第二十八話 夜の散歩
レイラの話を聞いた翌日。
俺はレイラを連れて、夜の街を歩いていた。
目的はもちろん、犯人捜しのため。
「むう……やっぱり儂も手伝わんといかんのか」
隣にいるレイラが、頬を膨らませながらそう言った。
「さっきも言っただろ。さっさと犯人を見付けるには俺だけじゃなくて、お前も手伝った方が早いんだって」
「むう……」
きのう、自分の経緯を語ったあとに大泣きして、その後緊張が解けたのかすぐ眠ってしまったレイラの顔を見ながら、俺は犯人をいち早く見付け出す方法を考えた。
結果、考え付いたのが、レイラと共に街を歩くことだった。
深夜〇時を超えた街は昼間とは異なり、人の気配が一切ない。
そのため周囲に人がいたら挙動一つ一つを注意しないといけないレイラでも、この時間だったらあんまり気にせず歩かせることができる。
魔力感知。
俺以上の精度と範囲を持つレイラならより早く、より遠くにいる吸血鬼に気付けるから、理由を説明して協力するように頼んだのだが……当の本人は俺に付いてきながらも、相当不満そうだった。
俺が頼んだから渋々付いて来たという感じ。
……最も、レイラが嫌そうにしているのは、殲鬼師に協力するのが嫌だとか、変死事件に興味がないからだとか、家に居たいだとか、そういう理由もあるが、それが一番ではなく、一番の理由は、
「……お腹すいた」
「……さっき夕飯食ったばっかだろ」
空腹のためだった。
俺は嘆息して、それからレイラの頭に手を置いた。
「帰ったら好きなもの作ってやるから、少しだけ付き合ってくれ……どうしても我慢できないなら、途中でなんか買ってやるから」
「ほんとうか⁉ じゃあ手伝う!」
「そうか。やる気を出してくれたようで何より……で? 何が食べたい?」
「バリバリ!」
「からあげか」
……からあげだったらコンビニで売ってるから、途中で買おうかな。コンビニ製のからあげは食べさせたことがないし。
最近は色んな味のやつがあるし、きっと驚くだろう。
この前、
衣の触感が好きなのだろうか。
「最近からあげにはまってるよな……なんだ、マイブームなのか?」
「?」
「あー……最近からあげが好きみたいだけど、そんなに気に入ったのか?」
「うん。バリバリはバリバリしててうまいからのう」
「そうか」
「……あれだけでごはん三杯はいけるわい?」
「……どこで覚えた、その言い回し」
そしてなんで疑問形なんだ――と俺は言った。
他愛のない会話。
他愛のない会話をしながら、俺とレイラは夜の街を歩いた。
からあげ以外だと最近気に入っている料理はなんだとか、今度食べたいものは何だとか、以前街に出た時に気になったごはんはないだとか、コンビニで買ったからあげを食べながら、味の感想を訊いて(レイラは美味そうに食べていたが、俺が作ったやつの方が美味いと言ってくれた)、どうでもいいような、事件や吸血鬼と関係のない会話ばかりしながら、夜の街を歩いた。
八割以上は食べ物に関する話をしていた。……適当に話していたが、あとから振り返って、我ながら呑気な会話だと思った。
「……そういやレイラって、俺の父親に会ったことあるんだよな?」
日常が脅かされているんだから、訊いておくべきことは訊いておこうと思ったが、考えた結果、俺の口から出た最初の疑問がそれだった。
「ん? うん」
「俺の父親って、どんな人だった?」
頭の中に思い浮かんだから訊いたが、口にしながらも俺は、正直、そんなに興味ないなと思った。
俺は実の父親は死んだと聞いていた。……俺が生まれて少しして実の母親が亡くなったあと、後を追うように病に罹って死んだと。
レイラの話を聞く限り、もちろんその情報は虚偽で、家族が俺に吐いた嘘だということが確定したわけだが……俺は実の父親がどんな人物だったのか、ほとんど知らない。
愛妻家だった――という情報は聞いたことがあるけど。
「んー……どんなって……言われてもの」
「難しいか」
「むー……」
レイラは難しい顔をする。
歩きながら空を見上げる。
それから言った。
「やなやつ」
「…………」
俺の実の父親は、嫌なやつだったらしい。
「や。嫌いじゃ……人間の中であの人間が一番嫌いじゃ」
「言うなー」
「だって、あやつ何を考えとるのか、一番わからんもん……人間のくせに儂より強いし……あの人間とは、もう二度と戦いたくない」
「…………」
実の父親の評価にしてはなかなか辛辣な評価だが、吸血鬼としては珍しい評価だ――と俺は思った。
『災禍の化身』と恐れられているレイラが、二度と戦いたくないと言ったのだ。
半世紀以上も『
俺が知る限り一番強いチカラを持つレイラが。
『人間』の俺の実の父親を――二度と戦いたくない相手と評した。
……レイラが二度と戦いたくないって言うって、本当にどんなやつだったんだよ。 俺の父親は。
想像が付かない。
「ふーん……まあでも、お前より強い人間ってことは、つまりお前の天敵だったんだな、俺の実の父親は」
レイラにとって人間は羽虫のような弱い存在だ。
チカラを振るえば簡単に死んでしまう、非力で、自分とは違う、理解のできない生き物。
だから自分に近付く、理解できない
だから俺の実の父親は、レイラにとって天敵だったんじゃないかと思った。
「……ん。ああそうか、天敵って言葉の意味わからないか? 天敵っていうのはな――」
「…………」
「……って、レイラ?」
話していて急に返事が返ってこなくなったから、隣を見ると――レイラは俺の隣にはいなかった。
振り返えると、俺より三歩ほど下がったところで立ち止まって、来た道を見ていた。
住宅街の一本道。街灯が一定の間隔で並ぶ、同じような景色が続く道の奥を。
じぃっ――と。
……その様子を見て、俺はレイラのレーダーに、何かが引っ掛かったと思った。
俺はレイラと同じ方向を見る。
と――道の奥からクリーチャーズが現れた。
以前戦った、ライオンの姿をしたやつだ。
そいつが奥の暗闇から現れた。
そしてライオンの隣に、三つ首の犬の姿をした、ケルベロスのクリーチャーズがいた。
更にオルトロスの姿をしたクリーチャーズも現れた。
クリーチャーズが三頭。
と思っていると上から魔力の反応があった。
空を見ると、そこには大鷲の姿をしたクリーチャーズが複数体、飛んでいた。
更に背後から。
先程まで何もいなかったはずなのに、魔力の反応を感じて振り返ると、そこには胴周りが一メートル以上はある、超大型の大蛇が二頭いた。
一頭は通常の蛇をそのまま巨大化させた姿だが、その隣にいるもう一頭は、鱗の代わりに無数の蛇を身体から生やした、奇妙な姿をしていた。
……こいつら、全員がクリーチャーズ。
確認できるだけで八体はいた。
「……おいおい」
これは……ちょっとまずくないか?
