第二十五話 レイラの過去 その2
俺を眷属にした理由。
俺が最も不可解に思っていたことについて話すと。レイラはそう言った。
話があると言ったからには、その話をするんだろうなとは思ったけど。しかし、もっと昔に会っていたということは、一体どういうことだ?
「その前にまず訊きたいんじゃが……かなめは、儂のことをどれくらい知っておる?」
「ん?」
いきなり話が逸れた……と思ったが、俺は突っ込まずに答えた。
「魔術師達に『災禍の化身』、『
確か、海鳥が言っていたことをざっくりとまとめたら、こんな感じだったはずだ。
「……あとはまあ、家でぐーたらして食べるのが好きなこととか」
「……それだけ知っておれば十分じゃ」
レイラは淡く笑って言った。
「確かに儂は『災禍の化身』と呼ばれておる。『
自分のことを語るレイラは、俺が叱ったあとのように落ち込んだ表情をしていて、とてもではないがただ、己の過去を語っているようには見えなかった。
どちらかと言うと隠していたいたずらが親にバレて、なんでそんなことをしたのかと説明を求められてしている……怯えた子供のように見えた。
「ずっと……眷族を探しておった」
レイラは自分の膝に顎を押し付けた状態のまま、言う。
気になったので確認した。
「その眷属ってのは……俺のことじゃないよな?」
するとレイラは頷いた。
「かなめと会うずっと前の話じゃ。儂には一人の眷族がおっての……儂は、そやつに育てられた」
「……? ん? 育てられた???」
言っていることがわからず首を傾げたが、聞けば、レイラには生まれた時から既に、一人の眷属がいたそうだ。
何もない森で目覚めて、自分の名前もわからなかったらしいレイラは、傍にいた自分と同じ髪と瞳の色を持つ男が、自分の眷属であることは知っていた。
その男が家族であると認識していた。
「儂は人と同じように腹の中から生まれたわけではないからの……親というものがどういうものかはわからんが」
と、そこでレイラは更に少し笑った。
「そうじゃな。もし自分の面倒を見て、育ててくれた者を親と呼ぶなら、あやつは儂の親じゃったんじゃろうな」
その男にレイラは、多くのことをしてもらったそうだ。
「最初の儂は赤ん坊じゃったというか、獣じゃったというか……とにかく今の儂とはほど遠い、ほんのーで生きとるような状態じゃった。……外見は今とほとんど変わっとらんが――人の言葉はしゃべれんかったし、二本足で歩かんかった。眠い時に寝て、腹が減った時に食って……そして好きな時に好き放題にチカラを使って暴れる、獣じゃった」
そんな状態のレイラに、眷属は教育をしたそうだ。
名前を付けて、意思疎通ができるように日本語を教えて、二足歩行での歩き方と特定の場所で寝食をすることを教え込んで。
そしてチカラをむやみやたらと使わないよう教えて、獣のような在り方を改善させた。
「そのおかげで儂は今の儂になった。人の言葉をしゃべって二本足で歩き……眠い時はちゃんと自分の寝床で寝て、腹が減っても無闇に獣を殺して食わぬ……好き放題にチカラを使っては暴れぬ、人に近い存在になった」
人に近い存在。
人間嫌いレイラの口から、そんな言葉が出たことが意外だった。
いや。最初の頃の自分を人語もわからず欲望のままに生きる獣と認識していたのなら、レイラは教育された自分を、人に近い存在と認識してもおかしくないか。
人に近いだけで――自分を人とは、認識していなかったようだけど。
「……楽しかったのか?」
自分の過去を――俺の知らない初期の自分ことを語るレイラは、その時の記憶を思い出しているのか、心なしか楽しそうに語っているように見えたので、俺は一言、そう訊いた。
するとレイラは小さく笑って、こう答えた。
「そうじゃの。確かに楽しかったわい」
当時のレイラとその眷属は、小さな島に住んでいたらしい――どこの国だったのかレイラにはわからないとのことだったが、レイラが日本語をしゃべれるということは、その眷属の母国語は日本語だったということで、つまり、その眷属は俺と同じ日本人で、その島は日本にあるどこかの島だった可能性が高い。
その島は、人が一〇〇人も住んでいないような、小さな島だったらしい。
そしてその島にある森に、レイラと眷属は住んでいたらしい。
「あやつとの生活は楽しかった。あやつは儂が遊びたい時は森で一緒に遊んでくれたし、腹が減った時はごはんを用意してくれて、一緒に食べてくれた……儂が眠い時は儂が寝るまで傍におってくれたし……儂が悪いことをした時は儂を叱っても、儂の元を離れることはなかった」
