第二十話 分析

 外に出て夜の冷たい空気を吸うと、一気に頭が冷えた。

 そして生じたのは自己嫌悪の感情。

 俺は額に手を当てて溜息を吐いた。

「……何をやってんだ、俺は」

 あんなことを言って、あんな態度を取ったらレイラが泣くことくらい――想像が付いただろ。

 なのになんで、泣かせるようなことを言った? 泣かせて、俺は何がしたかった?

『頼む。頼むから……なんでもするから……』

『嫌じゃ……かなめぇ……』

 あれは本気の泣きだった。

 泣く前に少し嘘を付こうとはしていたけど、バレないように巧みな演技ができるほど、レイラは知能が高くない。

「……チッ」

 自分に腹が立つが、一度吐いた言葉はなかったことにできない。

 覆水盆に返らずだ。後悔したところで、もう遅い。

「…………」

 後悔。

 そうか。後悔しているのか……俺は。

 しかし、なんでだ?

 あんなことを言ったら、レイラが泣くのはわかっていたはずだ。

 なのに俺は、考えずにレイラの心を折ることを言った。

 自分で言うのもあれだけど、俺は感情を優先で動くことは少ない。

 だから後悔なんて感情を抱くことはほとんどないはずだが……。

「…………」

 いや、違う。

 別に泣かせたかったわけじゃない。

 泣かせて何かをしたかったわけでは、断じてない。

 ……だとしたら、俺は一体何がしたかった?

『……レイラ』

『お前さっきまでどこにいた?』

 夜風に当たりながら、自分の言葉を振り返る。

 吐いた言葉から、自分が何をしたかったのか考える。

『本当に? 本当の本当の本当にだな? 言っておくけど森にもだぞ? 本当に一歩も外には出ていないんだな?』

『俺は見たんだよ』

『人を喰っているお前の姿を』

 あの家にいたレイラの姿を見て、レイラがこの街で起こっている殺人事件の犯人なのかどうか、確認したかった?

 違う――そんなこと確かめるまでもなく、わかりきっていたことだ。だからそうしたかったわけじゃない。

 膝辺りまで伸びた長い髪に、一糸まとわぬ全裸の格好。体格や顔はまったく同じだったけど――あれは俺と初めて会った時のレイラの姿だ。

 あの時は前髪も膝までの長さがあったけど……今のレイラの髪は俺が切って整えたし、服を着る習慣も俺が身に付けさせた。

 だから仮にあそこにいたのがレイラ本人だったとしたら、俺と出会った頃の姿のままいたのはおかしいし――そもそもレイラは魔力を持っていないんだから、魔力を感じたあいつは、レイラに化けた偽物だ。

 帰った時に一応確認はしたけど、あそこにいたのはレイラ本人じゃないとわかっていたんだから……俺はレイラが犯人なのかどうか、明らかにしたかったわけではない。

 じゃあ俺は一体、何がしたかった?

『じゃあ質問を変える――お前は人を喰ったことがあるか?』

 人を喰っているレイラの姿を見て、それが事実じゃないと否定したかったのか?

 違う――レイラが人を喰ったかどうかなんて、あいつが『災禍の化身』と呼ばれていることを知った時から想定していたし、あいつの普段の言動から、過去にどんな生活をしていたか、想像するのは難しくなかった。

 だから俺は、レイラの人喰いを否定したかったわけじゃない。

『そうか――じゃあまた質問を変える』

『お前……なんで俺を眷属にした?』

 じゃあ、レイラが俺を眷属にしたかった理由を知りたかったのだろうか?

 違う――確かにそれは気になる事柄の一つだが、俺の中で優先度はそんなに高くなかったはずだ。

 明らかになっていない事柄だが。

 無理矢理こじ開ける必要のない箱。

 自分でそう結論付けたはずだ。

 だから、俺はレイラが自分を眷属にした理由を知りたくて、あんなことを言ったわけではない。

『レイラ。言っておくけどよ……俺は別に――お前が好きで一緒にいたわけじゃないぞ?』

 考える。考える。考える。

『俺はお前が好きで、これまで一緒にいたわけじゃない――わかっていないみたいだから一から説明するけどよ……俺は自分の望む生活ができていたから、お前と一緒にいただけだぞ?』

 俺はなんで、あんなことをレイラに言った?

『正直に言うけど、お前を切り捨てる選択肢はずっと頭ん中にあったんだ……お前がこの家に住みたいって言った時から、ずっとな……まあお前には命を助けられたし、その恩を返すって理由ももちろんあったけど……その理由は一番じゃない――一番の理由は、俺がこの家に帰って、飯を食う生活がずっとできていたから……ただそれだけなんだよ』

 レイラを泣かせてまで、俺は一体何をしたかった?

『それができていたから俺は……お前が人類を滅ぼすほどのチカラを持った化物だろうが、自分の身体が人と同じじゃなくなろうが、特に気にしなかったんだよ』

『お前が『災禍の化身』と魔術師達に言われていようが、お前の中身が人と違っていようが、お前が過去にどんな所業を行っていようが……そんなことはどうでもいい』

 考えて。考えて。考えて。

『お前が今人を殺すようなことがあったら、その時は止めたらいいって考えていたしな――だから俺はお前を受け入れたし、結果的にお前は誰も殺さなかったから、お前との生活は今日まで続いた』

 思い出して。思い出して。思い出して。

『もしお前が俺を害そうって考えているなら。お前が俺を害するために眷属にしたんだったら――』

『俺はお前を見捨てるぞ?』

 ……そして最後に――いつだったかゆーきに言った、自分の目的を思い出した。

『家で飯を食う以外、ほかのことはどうでもいい』

「……ああ」

 そこまで思い出して。

 俺は自分が何をしたかったのか――理解した。

「……そういうことかよ。くそったれ」

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