第三十二話 『魔獣女帝』と『???』
「これで一段落付いたか」
「一応ね」
俺の言葉に、佐々木がそう答えた。
「けど、これで終わりじゃないわよ」
「ああ、クリーチャーズの親玉が近くにいるって話だろ?」
『
クリーチャーズの生みの親にして、『革命戦争』を生き残った吸血鬼の一人。
あれだけの数のクリーチャーズが一斉に襲い掛かって来たのは、『
「本当に近くにいるのか?」
今のところ、それらしき気配はなかった。
「いるはずよ。警戒しなさい」
「……つってもなあ」
「ふあぁぁぁ……ん? なんじゃかなめ?」
俺よりも鋭い感知能力を持つレイラが警戒する様子がない――この森にクリーチャーズより強い魔力を持つ奴がいるなら、レイラが真っ先に気付いていると思うのだが。
「はあぁ……」
はっきり言って、俺は完全に気を緩めていた。
ここにいる誰よりも魔力感知に優れているレイラが欠伸をしていることと、俺自身も何も感じていないこと。二人の吸血鬼のエキスパートが『
そしてクリーチャーズを全滅させてしばらく経つのに、相手側からなんのアクションもないこと。
この四つの要因から、俺は『
逃げたのか、それとも何かしらの目的があって、クリーチャーズの軍勢を嗾け、そして達成したから引いたのか。
そのどちらかと考えていた。
だから今は『
レイラの戦闘によって変わり果てた森。
ゴールデンウィークの時よりましとはいえ、半径一〇〇メートル以内は草木が完全になくなり、地面が荒れ果てた森。
「……まったく」
まったく、どうすればいんだよ、これ。
そう思った直後のことだった。
「まったく――相変わらずでたらめだね」
と。
唐突に男の声がした。
落ち着いた大人の男の声。
振り返ると、そこには二人の男女が立っていた。
一人は金髪金眼の美女だった。
肩に掛かるほどの長さの、外に少し跳ねた髪を持つ、男物のスーツを着た長身の美女。
もう一人は白銀の髪を持つ青年だった。
俺やレイラと同じ色の髪色に、金と赤のオッドアイを持つ、褐色の肌の青年。身長は俺よりも少し高いだろう。
一〇メートルほど先。
近くに隠れる場所など、なかったはずなのに。
何もない空間から唐突に現れたように。
何かしらの異能を使って出現したように。
明らかに只者じゃない外見をした男女が――そこには立っていた。
「やあ」
と――白銀の髪を持つ褐色の男が、柔和な笑みを浮かべて話し掛けて来た。
「初めまして、神崎かなめくん。僕は……まあ本名を名乗っても仕方ないか。適当に『第一の眷属』って名乗るよ――君と同属の者だ」
「……何者だ、お前」
俺は反射的に訊いた。
男の自己紹介を聞いていなかったわけではないが、この男の言葉の意味を考えるより先に、反射的に訊いていた。
「何者って――今さっき答えただろ。君と同属だよ。同属――まあ、前任者って言った方がわかりやすいかもしれないけど」
同属。
前任者。
その言葉から男の正体が推測できた。
が――だとしたらおかしなことがある。
「……ぐるる」
レイラが唸っている。
警戒している。
こいつの正体が推測通りなら、レイラがこんな反応をするはずがない。
……何者なんだ、こいつ。
「久しぶりだね、レイラ――僕を覚えているかい?」
と――男は平然とレイラに話し掛ける。
まるでレイラが、自分を知っていることが前提のように。
「……? ――っ⁉」
男の顔をよく見たレイラの表情が変わった。
警戒から衝撃の表情に変わる。
「……うそ、じゃろ……?」
そしてレイラの口から、そんな言葉が漏れた。
「……なんで、なんでうぬがここにおる⁉ だってうぬは……うぬはとっくの昔に」
死んだはず――とレイラは消えそうな声で言った。
「死んだはず――ねえ」
それに対して男は鼻で笑った。
「なんで僕がここにいるかなんて、そんなの簡単じゃないか。死んでいないから生きているんだよ、僕は――死ねないから生きているのさ」
男は当たり前のことを言うように言った。
最後の一言だけ、少し怒気を含んでいるように感じたが。
「しかし驚いたよ。まさか獣のようにしか生きられなかった君が……髪を整えて、人間のように服を着て、人間のように生活しているなんてね」
「…………」
「まあ――人間のように生活しているって言っても、根っこのところは変わってないみたいだけど」
そう言って男は周囲を見渡した。
戦闘の被害を確認するように。
レイラが及ぼした被害を把握するように。
それから息を吐いて、右手を前に突き出した。
何も持っていない、なんの変哲もない右手。
そうして男は言った。
「『
その瞬間、周囲の様子が変わった。
激しい戦闘によって破壊されたはずの木々が、草が、地面が。
跡形もなく――直った。
錯覚でも幻覚でもない。
本当に、直っている。
……いや。
直ったというより、まさに戻ったという感じだった――まるで時間が巻き戻ったように、消し炭にされた草木が、荒れ果てた地面が、戦闘前の状態に戻っている。
「……え、何これ⁉」
「森が――元に戻っている⁉」
周囲の様子を確認した二人の殲鬼師が驚いた声を出したが、俺は二人ほど目の前で起こった現象に驚かなかった。
知っている。
俺は、これに似た現象を――知っている。
時間が巻き戻ったかのように、元の状態に戻る現象。
経過がなく『戻った』という結果のみが現れる現象。
俺が損傷した時にいつも起こる、再生と呼ぶには不可解な現象。これは――
「『レイラが及ぼした森の被害』をなかったことにした――まったく。戦い始めたら我を忘れて周囲を滅茶苦茶にするのは――昔から変わらないね」
『
『
……なんなんだ、これは?
