第二十二話 佐々木莉愛
佐々木
海鳥と同じ、吸血鬼に関する問題を専門に扱う組織『不屈の光』に属する魔術師――殲鬼師。
身長は約一六〇センチ。セミロングの茶髪に気の強そうな顔立ちをした少女で、白とピンクを基調とした魔法少女のような衣装を身に纏い、三メートルを超える十字架を武具として扱う。
知識がないため、所有する魔術の的確な言い方はわからないが、現象だけを見ると炎――十字架や掌から火球を生み出して投げ飛ばせる。
重力を無視したように空を飛ぶことができる。
海鳥と同様に常人を超えた身体能力、クリーチャーズの一撃を受けても五体満足でいれる防御力を有する。
その他、『
だから俺はただ、佐々木の動きを止めたらいい――以前と同じように身体を抑え込んで、自由に暴れられないように動きを封じたらいい。
疲れるまで粘って、そうして佐々木の戦意を砕いて、殺意を捻じ伏せる。
そうするのが俺の勝利条件だから、そのための行動をする。
佐々木のよくわからない嫌悪や、怒りなんて無視したらいい。今、佐々木と向き合う必要性はまったくない。
そう思って、俺は行動していた。
――していたのだが。
「……っ!」
「どうしたの……この程度なの?」
再度投げ飛ばされて地を這い蹲る俺に、佐々木は見下した目を向けた。
現状は俺の劣勢。
勝利条件には程遠い戦況だった。
「……前も思ったけど、やっぱり、あんた弱いわね」
佐々木はわかり切った事実を、再確認するように言う。
「あの『
「……っ!」
火球。
掌から生み出し、軽く放られたソフトボールサイズの炎を、俺はあえて受けた。
灼熱の炎に俺の身体は包まれて全身を焼かれる――しかしその瞬間に『
火傷がなくなった瞬間に、俺は佐々木に向かって飛び掛かる。
虚を突いた一撃をお見舞いできると思ったのだが、しかし、佐々木は俺の不意打ちをわかっていたというような顔だった。
「甘い」
顔面に蹴りを喰らった。
俺が火球を避けないことは想定済みだったように動揺していなかった佐々木は、俺が突っ込む位置に足を置いて、顔面をそのまま蹴り飛ばした。
「ぐはっ!」
再度地面を転がる。
何回転かしてその辺に生えている木にぶつかって、俺の身体はようやく動きを止めた。
「……あんた、あたしを殺す気ないでしょ?」
木の幹に背中を強打してその後凹凸だらけの地面に倒れ込んだ俺に、佐々木はそんなことを言った。
「それっぽいこと言って戦ってはいるけど……あんたは冷静。あたしを殺す気なんてない。害する気がない――あたしは殺すつもりで戦っているのに、あんたはなるべくあたしを傷付けずに、あたしを降参させることを考えて戦ってる」
佐々木はゆっくりと歩く――ゆっくりと一歩一歩地面を踏んで、俺に近付いてくる。
「あんたが弱い一番の理由は、あたしを殺すつもりで戦ってないからよ――命の危機を感じない。あんたが殺すつもりで掛かって来たら、あたしも対応するために魔力消費が必然的に多くなって、徐々に疲れてその内あんたに負けるでしょうけど……そんなんじゃ、何回やっても負けないわよ?」
目下二メートルのところまで近付いて、佐々木は言った。
「答えなさい――神崎かなめ。あんたさ、なんであたしを殺す気がないの?」
……海鳥はさっきから見ているだけ。
少し離れたところから不安そうに俺達を見ているが、ただそれだけで、別に佐々木を止めるつもりも、佐々木に加勢するつもりもないようだ。
海鳥の方を一瞥して、俺はそれから佐々木の目を見た――俺を見下ろす茶色い瞳。何かしらの芯が中心にある、強い瞳だった。
俺はその両目を見返しながら言った。
「……お前がなんで、そんなことを気にするんだよ?」
「答えなさい」
佐々木は右手に火球を生み出した。
しかし生み出しただけで、投げ付けてはこない。
……威嚇したところで、傷を無効化できる俺に意味はないが――威嚇してまで答えろと言ったということは、その質問は佐々木にとって、何かしらの意味があるということだ。
