第二十六話 レイラの過去 その3
「ちょっと待て」
さっきまでは話下手のレイラに合いの手を入れながら、頭の中でレイラが述べていることを組み直して、整理する作業をしていた俺だったが、思わず突っ込まずにはいられないことを言われたので、俺はレイラの話を遮った。
聞き間違えた可能性もあるので、一応、確認をする。
「『俺の息子を眷属にしないか?』。レイラ……お前今そう言ったか?」
あり得ないと思いながらも、俺はレイラに尋ねた。
そんなことはない。吸血鬼に対抗できる術を編み出して『
……そう思いながら尋ねると、レイラは動揺する俺を見て悪いと思ったのか、申し訳なさそうにこう言った。
「……うん」
肯定。
……いや、そんなはずはない。だってそうすると――
「レイラ……今この場面でお前が嘘を吐いているとは思えないけどよ……けど、それ以上にそれはあり得ないぞ――だってそれだと、前提がかなり崩れる。俺の父親が『人外殺し』? 『人外殺し』ってことは……俺の父親は魔術師だってことだろ? ……俺は自分の血縁上の父親が魔術師で、そっちの世界の住人だって話は一度も聞いたことないぞ?」
もし、『人外殺し』が俺の血縁上の父親なら、俺が生まれてから一〇歳まで同じ家で過ごしていた家族が、そのことを知らないわけがない。
そして、俺の家族が魔術や吸血鬼について元々知っていたのだとすると……あの人たちは俺にそのことを一切知らせず悟らせず、今まで俺と関わっていたことになる。
……そんなことができるのか? いや、しようと思ってできることだとは、まったく思えないのだけど。
「……聞いたことがないって言われても、本当じゃぞ?」
動揺しっぱなしで混乱している俺を見て、自分が嘘を言っていると思われるのが嫌なのか、レイラは小さな声だったが、はっきりとそう主張した。
「儂は嘘を吐いとらんぞ?」
「いや、別にお前が嘘を吐いてるとは思ってないけど。ただ――」
ただ――唐突過ぎてその情報を呑み込めていないわけで。
それが事実だとすると、俺が想定していた前提がかなり崩れるわけで。
そして自分を形成している要素が覆ると思うのは、少なからずダメージを負うわけで。
「……それだと不可解な点が多いっつーか、俺がお前に出会うまでに魔術と吸血鬼のことをまったく知らなかったことに、疑問を覚えるっつーか」
「でも……本当のことじゃぞ?」
「いや……でも」
いや。
レイラが言っていることが事実かどうかわからないって思うけど、でも、嘘じゃないって示すものは、確かにある。
例えば――俺の髪の色。それに瞳の色。
レイラと同じ、銀髪に紅い瞳。
因果関係がわからなかったから、これまでは偶然だろうって考えて呑み込んでいたけど……俺の髪と目の色がレイラの眷属になった証のようなものだとするなら、俺とレイラの髪と瞳の色が同じであることに、ある種の納得がいく。
さっき、最初の眷属も自分と同じ髪と瞳の色を持ってたって言ってたし。
俺の髪と目の色が変化したのは二歳の時って話だし、時系列的にも合致する。
……まあ、だとするなら、俺の家族は一三年間、俺に隠し事をして過ごしてたってことになるけど。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………えー、まじでかー」
改めて考えてみると、思いのほかショックだった。
特に――家族がレイラのことを知ってて黙っていたと思うと。
……いや。
今は置いておこう。
リアクションは話を聞いたあとでもできる。
今は――レイラの話を聞く方が重要だ。
「? かなめ?」
「……悪いレイラ。話を続けてくれ」
「? う、うん」
想定の範囲外のことを言われて動揺する俺を見て、戸惑った様子を見せるレイラだったが、話を続けるように促すと、レイラは再び語り始めた。
レイラの言ったことを簡潔にまとめると、次のようなやり取りがあったそうだ。
まず、レイラは、『人外殺し』の申し出を断った。
理由は眷属の代わりなどいないと思ったから。
そして人間嫌いのレイラには、そもそも他の人間を新たな眷属にするという発想がなかった。
しかし『人外殺し』は、相当しつこかったらしい。
レイラがいくら断っても、人を眷属にする気がないと言っても……しつこく自分の子供を眷属にすることを勧めてきたそうだ。
最初は自分の息子を眷属にしないかと言って。
次に新たな眷属を作って生きろと言って。
その次に、一度会ってみるだけでもいいからと言われて。
最終的に、レイラの方が折れた。
「最初は会うだけのつもりじゃった。会って……それで気に入らんかったらそれでいいって言われたからの。儂はうぬを眷属にする気はなかった」
それでレイラは、当時俺が住んでいた村を訪れたそうだ。
俺を眷属にするつもりはなく、ただ『人外殺し』の提案を断るために。
「思っとった通り、みんなが儂を怖がったわい……じゃから、ほんとうに期待しておらんかった」
レイラはその時、人の姿のまま村を訪れたそうだが、誰もレイラを歓迎しなかった。
白銀の髪に赤い瞳――自分たちとはかけ離れた外見をしたレイラを、村人は怖がった。
恐れて、怯えて、避けて――誰もレイラに、近付かなかったそうだ。
ただ、一人を除いて。
「じゃが……かなめだけは違った」
