第二十一話 VS???
自分の言動を理解して右手で額を押さえて項垂れていると、スマホから着信音がした。
電話ではなく、テキストチャットが届いた時になる音。
確認してみると姉からだった。
スマホの画面には、以下の表示が映っていた。
『今、何かしてる?』
それはいつか見たメッセージと同じものだった。
続けて、次のメッセージが表示された。
『何もしていないなら通話したいのだけれど。どう?』
そのメッセージを見て、俺は思案した。
今、この場で姉に電話を掛けて、俺が抱えているものをすべて話したら、姉はどうするだろうか?
きっと、力になろうとしてくれると思う。俺が助けを求めていなくても、俺が何も言わなくても、姉は俺の状況を察して、俺を助けようとするだろう。
そう思ったから、俺はこう返した。
『ごめん。今ちょっと忙しいから、通話はだめ』
文面を確認して、俺は送信ボタンを押した。
すると『そう』とすぐ返信が返ってきて――そしてそれとほぼ同時のタイミングで、海鳥と佐々木が、森の奥から現れた。
二人とも、家の前にいる俺のところまで歩いてくる。
最初に口を開いたのは、不機嫌な表情をしている佐々木だった。
「あんた何してんの?」
怒り心頭といった感じの声だった。
静かだが……今すぐにでも爆発しそうな感じの声。
俺はすぐさま謝った。
「ああ、悪かったな。勝手な行動をして」
「謝罪の言葉なんて訊いてない」
しかし、佐々木は俺の詫言を拒絶した。
佐々木は目を細めたまま言う。
「あたしはあんたに、何してんのって訊いたのよ……あんた、あたしの質問に答えてないわよ?」
「…………」
「ま、まあ、リアちゃん」
と。隣に立つ海鳥が宥めるように言った。
「かめくんにそんな怒らなくてもいいんじゃない? あの場面で『
「わかるから何? さつき、あんたはこいつが手伝うって言ったのに、勝手な行動をしたことを許すの?」
「許すっていうか……かめくんの役割って、犯人を外に出すところまでだったし。まあかめくんが飛んできたことには驚いたけど、その役割は十分果たしていたと思うし――取り逃がしたのはどちらかと言えば私達の責任じゃない? かめくんに仕事を依頼したのも、私達なんだし」
「…………」
海鳥の言葉に、佐々木は黙る。
黙ったということは、どうやら佐々木は犯人を取り逃がした苛立ちを、俺にぶつけたかっただけらしい。
静かに怒りの炎を燃やしていた佐々木は、俺の方を見て何も言わなかったが、バツの悪そうな顔をして目を背けた。
代わりに海鳥が申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、かめくん」
「別にいい。俺が勝手な行動をしたのは事実だし、佐々木が言っていることは間違っていない」
事件解決に協力するって言ったのに、犯人を目の前にして、そいつを追い駆けず真逆の方向に走ったのは、十分に非難される行為だ。
レイラの姿をした何者かを見たからって、あそこで家に帰る必要はなかった。……あれがレイラじゃないってことは、俺自身もわかっていたことだし。
海鳥は犯人を取り逃がしたのは自分達の責任と言ったが、俺にも非がある。
「……で。お前らこれからどうするんだ?」
反省会のような空気が流れ始めたので、二人の今後の予定を訊くと、海鳥は苦悩の表情をしながら言った。
「どうするって……んー、まあ取り逃がしちゃったから……また捜すところからやり直しかな?」
「そうか」
わかっていたことだが、海鳥達は犯人捜しを続行するらしい。
しかしやり直しと言っても、これまで通りまったく手掛かりがないわけじゃない。先程までいたあの家には犯人が残した痕跡がたくさんあるだろうし、レイラの姿をしていたとはいえ、俺達は犯人の姿を見た。
あの姿は変身能力か何かで化けたのだろう。俺にはわからないが、吸血鬼を専門にする魔術師の二人は、先程あった出来事から、既に犯人を特定しているかもしれない。
「けど、やり直しって言ってもこれまでと同じじゃないよ。さっきの出来事で犯人はほとんど特定できたし……あとは見付けて退治するだけだよ」
俺の推測は正しかったらしく、海鳥は気合を入れた表情でそう言った。
だから俺はこう言った。
「そうか――じゃあ悪い。俺ちょっとの間、協力できないわ」
「え?」
「は?」
「やることができた」
そう言うと海鳥と佐々木は虚を突かれたような顔をした。