何がまずいって……クリーチャーズに囲まれているこの状況もだけど――住宅街のど真ん中でこの状況になったのが、非常にまずい。
このまま戦闘になったらこいつらもだけど……それ以上にレイラが、周囲の被害を考えずに暴れる。
「レイラ」
そう思ったから俺は、レイラに声を掛けた。
ここで戦ってはだめだと。
場所を移動するぞと。
そういう意味を込めて声を掛けた――のだが。
「……ぐるるる」
「撤退!」
既に戦闘態勢に移行して威嚇していたため、俺はレイラの身体を担いで逃げた。
町娘を攫う山賊の様に肩に担いで、近場の家の屋根に跳ぶ。
レイラは不思議そうな声を上げた。
「む? なんで逃げるんじゃ?」
「ここで戦ったら被害甚大なんだよ!」
「?」
「あー、もう、とにかくここで戦ったらだめなの! いいか、俺がいいって言うまでチカラ使うなよ!」
「かなめ上から来たぞ」
「うぉ⁉」
上空から急降下して来た大鷲をレイラは雷撃で迎撃した。
その隙に違う道に着地して、俺は全力でダッシュする。
「あ、チカラ使った」
「今のは許す!」
走りながら後ろを見ると、クリーチャーズが全員、全力で追い駆けて来ているところだった。
ある怪物は空から。
ある怪物は屋根の上を跳びながら、俺達を追って来る。
怪獣大進撃だ。
……と、思っていると、スマホに着信があった。
俺は画面の表示を確認せずに出る。
通話を掛けて来たのは海鳥だった。
『かめくん、ヘールプ! なんか急にクリーチャーズが湧いて来たんですけど⁉』
『くそ! 何体いるのよこいつら!』
マイクモードにしているのか、慌てた佐々木の声もはっきりと聞こえた。
どうやら向こうも似たような状況らしい。
『あー、やばいやばい。やばいやばいやばいやばい! この数はまじでシャレにならない! というわけでかめくんヘルプ! 今すぐ私達のところに来て! じゃないと冗談抜きに私達死んじゃう!』
「悪いけどこっちも同じ状況」
『ういえぇ⁉』
言うと、海鳥は素っ頓狂な声を上げた。
相当慌てているらしい。
『え。じゃあこっち来れないってこと……? そんなぁどうしようリアちゃん! かめくんこっち来れないって言ってるぅ!』
『泣き言言うな! だったらあたし達でどうにかするしかないでしょ⁉』
『いや、一人で一〇体クリーチャーズ倒すとか無理だって!』
「……お前ら、今どうしてる? 囲まれて戦っているのか?」
『ヒットアンドアウェイで逃ゲテマース!』
聞くと、どうやら二人は空から街を偵察したところを、複数のクリーチャーズに襲われたらしい。
奇襲を受けた二人は当初迎撃しようとしたらしいが、気が付けば二頭、三頭、四頭……と予想以上のクリーチャーズの登場に方針転換し、現在は囲まれないよう二人で連携を取りながら迎撃して、逃げ道を作って逃げている――とのことだった。
そこまで聞いて――俺は二人に指示した。
「じゃあ俺ん家の森まで来い。空にいるっつったって、人家に被害の出ないところなんか限られているからな。とりあえずそこで合流だ。で――合流したらこいつらを一気に叩く」
『アイアイサー! 全力で向かいまーす!』
「佐々木もいいな?」
『あんたの意見に従うのは癪だけどね!』
二人の了承を得たので、俺は通話を切ってスマホを仕舞った。
そして自分の家の方角に向かって全力で走る。
話を何も聞いていなかったのか、レイラは担がれたままこう言った。
「で、これからどうするのじゃ?」
「害獣駆除」
俺は端的に言ったが、レイラは理解していないように首を傾げた。
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