【短編】少子化対策で同棲することになったクラスメイトの氷の女王が、部屋では甘々に溶けている件

南川 佐久

第1話 まずは服を着ろ

 その日、クラス内はある噂でもちきりだった。

 ついにプロジェクトが施行されることに決まったのだとか。


 国をあげた少子化対策プロジェクト、『若年層同棲推進法』。

 高校生を対象に、寮をまるっと借り上げてクラスの男女をシャッフル同棲させるとんでもプロジェクトに、俺の学校が選ばれた。


 なんでも、このプロジェクトに協力すれば補助金がウハウハで、学費が全免除。

 うまいこと婚約まで至れたカップルは有名大学の推薦を取りやすくなったりとかいう強引な囲い込みプロジェクトなわけだが。

 俺たちはその『同棲プロジェクト』の一期生という形になる。


 春から始まる同級生との同棲。

 このニュースにクラス内は阿鼻叫喚の大騒ぎだ。男子の歓声。女子の悲鳴。そうして、誰が誰と同棲することになるのか……


 いくら個室完備でカードキーがなければ部屋には入れないから夜這いも安心とか言われても、全寮制になる上にリビングは共用なわけだからな。否が応でも気になるわ。


 で。その運命を握るくじ引きが、今日、HRで行われたんだ。


 男女が一列に並び、前の席の男子が一本くじを引いたら後ろの男子に渡すスタイル。うーん、席替えレベルの原始的な方法だ!

 だが、慣れている方法だからこそ余計な緊張をせずにくじを引けるってこともあるわけで。

 俺は目を瞑って、おみくじ感覚でそのくじを引いた。


(白の、九番……)


 赤の九番は、誰だ!?!?


 咄嗟に教室内を見回すが、「きゃー! 赤の九!」なんて騒いでいる女子は見当たらない。


 教室内がざわざわと、「なぁ、何番だった?」と下心にまみれた情報交換の嵐。そうして、同棲する相方が見つかった奴らから順番に、このプロジェクトに関するオリエンテーションを受ける為、体育館へ移動している。


 体育館には赤と白の番号同士が隣り合うように椅子が並べられているとのことだから、相方が見つからなくても体育館へ移動すれば相手は自ずとわかるわけだが。


 それでもやっぱり気になるよなぁ。

 相方と一緒に体育館、行きたいよなぁ。


 そうして俺は、相手が見つかることなく最後まで教室に残り……


 同じように取り残された『氷の女王様』――不愛想な完璧超人の美少女、白雪しらゆき優兎ゆうとと目を合わせる。


 はた、と目が合って時間が止まると、白雪は桜色の唇を開いて。


万世橋まんせいばし。あんたが白の九?」


「ってことは……」


「私、赤の九」


 裏愛称『ツンドラの雪兎』の名に恥じぬツン!っぷり。

 口を開けば氷のような冷徹さを放ち、告られたら「イヤよ」で一蹴。「白雪さんってさぁ、何が趣味なの?」という女子の問いに対しても、「特になにも」で返す始末。

 それが去年の春から続いて、白雪は次第にぼっちになっていった。


 でも、孤独になることが孤高に見えるほどの実力とプライドを白雪は持ち合わせていて。それが余計に伝説の美少女っぷりを際立たせていた。


 高嶺の花、ならぬ、雪原に咲く高嶺の氷花。


 触れればこっちが怪我をするか、凍っちまう。けど、あまりに綺麗でつい見惚れてしまうような。


 それが白雪優兎だ。


 ぶっちゃけ、同棲するにはハードルが高すぎる……!


 だが俺は、なけなしの勇気を振り絞って声をかけた。


「あの……これから、よろしくな?」


 にへら、と自前の赤茶髪を掻く俺はきっとキモかったんだろう。

 白雪はツン!とした表情のまま「体育館、行くわよ」と短いスカートを靡かせて去ってしまった。


 それが、つい昨日の朝の出来事だ。


  ◇


 俺の血圧、一日で軽く100は上がった気がする。

 正確には、昨日からの俺は頭に血がのぼりっぱなしだった。


 用意していた各生徒の引っ越し段ボールを業者が運び込むのに午後一杯が使われて、俺たちはその間、そわそわMAXな心地で授業どころでない授業を受けることに。

 だが。


(落ち着けるわけあるかいっ!?)


 クラスメイトたちは授業中ずっと、ちらちらと互いの同棲相手のことを見ている。俺とて「見たら殺される!?」な気持ちと好奇心が乱高下して心臓がずっとバクバクしていた。


 唯一、好奇心が勝ってチラ見した白雪の横顔は、やっぱり綺麗で。

 色が真っ白で睫毛が長くて。おばあちゃんがフランス人のクオーターなんだとか、髪は色素の薄いベージュで。


(やっぱ可愛い……)


 ぽっ、と頬を染めて呆けていたら、ギッ!と睨まれてツン!とそっぽを向かれた。

 何言ってるかわけわからねーと思うが、そんな、ぽっ、ギッ!ツン!なやり取りを、俺と白雪はその日の午後、三回くらいはしたと思う。


 それで、夕方から始まった同棲生活はもう『壊滅的』の一言で。

 甘~い同棲生活♡なんて夢のまた夢。


 俺はその日の夜、ずっと、風呂上がりの白雪に……


「頼むから服を着てくれ!!!!」


 しか言っていなかった気がする。


 『氷の女王様』もとい『ツンドラの雪兎』は……家ではわがまま放題の、ダルダルなズボラ姫だったのだ。


 ソファに放り投げられた、まだ温かい制服のシャツを手に、俺は下着姿の白雪を追い回す。


「服!! 着て!!!!」


「気になるなら、見なきゃいいじゃない」


「見ちゃうから! そんなのついつい見ちゃうからぁ!」


「じゃあ部屋に籠れば?」


「俺だって夕飯まだだし! 風呂もまだなんだよ!!」


「んあ~。ここの備え付けのトリートメント、イマイチね。買い直そう」


 そうやってバスタオルでバサっと髪を拭くとさぁ、白レースのブラとパンティ丸見えだから!! 

 そもそも、バスタオル一枚姿で出てきただけでも、俺はびっくり仰天でしたわよ!?


「あ~、あっつい。ねぇ、冷蔵庫にアクエリあったっけ?」


 ぱたぱたと、手で火照った顔を仰いで。仮にも美少女なんだから、そんな部活終わりの男子サッカー部みたいな挙動やめてくれる!?


「ねぇ、聞いてるの?」


「へ?」


 百面相をしていた俺の前にはいつの間にか、下着姿の白雪が腰に手を当てて立っていて。むすーっと頬を膨らませて、まだ湯気のたつ豊満な谷間が俺の方を向いていて……


「明日、休校日でしょ。買い出し一緒に行くわよ。日用品の買い出し」


「え。ヤダよ。俺、絶対荷物持ちじゃん」


「行こうよ」


「え~……」


「お願い、一緒に行って。行ってくれたら、ほっぺにちゅーくらいならする」


「!?!?」


 なんだこいつ!

 どこが孤高の花だよ!!

 判定ゆるすぎねーか!?


 でも、「ほっぺにちゅー」って言われて断れる男、どこにいるんだよ。


 次の瞬間、俺は。


「任せろよ。なんでも持ってやる」


 と即答するくらいには絆されていた。

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