第2話 ほっぺにキス
翌金曜日。学校の計らいで三連休を与えられた俺たちは、街へ買い物へ繰り出すことになった。
寮の最寄り駅には俺たちと同様に一緒に買い出しに来ている者がごった返していて、正直買い物どころではない。
それに、クラスで一番の美少女と同棲が決まった俺は、白雪の隠れファンにいつ刺されてもおかしくないわけで。
びくびくしながら、隣で買い物リストを眺める白雪に提案する。
「なぁ。最寄りのショッピングモールは混んでるからさ、ちょっと遠くのモールに行かないか?」
「渋谷とか? たしかに、ラグとかの家具はFrancfrancで揃えたいかも。渋谷ならIKEAもあるし」
「あんなふわもこのピンクで統一する気かよ!? 仮にも俺の家でもあるのに!?」
「何言ってんの。ふわもこの白よ」
「あ~、はい。そういやぁパジャマはジェラートピケのふわもこ白でしたね」
あの、女子感丸出しのやつ。
昨日、ようやく説得してパジャマを着たと思ったらさ、やたら丈の短い部屋着を着て出てきて。
そのままスマホを手に真っ白な脚投げ出してソファに寝っ転がって――かなりキワドかった。
思い出して鼻血を出しそうになっている俺に、白雪は「ねぇ、見て」とスマホを近づける。
同時にスマホを覗き込むと、図らずも距離が近くていい匂いがする。
(昨日の風呂上がりと同じ、シャンプーのいい匂い……)
ふわ~、と意識が飛びそうになる俺に軽くビンタして、白雪は「全部持てる?」と聞いた。
『ほっぺにちゅー』を忘れていない俺は、「あたぼうよ」と即答する。
それから三時間後――
「腕が……もげる!!」
「がんばれ! 家まであと6分よ!」
「微妙に長くね?」
不服そうにジト目を向ける俺に、白雪はいたずらっぽく「ほっぺにぃ~?」と尋ねる。
俺は真顔で「ちゅー」と答えて、手にした荷物を背負い直した。
「ちゅー」ごときでここまで釣られる俺がよほど面白いのか。その様子に、白雪は「あはは!」と破顔して笑う。
夕暮れを反射する長い睫毛に、楽しそうな気追わない笑み。
(白雪も、あんな笑い方するんだ……)
家でまであの氷の態度は貫けないのか、俺といる時の白雪は一介の女子と同じようにフランクな笑みを零すことがある。
その、俺にしか見せない笑みが、可愛い。
◇
家に帰るや否や荷物を置くと、白雪は短く「ありがと」と礼を言ってくれた。
だが、足りん。
「おい。約束が違うぞ。ちゅーは? ほっぺにキス」
真顔で要求する俺は、そんなにガチだっただろうか。白雪は急に怖くなったのか、ぷい!とそっぽを向いて、自室に籠ろうとする。
これには俺もがっかりだ。
いやまぁ、元から淡い期待っつーか、冗談半分に構えてたとこもあるけどさぁ。
残りの半分は本当に期待してたんだよぉぉお!
「うぇぇええ〜? お預けとかマジ〜?」
聞いてないよぉ、白雪さん!
とぼとぼと、リビングで荷物を整理していると、背後から、しゃっ!と猫のような気配がして。
振り向いた瞬間。
頬に柔らかな感触が。
「な、なに惚けてんのよ。約束は約束だから、守るもん……」
「へっ?」
キス?
いま、ほっぺにキスされました? ボク?
「あっ、あの、よくわからなかったから、もう一回……」
頭が混乱し、一周回って無茶な要求をしだす俺。だが、白雪はきょとんと瞳を丸くして、その要望を笑って受け入れてくれた。
「も〜。一回だけだよ?」
そうして今度は不意打ちなどでなはく、きちんと背後から抱きつくようにして右の頬にキスをする。
ちゅ、と柔らかく。
それでいて余韻の残る、感謝の込もったキスだった。
それは、思わず鳥肌が立つような心地よさで。
照れやらなにやらで耳まで真っ赤に染めていると、それが余程可笑しかったのか。白雪は「ふふっ!」とイタズラっぽく笑って去っていった。
夕暮れに染まるベージュの髪が橙に煌めいて、それがまるで波のようにゆらいで、綺麗で。
そんな白雪が、小声で「楽しかったね、買い物」なんて呟くものだから。
俺はそのあと頭の中が白雪のことでいっぱいになってしまって。
部屋の整頓なんて、全然終わらなかったよ。
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