっぽを向いた。
(あ。照れてる。くそ可愛……)
その様子に、ついイタズラ心が疼いて。
「どうだった? 俺からのキス」
返答に困るのを承知で尋ねると、白雪は一言。
「まぁまぁじゃない? じゃあ、私は部屋に戻るから」
と、つんけんし出す。
だが。今の俺にはわかるんだよなぁ。
(今、照れた? 口元を覆って、ぱたぱたと足早に部屋に駆け込んで、心なしか顔真っ赤だった気がするぞ……)
「ぐ、ぅぅう……!」
……かわ!!
俺は、声にならない声をあげてソファで悶絶する。
一方で白雪は、自室のベッドで。
(なにアレ。すごい、ゆっくりで、優しくて……)
気持ち、よかった……
「これが、キス……」
そう呟き、まだ熱の残る唇を抑えて、悶々としているのだった。
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