第十四話 一日が終わって
クレープを食べ終わったあと、俺とレイラとゆーきの三人は、海鳥と別れてファミレスに向かった。
何故海鳥だけ一緒に来なかったというと、佐々木から海鳥に連絡があり、そちらに合流しなくちゃいけなくなったからである。
「というわけで、私離脱しまーす!」
「おう。なんか進展あった?」
「うーん……実は言うとそんなに進展はないんだけど、とりあえず現状わかっている情報を整理整頓したいって言ってたから、ちょっと行って来るね」
「そっか……大変だな」
「まあ、お仕事ですからねー」
にこにこといつも通りの笑みを浮かべて、海鳥はそう言った。
そして俺達と別れる前に、
「あ、そうそうかめくん」
と、俺に言ってきた。
「近いうちに協力要請すると思うから、その時はよろしくね」
「別にいいけど……具体的に何するんだよ?」
「んー、まあそれはまたその時に言うよ――それじゃあ、サラダバー」
そう言って海鳥はどこかに行った。
「……サラダバーってなんだ?」
「さらばだのネットスラングだな。ふざけて言ったんだろ」
「ふーん……で、これからどうする? 俺達も解散か?」
「うーん……いや、せっかくだしこのままファミレス行こうぜ?」
「は? 別にいいけど……なんでファミレス?」
「だって、レイラちゃんを街に連れ出す機会なんてそうそうないだろ? いつもはかなめが飯作ってるんだろうけど……今日は外食の美味しさを教える日にしたらどうかなー……って、思ったんだけど」
「……うーん」
「……だめ?」
「……ゆーき」
「ん?」
「採用」
というわけで、俺とレイラとゆーきの三人は、ファミレスに向かって食事をした。
作ったことがある料理もない料理もあったが、テーブルの上に大量に並べられた料理に、レイラは大喜びしていた。
「ふう。それにしても食ったのう。お腹いっぱいじゃわい」
帰り道。
家がある森の中を自転車で漕いでいると、レイラは満足げにそう言った。
冷ややかな夜風を肌で感じながら、俺は前かごに収まっているレイラを見下ろした。
細く小さな腹を見ながら、俺は言う。
「たくさん食うのはいいし知っていたけど……お前の腹はブラックホールにでも繋がっているのか?」
「?」
「あー、別にわからなくてもいい。わかると思って言ってないし……っと」
ペダルを漕いでてガタガタッ……と少し振動を感じたところで、俺は自転車を降りる。
ここからは木の根が盛り上がっていたり、大きな石が多かったりするため、しばらくは漕ぐより押して行った方がいい。
「今日一日、どうだった?」
「ん。美味しかった!」
「そうか」
レイラらしい感想だな。
楽しいじゃなくて、美味しいと言うところが特に。
「あそこは不思議なところじゃったのう。待っとるだけであんなに美味しいものがたくさん来るとは。びっくりしたわい」
「そうか。俺もびっくりしたよ」
食欲旺盛だからたくさん食べるのは覚悟していたけど、まさか俺とゆーきで福沢諭吉を一枚ずつ出すことになるとは思わなかった。
食事中はなんでも美味しそうに食べるレイラを見て、ゆーきは笑っていたが、会計の時になると顔がちょっと引きつっていた。
「あの金髪、実はいい奴かもしれんの」
「実はも何も、ゆーきはいい奴だよ……つーかそうか……『
「うん。じゃから嫌いじゃ」
「そうか」
「人間の中で一番嫌いじゃ」
「……そうか」
レイラの人間嫌いはこれまでの言動で知ってはいたけど、今日の立ち振る舞いで再確認した。
ゆーきがどれだけ話し掛けても基本は無視してたし、しゃべっても会話になっていなかった。
「そんなに美味しかったならまた食べに行くか? 毎日は無理だけど、たまにならいいぞ」
「んー……いや、別にいいかのう」
「おや?」
てっきり毎日行きたいと言うと思ったから、そう言われたことに驚いた。
「なんでだよ?」
「んー……目が嫌じゃ」
「目? ……ああ、視線が嫌なのか」
人の視線。
ボーリング場にいる時もフードコートにいる時もファミレスにいる時も、多くの人がレイラに注目した。
見られたらレイラもそちらを見返すため、何度も意識を逸らすのに苦労した。
「やっぱり家でごはんを食べるのが一番じゃ。落ち着くし」
「それは同意見だ」
「かなめのごはんが一番美味しいしの」
「そりゃどうも」
嬉しいことを言ってくれる。
「かなめはどうじゃ?」
「ん?」
「目」
「……ああ」
言われて自分の髪を見る。
レイラと同色の髪と瞳。
俺は覚えていないが、二歳の時に病に掛かった後遺症で、この色になったらしい。
「……慣れたな」
「なれた?」
「気にしていないって言ったらわかるか?」
小学校時代でも。
中学校時代でも。
不特定多数の人から奇異な目で見られることは多いし、この髪と瞳の色が原因でからかわれたり、それ以上のことをされたこともあった。
けど――慣れた。
「気にするのが面倒になったから、気にしなくなったって言った方が正しいかもしれないけど」
「ほう」
「だって疲れるだろう? どうでもいいことで悩むのは」
考えたり悩んだりする時はエネルギーを消費する。肉体的なものではなく精神的なエネルギーだ。
そのエネルギーは有限だし、有限のエネルギーをどうでもいいことで消費するのは疲れるだけだから、馬鹿らしい。
昔は悩んだこともあったけど、今はそう考えているから、気にしていない。
……あとはまあ、姉ちゃんのおかげかな?
