第十六話 転機

 通話を切って一〇分もしないうちに、二人は俺のいる場所に来た。

 佐々木は例の魔法少女のような格好で。海鳥は黒を基調にした、忍のような格好で、俺の前に現れた。

「……反応があった家って――ここ?」

 到着してすぐ、佐々木は大真面目な表情をして確認してきた。俺は頷いて返事をする。

 すると二人は――波が飛んで来た家を注視した。

 数秒間じぃっと。

 そしてそのあと――二人は声に出して言った。

「いるわね」

「うん。いるね」

 確定。

 どうやら殲鬼師二人から見ても、その家に『何か』がいることは明白なようだ。

「さつき。家の周りに結界張って――消音と人払いの二つ」

「了解」

 そう言うと、海鳥は右手を自分の前に出した。

 ワイヤーのような細い銀色の繊維で、肌が見えないほどぐるぐる巻きにされた、何も持っていない掌。

 すると掌を覆っていた繊維の何本かが勝手に動き出し――急激に伸びて周囲の電柱や塀に向かって広がって行った。

 海鳥の掌から飛び出した繊維は、そのまま俺達と目の前の家を取り囲むように張り巡らされて――動きが止まると同時に風が止んだように、周囲から音が消えた。

 どうやら、結界を張り終えたようだ。

「で。これからどうするんだ?」

 自分の周りに張り巡らされた繊維を見ながら、俺は二人に尋ねた。

 すると佐々木が家に目を向けたまま答えた。

「まずは中にいるやつを外に出す」

「……それからどうするんだよ? こんな街中でおっぱじめるのか?」

 そんなことをしたら間違いなく街に被害が出るだろう。……最悪、死人が出るかもしれない。

 その可能性を考慮しているのか確認すると――佐々木は眉を顰めて俺の方を見た。

「そんなことしないわよ。こんな街中で戦闘になったら、確実に死人が出るし」

 やはりそこは考慮しているようだった。

 佐々木は家に視線を戻して言う。

「まずは家の中にいるやつを外に出す。……で、そいつが誰なのか確認したら、人里から離れたところまで移動して、そいつを退治する――これからの流れはざっとこんな感じよ」

 単純明快な方針だった。

「おーけー……わかりやすいけど、人里離れた場所って具体的にどこを指しているんだ? この辺って住宅ばかり並んでいるから、暴れても大丈夫なところなんてないぞ?」

「何、あんた手伝うつもりなの?」

「……そうだけど?」

 こちらを横目で見て、意外そうと言うよりも、人を挑発するような口調で言った佐々木に、俺は言った。

「じっとしとけって言うならそうするけどよ……立場とか個人的な感情とか優先している場合じゃないだろ? 今この場面って」

「…………」

「ここで即反論せず黙ってしまう時点で、わかってんだろ――善人が。反射的に噛み付くのはいいけど、噛み付くなら反論された時の返しくらい考えとけよ」

「……ふん」

 別に挑発に乗ったわけではないが、考えなしに言ってきたのはわかったので、言い返すと佐々木は反論せずそっぽを向いた。

 そしてそのまま黙る。

 イライラしているのはすぐわかった。

「……もうリアちゃん。こんな時にツンケンしないでよ」

 と。

 ご機嫌斜めになった佐々木を海鳥は宥めた。

 そんな海鳥にも、佐々木はムッと表情で噛み付く。

「別にツンケンなんかしてないわよ」

「してたよ――っていうかリアちゃん、かめくんになんでもかんでも噛み付こうとするの、やめなよ。今更噛み付いたって何かが変わるわけじゃないし」

 海鳥がそう言うと佐々木は「うっ」と怯む。

 そしてそのまま弱々しい声で「別になんでもかんでも噛み付いてるわけじゃあ……」と言った。

 海鳥は強気に言った。

「噛み付いてるー。リアちゃん、感情が顔と口に出やすいし、付き合い長いからわかるよ――まあ、理由は大体わかるけど……今は仕事中なんだから。ちゃんとしよ?」

「……それはわかってるけど――」

 そう言うが、佐々木はそれ以上言葉を続けなかった。

 海鳥から再度俺の方を一瞥すると、何か思ったのだろうが、何も口にしないまま……そのまま不機嫌そうな顔と身体を家の方へ向けた。

 そして何も言わず黙り込む。

 そんな佐々木の態度を見て、海鳥は申し訳なさそうに言った。

「……ごめんねーかめくん。リアちゃんって感情のコントロール苦手だから、許してあげてね?」

「別に、なんとも思っていないからいいけど」

 敵意とか悪意とか。

 苦手意識とか嫌悪とか。

 そういうのは昔からよく向けられていたから――慣れている。

 けど、佐々木が俺を嫌う理由はなんだろう?