レイラは言った。
「みんなが儂を避ける中、おぬしだけが儂に近付いた」
記憶にないから覚えていないが、どうやら俺は、誰もが避けるレイラに、自分から近付いて行ったらしい。
そしてレイラに笑い掛けて――手を差し伸ばしたらしい。
「嬉しかった」
たったそれだけのことだが、レイラは嬉しかったそうだ。
何故それだけの行動が嬉しかったのか、俺にはわからない。しかし、その時の俺の行為は、レイラの胸を打つほどのものだったそうだ。
眷属にしてもいいと思うほどに。
「じゃから儂は、かなめを眷族にすると決めた」
レイラは当時二歳だった幼児を、眷属にしたいと思った。
その気はなかったのに……出会って間もない二歳児を、眷属にすると決めた。
しかしレイラは、当時二歳児だった俺を、そのまま眷属にはしなかった。
本当はその場でしたかったらしいが、そうすれば俺の肉体の成長は止まり、精神も永遠に二歳児のままだと『人外殺し』に指摘されたので、俺が心身ともに成熟するまで、待つことにしたそうだ。
レイラは、俺が一八になるまで待てと言われた。
だから俺が一八になるまで、待つことにしたそうだ。
その場で眷属にできないが、将来、俺を正式な眷属にする証として、当時二歳児だった俺に咬み付いて髪と瞳の色を変えて、『人外殺し』に『
そしてレイラは、眠りについた。
自分のチカラで自分の身体を氷漬けにして、待ったそうだ。
時が来るまで。
「あの人間が掛けた封印は儂と繋がっておっての。その封印が解けると眠ってる儂を起こして、勝手におぬしのところに送られるようになっておった」
レイラが言うには、俺に掛けられた封印が解けるのは、俺が一八になった時ともう一つ――俺が何かしらの要因で命を落とし掛けた時らしい。
俺自身の身体が肉体の死を感じ取ると、人為的に封じられた『
だから俺が一八になっていなくても、レイラは俺の目の前に現れた。
俺がクリーチャーズに襲われて死に掛けたから。
「……ごめんなさい」
俺が眷属になった経緯を話し終えると、レイラは俯いたまま謝罪した――なんで謝るんだと問うと、レイラは次のように答えた。
「うぬを眷族にした理由を……ずっと黙っておったから」
レイラは言った。
「話さなければならんのはわかっておった……いつか言わなければならんことはわかっておった……あの時のうぬは子供じゃったし、再会したうぬが儂のことを覚えとらんのはわかっとったからの……じゃが、言えんかった。うぬは儂を化物と知っても一緒におってくれたから。うぬは無理矢理儂のことを聞き出すようなことはしなかったから。儂はかなめの優しさに甘えて……この生活を少しでも長く味わいたいと思った」
「…………」
「じゃから、言えんかった」
一人目の眷属に逃げられて、『人外殺し』が紹介した二歳児に一目惚れして、新たな眷属にすると決めて。
それで十数年待ったあとに念願の眷属を持ったのはいいものの、自分の望む生活が壊れるのが怖かったから、これまでずっと黙っていた。
……俺を眷属にした経緯を黙っていた理由を簡単にまとめたら、大体こんなところだろう。
色々と謎が解けた――いや、謎が解けたというより、引っ掛かっていたことが解消した気分だ……レイラがゴールデンウィーク初日に俺の前に現われた理由。俺を眷属にした理由。俺だけを人と見ない理由。会ってまだ数ヶ月しか経っていないのに、よく俺に懐いていた理由。俺が訊かない限り、自分のことをほとんど語ろうとしなかった理由。
『じゃあ……かなめはこの髪と目の色が好きなのか?』
『色』
……今思えばあの晩の発言は、俺がレイラのことをどう思っているのかを知りたくて、訊いてきたものなのかもしれない。
髪と瞳の色を変えて、自分を恨んでいないか。
人から化物にされて憎んでいないか。
「じゃが、これでこの生活も終わりじゃの」
はっきり言って、話を聞いてどう思ったらいいのか、俺にはわからない。
しかしレイラは、どうやら悲観的な考えをしているらしい。
「覚悟はできとる。煮るなり焼くなり好きにせい」
そう言うということは、レイラは自分の行いが、悪いことだと認識していたのだろう。
自分勝手な願望で人を化物にしたことを。
そしてその経緯を正直に話したとしても、俺が受け入れるとは限らないということを。
……俺がここで激怒して手を振り上げたとしても、レイラは粛々と受け入れるだろう。
どう考えても俺に理がある。
ゴールデンウィーク初日に助けられたと思ったら、実は十数年前に会っていて。二歳の時から化物の眷属になることが決まっていて。本人の意思も確認せずに、眷属にしたあとも自分の願望のためにずっとそれを黙っていて。
復讐する理由としては、十分だろう。
……実際、レイラと関わったことによって生じた嫌な経験も、いくつかあるし。
「…………」
レイラは。
俺を眷属にした経緯を語ったレイラは、待っていた。
自分の膝を抱いて。しゃくり上げながら俯いて。
涙をいっぱい溜めて。
その液体の一粒が、赤い瞳から零れ落ちた。
それを見て、俺は息を吐いた。
どうするか決めた。
「わかったよ」
そう言って俺は。
レイラの額に手を伸ばした。
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