その後、佐々木が眉間に皺を寄せて言った。
「……あんた何言ってるの? 事件解決に協力するって言ったのに、それよりも優先することがあるって言うの?」
「ああそうだよ。事件解決よりも優先することができた」
そう言うと佐々木は憤怒の表情をした。
眉間に皺を更に寄せて、佐々木は頬を引き攣らせながら言う。
「……何それ? それちょっと勝手過ぎない? ……さっきの行動といい、今の発言といい、わけわかんないんだけど? ……確かにあんたに協力を要請したのはこっちだけど、了承したのはあんたでしょ? 勝手に行動して勝手にもう協力できないとか、自分勝手な言動するなら最初から了承しないで! 迷惑するのはこっちなんだから!」
「……ちょっと、リアちゃん」
「意味わかんないのよ、あんた!」
俺に向かって叫ぶ佐々木を、海鳥は左手で遮って制する。
海鳥が止めなかったら殴られそうな勢いだ。
……佐々木には話が通じそうにないので、俺は海鳥に向かって言った。
「悪い海鳥。どれくらいの間、協力できないかわからないけど、こっちの用事が解決したらすぐ手伝うから」
「えーっと……私としてもかめくんに協力してもらえないのは困るんですけど……一応理由を訊いても?」
「さっきレイラに……な」
「……あー」
そう言うだけで、海鳥は察してくれたようだった。
具体的に何があったのかはわかっていないだろうが、あの家での俺の行動と、今の言葉から、俺が帰宅後レイラに何をしたのか、想像してくれたらしい。
「じゃあ、なるべく早く仲直りしてね」
「ああ悪い」
そう言って俺は、二人に背を向けて玄関の戸に手を掛ける。
しかし家の中に入ろうとすると、佐々木が声を荒げた。
「ちょっと! まだ話は終わってないわよ!」
「俺は終わった」
「ちょっ。待ちなさい!」
俺は佐々木を無視して家の中に入る。
レイラにあんなに一方的に言って、そのままにするわけにはいかない。
一刻も早く謝って――それからお互い、話をしないといけない。
俺はレイラに自分が今気付いたことを話さないといけないし。
レイラは俺に、自分の過去を話さないといけない。
そう思い。
俺は家の引き戸に手を掛けて、そのまま閉めよう――と思ったのだが。
「ちょっと」
俺が背後にある引き戸を引くよりも先に。
「待てって」
俺を制止する佐々木の声が聞こえたと思ったら。
「言ってんでしょうが!」
「ぐっ⁉」
強引に引っ張り出された。
パーカーのフードの部分を掴まれて、家の外に放り出された。
というか――飛んだ。
視界が一瞬で歪んで、首と背中に強い衝撃を感じる。
呼吸が詰まって内臓が引っ繰り返るような感覚がしたと思ったら、俺は家の周囲に生えている木々の一本に激突していた。
「ぐ――はっ」
「待ちなさいって言ってるのよ――神崎かなめ」
木の幹に背中を強打して息ができなくなっている俺の名を、佐々木は呼んだ。
そのあとすぐに海鳥の焦った声が聞こえた。
「ちょっ、リアちゃん⁉ 何してるの⁉」
「止めないでさつき!」
驚いた声を発した海鳥を、佐々木は制止する。
「こいつとの話はまだ終わってない。……さつき、あんたは特に気にしていないんでしょうけど、もう無理。あたしはこいつがムカつく!」
「ムカつくって……いやいやだめだって! かめくんは――」
「わかってる!」
佐々木は叫んだ。
「わかってるけど――我慢できないのよ!」
そう言いながら佐々木は俺のところまで歩いてくる。
そして俺の前で立ち止まると、俺を見下ろしながら言った。
「立ちなさい。神崎かなめ――あんたには、ずっと訊きたかったことがあるのよ」
そう言ったが佐々木は白い手袋をはめた左手に、ソフトボールくらいの火球を生み出した。
どう考えても、話し合いをする気はない。
ちょっと前に佐々木が喧嘩を売ってきたことがあったが……またかよと思いながらも、俺は佐々木に一応、言った。
「俺とお前が戦っても……お互いメリットなんて、ないだろ?」
「だから何?」
佐々木はそう言うだけだった。
『不可侵契約』のことなんて、佐々木にはどうでもいいらしい。
戦うつもりなんて微塵もない……ないし……なかったが……虫の居心地が悪いのにここまで真正面から喧嘩を売られて――何もしないほど、俺は温厚じゃないぞ?
俺は佐々木に言った。
「後悔すんなよ?」
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