俺はそれを探るために答えた。
「別に。殺す理由なんてないだろ」
「……なんのために?」
「……あ?」
「あんたさ、根本的に何がしたいわけ?」
俺は佐々木の質問の意味を考えたが、よくわからなかった。
何が訊きたいのかよくわからない。
「――かなめ!」
と――そこでレイラの声が聞こえた。
声の方向を見ると、レイラが家の方向からこちらに走って来るのが見えた――気付かれないように場所を移動したけど、いつの間にか感知範囲内に戻ってしまっていたか。
家の方向から走ってきたレイラは、木の幹を背にして倒れている俺と、俺の前にいる佐々木、それに少し離れたところに立っている海鳥の姿を見ると――憤怒の表情になった。
「――ッ! きさまらッ!」
「手ぇ出すなよ!」
レイラの登場に佐々木と海鳥が顔を強張らせる中、すぐにでも二人に危害を加えそうな勢いのレイラに、俺はそう言って牽制した。
俺の言葉にレイラはその場で足を止める。
そのまま俺は言った。
「いいかレイラ――お前はそこでじっとしてろよ! 一歩も動くなとは言わないけど、佐々木と海鳥――二人には絶対に手を出すな! いいか、万が一でも殺したら何もかも終わりだからな! お前は見ているだけだぞ!」
「――っ⁉」
俺の言葉を聞いて、レイラは一瞬葛藤をしたような表情をする。
それからレイラは叫んだ。
「でも、かなめ!」
「大丈夫だ」
俺は言った。
「大丈夫だから――お前はじっとしてろ」
レイラは不安そうな顔をしたままだったが、俺の言葉に従ってその場を動かなかった。
俺は佐々木に目を戻す。
「悪いな。話を続けてくれ」
「……いいの? 『
「殺す理由がないって言っただろ」
レイラは能力と性格が凶暴過ぎて、戦闘を始めたら相手を殺さずに終結させることが難しい。
だから、レイラは極力戦闘に関わらせたらだめだ。一瞬で終わってしまう。
「で……何がしたいってどういう意味だよ?」
そう言うと佐々木は話を続けた。
「あんた、元々一般人でしょ? これまで魔術にも吸血鬼にも関わりのない人生を送ってきて、死の危険もまったくない生活を送って来たはずなのに――なのになんで『
「…………」
「ずっと疑問だったわ」
佐々木は言った。
「あんたが何をしたいのか、何を考えているのか全然わからない……あんたの事情はこっちに来た時にさつきから聞いたけど――だったら普通は怖くて、誰かに助けを求めるものじゃないの? 自分の意思で決めたわけじゃないのに人間をやめさせられて、化物として生きていくことになったら……絶望して、恐怖して、怯えて……不安になって泣きたくなって……誰かに助けて欲しくなるものじゃないの?」
「…………」
「でも、あんたはそうしていないでしょ? 『
佐々木の言葉は俺の生活を外から視た者の言葉だった。
俺を客観視している者の発言。
言われるまで気付かなかったが、確かに佐々木の疑問は、もっともなものだと思った。
「酔っているとかならわかるのよ。『
佐々木の言葉から、俺はその時のことを思い出した。
ゴールデンウィーク最終日の、その翌日。あの日はゆーきと海鳥が俺の家を訪ねて来て、レイラのことが二人に知られた。そして二人を森の外まで送っている最中に、大蛇の姿をしたクリーチャーズに襲われて、レイラはその大蛇を殺したのだ。
しかし、そのあとレイラは暴走して海鳥とゆーきに襲い掛かったので、俺がレイラをなんとか止めて……その時に『変身術』を使って魔術師だとわかった海鳥を捕まえて、色々と話を聞いて――そして翌日に海鳥と海鳥の所属する組織が俺とレイラを害する意思がないか探るために、俺はいくつか条件を提示した。
「あたしはね、あんたが『
佐々木は気味の悪いものを見るような目で言った。
「あんたさ……なんでそんな平然と『
続けてこう言った。
「あんたさ……本当に何がしたいの?」
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