 吸血鬼を嫌悪しているから――ではないと思う。

 俺は海鳥に小声で訊いた。

「……なあ海鳥。佐々木って肉親を吸血鬼に殺されたりでもしたのか?」

 少し前にその可能性は低いと判断したが、その可能性も考慮して、俺は一応そう訊いた。

 すると海鳥は「ん? ああ」と極めて軽い調子で語った。

「別にリアちゃんの家族は吸血鬼に殺されてないよ? 仕事柄的に吸血鬼を敵視はしているけど……うん、だからってかめくんを憎んでいるとかはないかな?」

 本人に聞こえないように小声で話し掛けたのに、いつもと変わらない声量で海鳥はそう言った。

 しかし、そのあとよく聞かないと聞こえないくらいの声量で、

「……まあ、クリーチャーズと『魔獣女帝エキドナ』は恨んでいるだろうけど」

 と、ボソッと呟いた。

「ん?」

「なんでもなーい――でも、かめくんとか『第二の人外シルバー・ブラッド』を憎悪しているとか、そういうのはないから、安心して」

 いつものにこにこスマイルで、海鳥はそう言った。

「そうなのか」

「うん。そうそう――まあ確かに、私から見てもわかるくらい、かめくんに対してあたりはきついけどね」

「……その理由に心当たりはおありで?」

 そう言うと、海鳥は少し悩むように「うーん」と唸った。

 そして少しして、

「まあ……あえて言うなら嫉妬かな?」

 と言った。

 ……は?

 嫉妬?

 嫉妬って――何に対して?

 佐々木が俺に?

 俺の何に???

「まあ、私からはこれくらいしか言えないかな?」

「……なんでだよ?」

「うーん――仕事だから?」

 理由になっているようでなっていない、意味のわからないことを言う海鳥。

 今のは適当に言った発言だろう。

「……さつき。神崎かなめ。私語はそれまでにしなさい」

 俺を視界に収めていないからか、それとも異様な雰囲気を持つ家と向き合うことで冷静になったのか、佐々木は俺達の方に視線を向けずに、俺達に向かってそう言った。

「はーい」

「あとさつき――あんたは余計なことしゃべり過ぎ」

「……はーい」

 注意されて少しだけ声のトーンを落とす海鳥。

 笑っているから恐らく、反省はしていない。

 俺は気になっていたことを質問した。

「つーかそもそもなんだけどよ……中にいるやつは、吸血鬼で間違いないのか?」

「「間違いない」よ」

 二人は声を揃えてそう言った。

「こんな膨大でクリーチャーズ以上に強い魔力を持った存在なんて――『第一の人外ゴールド・ブラッド』の眷属以外にいない」

「……それは『革命戦争』で生き残った、吸血鬼の内の誰かって意味だよな?」

「……どういう意味?」

 俺の発言に佐々木は怪訝そうな顔をした。

 説明しようと思ったが、その前に海鳥が口を挟んだ。

「あー、えっと……もしかしてだけど……かめくんってさっき説明した八人の吸血鬼――その内の誰かが眷属を作って……その眷属が犯人かもしれないって考えてる?」

 海鳥の発言に俺は肯定した。

 しかしそうすると、海鳥は困惑したような表情をした。

 その表情のまま海鳥は言う。

「えっとね……かめくん。確かに『第一の人外ゴールド・ブラッド』とその眷属達は……吸血鬼って言われているからそう思うのもわかるけど……でもその可能性はほとんどないの」

「なんでだ? 『第一の人外ゴールド・ブラッド』の眷属達は眷属を作る機能がないのか?」

「いや、彼彼女らにもその機能はあるんだけど……でも『第一の人外ゴールド・ブラッド』の眷属達って、眷属を作るのは稀だって言われていてね、生き残っている八人も『革命戦争』が終わってから、誰一人眷属を作っていないの」

「何故」

「うーん、何故って言われても……」

「吸血鬼は自分達の強さを、よくわかっているからよ」

 海鳥が戸惑っていると、佐々木が助け舟を出した。

「不死身の身体に人の領域を超えた身体能力。人が扱う魔術とはレベルが異なる『人外魔術』……『第一の人外ゴールド・ブラッド』の眷属達は自分が人間達に狙われる強さを持っていることを強く自覚している――だからそれが、眷属を作りたがらない理由だって言われているわ」