「はっ……滅茶苦茶なのはてめえも一緒だろうがよ」
と。
俺が男の持つ能力について考えていると、男の隣に立つ女が毒を吐くように言った。
「更地同然だった森を一瞬で元に戻すなんて――『
「……そんなこと自分でもわかってるけど――一々口にしなくていいだろ」
「あ? なんだよ。『
「……別に怒ってないさ」
「明らかに怒ってんじゃねえかよ――なんだ。だったら今ここで殺し合うか? 俺は全然構わねえぞ?」
「君の安い挑発に乗るつもりはないし、僕は構うから殺し合うつもりはない――というか、君じゃあ僕を殺せないだろ? ……君が僕を快く思っていないのは知ってるけど、もうちょっと考えてから発言した方がいいよ」
「……あ? 試してみるかよ?」
「だから君と殺し合うつもりはないって」
「…………」
「…………」
互いに睨み合う二人。
男は殺し合わないと言っているが、今にも殺し合いそうな空気が、二人の間には流れていた。
「……気を付けなさい、神崎かなめ」
と――睨み合う二人を見ながら、佐々木が言ってきた。
「あんたは知らないだろうから一応説明するけど、あの女――『
その言葉を聞いて俺は女の方を見る。
『
クリーチャーズの生みの親。『革命戦争』を生き残った吸血鬼の一人。『
あいつが――
「『
「あん?」
と。
名前を呼ぶと、女が俺の方を見た。
「なんだよ、急に俺の名前を呼んで」
「……別になんでもないだろ。ただ隣にいる少女が、君が何者か彼に説明したから、君が誰なのか認識しただけさ」
「ふーん……ああ、そうかそうか。そういや自己紹介してなかったな」
と言うと、『
人を見下したような笑み――を浮かべて、『
「初めまして、神崎かなめくん――俺の名は『
『
「敵……犯人だと? お前が」
「証拠が必要か? ――『
俺の質問に『
どういうわけか一瞬で――『
あの日あの家で見た――俺と会ったばかりの、レイラの姿へと。
「……っ⁉」
「これで十分か?」
言って、『
金髪金眼の女性の姿に戻る。
「てめえは吸血鬼とは無縁の生活を送ってたから、『
「…………」
「まあ」
『
不敵な笑みを浮かべて。
俺にはない牙を見せつけて。
そして。
そうして。
「がっ⁉」
叩き付けられた。
頭を掴まれて、思いっきり地面に叩き付けられた。
アップルパイのように潰された。
「かなめ⁉」
唐突な攻撃にレイラが叫ぶ。
そして爆発四散して戻ったあとも、俺の頭部を地面に押し付ける『
「待て」
と――男が二人の間に割り込んだ。
男の言葉に、『
『
「おいおい。なんのまねだ?」
「……なんのまねだは僕の台詞だ」
レイラと『
「僕が目的を達成するまで、君は彼とレイラには手出ししない……そういう契約だっただろう――なのに、何いきなり破っているんだ?」
「ああ、それか」
すると『
「別にこいつを殺すつもりはねえよ。ただ、俺だってやっと目的の
「……はぁ」
『
それから男は言った。
「……もういいかな?」
「ああ、いいぜ」
そう言うと『
それから男も俺の方を向いた。
「君に尋ねたいんだけど、レイラって、守る価値があるのかな?」
「……あ?」
「別に今すぐ答えなくていい―――けど、この質問の答えについて、少し考えて欲しいかな?」
そう言うと男は踵を返した。
「さて。帰るぞ」
「あ? もう帰るのかよ」
「元々今日はあいさつだけの予定だったんだ。それが終わったから帰るさ」
「……チッ。つまんねえな」
「『
「わぁかってるよ。……余計なことはしねえ。今は大人しく従ってやるよ」
男の言葉に『
どこに向かうかわからないが、二人は俺達に背をまま歩いて行き、
「ああ、そうそう」
男だけが一度だけ振り返って、
「レイラ。君にも一つだけ質問があるんだけど――かなめくんとの生活、いつまで続くって、君は考えているのかな?」
「ッ‼」
「まあ――この質問にも、今すぐ答えなくていいけどね」
そう言うと二人は消えた。
唐突に俺達の前に現れたように。森が一瞬で元通りになったように。
二人は――最初からそこにいなかったように、消失した。
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