聞く限りレイラとその眷属は、誰もが経験したことのある、当たり前のことをして生活していたように思う。
共に遊び、共に食べ、同じ屋根の下で寝て……悪いことをしたら叱られる。
誰でも経験したことがある当たり前のことだが――それがレイラにとって、楽しいことだったらしい。
嬉しいことだったらしい。
しかし。
「じゃが……その生活は長くは続かんかった」
ある日のことだ。レイラとその眷属の元に、『
吸血鬼達の親玉である『
その時、『
初めて会うはずの『
敵だと――思ったらしい。
「殺さなければならんと思った。殺さなければ儂らが殺される……それくらい大きなチカラを持った存在じゃってことは、儂にはすぐにわかった――じゃから儂は」
だからその時初めて、レイラは自分のチカラを全開にしたそうだ。
禁止されていたチカラを全開にして、初めて、人外モードになった。
そして無我夢中で戦った。
「気が付いたら森がなくなっておったわい……森だけじゃなくて人の家もなくなっておった。島のほとんどのものが壊れて、なくなって……気が付いた時には、島の形がちょっとだけ残っとる状態じゃった」
島がそんな状態であることに、終わってから気付くほど必死で戦って。チカラを使って。
それでどうにか――『
殺せずとも、追い払うことはできたらしい。
……だが。
「じゃが、そのせいであやつは、儂から逃げた」
全開のレイラを見た眷属は、人外モードの姿のレイラを恐れて、そのチカラの結果生じた被害に絶望して。
そして、レイラの元からいなくなったらしい。
「島を滅茶苦茶にしたがの……あの時の儂はあやつに怒られるまで、自分が悪いことをしたとは思っとらんかったのじゃ……だって儂は、敵をやっつけようと思っただけじゃったから……むしろ褒められると思っておった……じゃが儂の思いと違って、あやつは滅茶苦茶怒った」
眷属は、レイラの行いに激怒した。
これまで見たことがない態度で――レイラを叱ったそうだ。
当然のことだ。島が辛うじて形が残るほどの被害を与えたということは、無論死者も出ただろう……何人もの人がそれで死んだと思う……いや、もしかしたら島にいた人は、その眷属を除いて全滅したのかもしれない。
しかしレイラは、何故自分が怒られているのかわからず、言い返したらしい。
自分は敵を追い返しただけだと。
なのに何故そんなに怒る? と。
そして生まれて初めて喧嘩をして、言葉に言葉で返して――レイラは眷属の言っていることが理解できず、眷属はレイラが自分の行いの重大さを理解できなかった事実と、人ならざる者のチカラの脅威性に恐怖して。
レイラの元から、いなくなったらしい。
「……化物め――と言われたわい」
レイラは苦しい記憶を思い出しているかのように言った。
「やっぱり君を育てたのは間違いだった。君は生きてていい存在じゃない……そう言ってあやつは儂の元からいなくなった」
しかし眷属がいなくなっても、レイラはすぐには、不安に駆られなかったらしい。
「だってあやつは儂が生まれてからその時までずっと……儂の傍を離れても必ず戻ってきたからの……じゃから姿が見えんくなってもあやつはすぐ戻って来る。そう思っておった」
そう思ってレイラは、辛うじて原型を留めている島で、眷属が戻って来ることを待っていたそうだ。
だがいくら待っても眷属は、レイラの元に戻ってくることはなかった。
一日……二日。三日。四日、五日、六日。
そして七日待ってようやく――レイラは眷属が本気の本気で怒って、自分の傍から離れたことを知ったそうだ。
不安に駆られたレイラは、それから眷属を探す旅に出た。
だが……眷属探しの旅は、困難の連続だったそうだ。
「儂が行くところ行くところにあの金髪は現れたからの……どこに行っても儂の前に立ちはだかって、何度も何度も邪魔されたわい……じゃから、中々あやつを探せなかった」
金髪とは『
行くところ行くところに『
どこに行っても立ちはだかられて。
眷属に会いたいだけなのに、『
だからレイラは――先に『
邪魔だから殺そうと思った。
だが――何回戦っても。
何日戦っても。
何年戦っても。
何十年と戦っても。
『
レイラは――『
理由は『
だから――時の流れはほとんど感じなかったらしい。
……人間五〇年とは昔の言葉だが、それでも今の時代、人にとって五〇年は非常に長い時間だ。人によっては今でも一生……と言っていい時の間を戦い続ける。戦い続けられたのは……レイラが人外だからか。それともその眷属への思いが……それほど強かったからだろうか?