「でも普通、危機を感じたら仲間が欲しいって考えないか?」

「拳銃を持っている人が、全員仲間とは限らないでしょ」

「…………」

「そういうことよ――別に今生き残っている吸血鬼だって、全員が仲良しこよしなわけじゃないし、『革命戦争』が終わってから一〇年以上経っても、誰も眷属を作らず今まで生き残っているんだから、彼彼女らの強さは想像付くでしょ。納得した?」

「……ああ」

 佐々木の言葉に俺は頷く。

 海鳥が言葉に困ったということは、魔術師の間でも完全に明らかになっていない事柄なんだろうが、佐々木の説明は納得の行くものだった。

 その後、俺と海鳥と佐々木の三人は、これからやるべきことと、全員の役割について話し合った。

 これからやるべきことは、家の中にいる吸血鬼を外に出すことが一つ。二つ目はそいつが誰なのか確認して、人里離れた場所に移動させること。

 移動させる場所は俺の家の周辺にある森がベストだが、流石に距離があって遠いため、最悪この周辺にある建物よりも高い、空中に飛ばしてくれればそれでいいと佐々木は言った。

 どうやら佐々木には、条件さえ揃えば一撃で吸血鬼を仕留められる魔術を保有しているらしい。

 そして三つ目は――吸血鬼が潜む家の、住人の生存確認。

 俺が見付けた家は取り付けられているすべての窓にカーテンやブラインドが掛けられていて、部屋のどこにも明かりが点いていなかったため、家の中の様子はわからなかったが、窓にはカーテンとブラインドが掛けられていることと、玄関のところに表札があったことから、この家が空き家ではなく普段から誰かが住んでいるものだと思われた……が、佐々木と海鳥は犯人が吸血鬼であることと、これまでの事件の傾向から、中に人がいても生存は絶望的だろうと言った。

 しかし、外にいるだけでは中に人がいるかどうか、いたとしても生きているかどうかを確認することはできないため、それもやるべきことのリストに入れることとなった。

 各三人の役割は俺が特攻隊長。海鳥は結界を維持しつつ玄関前で待機。空を飛べる佐々木は空中で待機し――空と地の二ヶ所から家の外に出た吸血鬼を対処する役割となった。

 ……ちなみにもし生存者がいた場合はどうするのかと尋ねると、佐々木はもちろん生存者は保護すると言ったが、生存者が人質にされた場合はどうすればいいのかと尋ねると、苦い表情をして口を噤んでしまったので――俺はもしそういう状況になったら、人命を優先して動くようにすると言って、玄関に身体を向けた。

「かめくんさあ――別に私が中に入ってもいいんだよ?」

 生存者がいた場合どうするかも話し終わり、佐々木が空中に移動し終わったあと……作戦がうまくいくのか心配しているのか――海鳥は俺にそう言った。

「何言ってんだ――お前より俺の方が合理的だろ」

 魔術的な鎧を全身に纏っているとはいえ――佐々木や海鳥よりも、傷を無効化できる俺の方が、吸血鬼を外に追い出す役割は向いている。

 そして魔術師二人の方が、俺よりもできることが幅広いので、吸血鬼を外に出した時に、対応する役割を担った方がいいだろう。

 火球を出せる佐々木は空からの迎撃、援護。

 繊維状の糸を武器にする海鳥は、その糸を刃物の代わりにしたり、繊維を束ねて縄や網を作って捕縛することができる。

 それに二人なら俺と違って連携が取れる。

「そうだけどさ……家の中、死体があるかもしれないんだよ?」

「ああそうだな」

「そうだなって」

「それくらい考慮してるよ」

 心配してくれているのか、そう言ってくれた海鳥に、俺は言った。

「じゃないと――お前らの仕事を手伝えないだろ?」

「…………」

 そう言うと海鳥は黙った。今の発言で俺が何も考えずこの場にいないことは伝わったのだろう……海鳥は息を吐いて「わかったよ」と言い――そして大真面目な顔付きに切り替えた。

「じゃあ、吸血鬼を外に出す役割は、任せたから」

「ああ。何かあったらフォロー頼む」

 そう言って俺は玄関に近付き、鉄製のドアを蹴破る。

 そして明かりが一切点いていない真っ暗な家の中に、一人でゆっくりと踏み込んだ。

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