第十八話 動揺
その人物は何も言わなかった。
ただ二つの紅い瞳で、リビングの入口に立つ俺を見ているだけだった。
「…………」
全身の所々、特に口の周りを血で汚した状態で――レイラは俺を見る。
まるで獲物を見る、獣のような目で。
「……?」
レイラ?
いや、違う。
さっきは思わずレイラって言ってしまったけど……それにしては俺が知っているレイラと、目の前にいるこいつは何かが違う。
雰囲気――じゃない。確かにレイラは野生の獣みたいな雰囲気を持っている時があるけど……そういう曖昧なものではなくて、もっと明確な――。
「……あ」
わかった。
のと――ほぼ同時の出来事だった。
「――がッ⁉」
吹っ飛ばされた。
レイラに――いや、レイラの姿をした何者かに、俺の身体は吹き飛ばされた。
「……っ」
「え、かめくん⁉」
間近から海鳥の声がした。
痛みが熱となって全身に広がる……身体全体が痛いが、特に背中が最も痛むことと、海鳥の声が聞こえたことから、俺は自分が家の外まで吹っ飛ばされたことに気付いた。
顔を上げると、さっきまで中にいたはずの家と、レイラの姿をした何者かが視界に入る。
考え事をしていたからとっさに反応できなかったが、あいつが俺の胸に指を食い込ませて、俺の身体を持ったところまでは見えたから……おそらく怪力に任せて、俺の身体を強引に押し出したんだろう。
家の壁を全部無視して。
「何やってるの⁉ ――さつき!」
「わかってるよリアちゃん!」
殲鬼師二人の慌てた声が聞こえた。
視界の端には海鳥の姿が見える。
海鳥は真横に飛ばされた俺を見たあと、大穴の空いた家の方を見た。
するとそこに立つ人物を見て一瞬だけ驚いたような反応をしたが、海鳥はすぐさま切り換えて、繊維の巻かれた右腕を前に突き出す。
先程と同じ様に、掌から数本の繊維が飛び出して、大穴の前に立つ人物に襲い掛かる。
が――そいつは複数の方向から襲い掛かる極細の繊維を難なく避けて、俺達の前から逃走した。
「ッ。逃げた――リアちゃん追って!」
「言われなくても!」
逃走するレイラの姿をした何者かを、空中にいた佐々木が追う。
鳥の様に高速で飛ぶ佐々木を見たあと、コンクリートの塀にぶつかったままの状態の俺を見て、海鳥は少し迷ったような挙動をしたが、そのあと彼女は俺の方に駆け寄って来た。
「かめくん大丈夫? さっきのやつ……『
「……ああ」
人を心配するような声を掛けてきた海鳥に、俺は二重の意味でそう答える。
身体の傷だったら『
それは海鳥も一目でわかったみたいだし、俺も気付いたことだ。
わかっている。
わかっているのだが――。
「……悪い海鳥。俺ちょっと家に帰るわ」
「えっ⁉」
驚いた表情を浮かべる海鳥を尻目に、俺は佐々木が飛んで行った方向とは真逆の方へ走り出す。
「ちょっ、ちょっとかめくん⁉ え、帰るってどうしたの⁉」
走り出した俺に海鳥は戸惑いの声を上げたが、俺は無視した。
頭の中に――自分を眷属にした少女の姿を思い浮かべながら。
「……っ」
確かめないといけない。
そう思って、俺は一直線に自分の家へ駆けた。
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