「じゃあ……かなめはこの髪と目の色が好きなのか?」
「あん?」
「色」
レイラはじぃっと俺の目を見つめて質問した。
俺は紅い瞳を見つめ返して答えた。
「ああ、好きだな。レイラと一緒の色だし」
「……そうか」
俺の口調をまねたのか、レイラはそう言った。
心なしか少し嬉しそうだ。
……と、そこでレイラは前かごから出ようと動いた。
俺はその場で止まってレイラがかごから出るのを待つ。腕の力だけで前かごから抜け出したレイラは、その場で倒立して自転車から降りた。
「んー……んー……んー……」
そしてそれから何故か俺の周りをゆっくり一周して、
「ほっ」
という掛け声と共に、俺の背中に抱き着いた。
「どうした?」
「疲れた。じゃからおんぶして行け」
「はあ?」
絶対的に嘘だった。
「できるならかごに戻るか自分で歩けよ……お前、見た目の割りに重いんだから――っていて」
耳を咬まれた。
力を加減した、甘噛み程度の力だったが。
「……何するんだよ?」
「なんかムカついた」
「……お前に乙女心が備わっていたのか」
そんなもの持っていないと思っていたけど。
まあでも、女の子なんだから持っていてもおかしくはないか?
レイラは俺より生きているから、女の子って表現するのははたして正しいのだろうか? ――と思いながら、俺は再び歩き始める。
「別にいいけど、俺は支えないからな? しっかり掴まってろ」
「うむ。わかった」
甘えたかったのか。
それともほかに理由があるのか。
甘えたかったとしたら、なんで今急に甘えてきたのか。
わからない。
重いと言っても一〇歳過ぎの女の子くらいの体重だから、背中に引っ付いても歩けないほど、重いわけじゃない。なのでそれからそのまま、レイラの体重と温もりを背中に感じながら、俺は家まで歩いた。
歩いていると嵐が去ったあとのように、薙ぎ倒された木々や、抉れて濃い土の色が見える地面、一メートルほどの大きさの大きな灰の塊が視界に入る。
……ふと、俺はあの日、レイラが自分の目の前に現れた理由について考えた。
あの時、レイラがいなかったら俺は死んでいた。
しかし何故、レイラは俺の目の前に現れたのか?
その理由をレイラは語ったことがないし、俺は訊いたことがない。
レイラは自分のことをあまり語ろうとしないし、訊かなくても今のところ俺の目的は達成できているから……俺は訊いていない。
髪と瞳の色が一緒なのも、偶然とは思わないが……俺はレイラに出会うまで、吸血鬼やら魔術師やらに関わった記憶がないから、そこに因果関係があるかどうかはわからない。
俺はレイラについて知らないことが多い。
「けど――別にそれでいいんだよな」
知らなくても目的を達成できるなら、別に知らなくてもいい。
一緒に過ごしているうちに知ることはあるが、なんでもかんでも気にする必要はない。
俺は――そう考えている生物だ。
何故ならどうでもいいことを考えるのは、疲れるだけだから。
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