俺にはわからない。
どちらも合っているかもしれないし、ほかに理由があるのかもしれない……が、それはともかく――レイラは五〇年以上もの年月を戦い続けて、魔術師達に『災害』と言われるような殺し合いを行い続けて――最終的に『
『革命戦争』と呼ばれる戦いで。
『人外殺し』と呼ばれる魔術師と共闘して。
「きっかけはあの日じゃった」
そしてレイラは、俺と初めて会った経緯を語った。
「あの人間の口車に乗って、金髪の住む異空間で眷属を殺しまくったあとのことじゃ。儂はの……あやつはてっきりあの島におるもんじゃと思っておった。これまでの戦いで、金髪がそれっぽいことを何度か言っておったからの……だから全部終わったあと、あの島であやつを探したのじゃ――じゃが」
島中どこを探しても。
隅から隅まで見回っても。
レイラは――眷属を見付けられなかったらしい。
だが、代わりに。
「……一ヵ所だけ、あやつの匂いがする場所があった」
それは、一軒の家だったそうだ。
吸血鬼達が住む異界の中にあった、同じような家が何軒も並ぶ場所にあった、一つの家――そこに入った途端に、レイラは眷属の匂いを感じ取ったそうだ。
「あやつの匂いは古いものじゃなかった……今さっきまでそこにおったような、新しいものじゃった」
それはつまり、さっきまでそこに眷属がいたことを示すものだと、レイラは思った。
しかしそこに眷属の姿がなかったということは、それは眷属が『革命戦争』の最中か、それ以前に死んだということだと、レイラは思ったそうだ。
「……あやつが死んだのは、儂には信じられんかった」
レイラは言った。
それは眷属の俺が『
それを持つ限りレイラも眷属も死ぬことはない――そういう考えが前提にあったのだろう。
だが――レイラの眷属がいたのは、レイラと同等のチカラを持つ『
レイラに敵意を抱かせるほどのチカラを持つ『
「じゃから、儂はあやつが殺されたと思った」
時系列はわからないが。
『革命戦争』の最中だったのか。それ以前だったのか。
レイラと『人外殺し』が島に乗り込んだことが、関係あるのかないのかわからないが。
どういう手段なのか。誰に殺されたのかわからないが。
レイラは自分の眷属が殺されて、死んだと思った。
そしてもう二度と、自分の眷属に会えないことを知って。
レイラの心は――折れたらしい。
五〇年以上も探し続けた眷属に永遠に会うことができなくなったことを知って、その場で泣きじゃくったそうだ。
わんわん……わあわあと。
生まれて一番泣いたそうだ。
「あの時は……身体に穴が開いたような気分じゃった……ほんとうに開いとるわけがないのにの……あんなに泣いたのは初めてじゃった」
泣いて。泣いて。泣いて。泣いて。
泣いたって眷属は生き返らないとわかっていても。ただ泣いて。
……しかしその時、『人外殺し』が近付いて来たそうだ。
「……その時じゃ。あの人間がこう言った」
そしてレイラは、『人外殺し』にこう言われたそうだ。
「『俺の息子を眷属にしないか?』……と」
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