第十三話 吸血鬼
「あっははははー……はー、笑った笑った。半年分くらい笑った」
場所は移ってフードコート。
ボーリング場から少し移動したデパートの一階で、ゆーきは椅子に座りながらそう言った。
俺は嘆息して言う。
「ゆーき、笑い過ぎだ」
「いやいや、あんなの笑うだろう」
ゆーきは目に涙を浮かべながら言う。
「オーバースローでストライク取って……そのままボーリング場の壁を破壊だなんて……傑作……一生ネタにできるわ」
「……笑い事じゃないんだけど」
「けど、大事にはならなかったじゃん」
「……まあな」
あのあと。
レイラがボーリング場の機械を壊して騒ぎにはなったが、会場がパニックになったり、俺達が警察に連行されることはなかった。
ただ、ボーリング場のスタッフに会場の外へ誘導されただけ。
「目撃者もいたはずだけど、パニックにならなかったのが驚きだ」
「まあ結果だけ見たら、機械が壊れただけだからねー」
海鳥はにこにこと笑いながら、そんなことを言う。
「実際に起きた結果が常識で解釈できる程度のことだったら、一般人が一瞬だけ魔術とかの異能を見ても、案外騒がれないんだよ」
「そういうものなのか」
「うん、そういうもの……『女の子がボーリングの玉を剛速球で投げた』のは結果じゃなくて原因。目の前で起こった結果は『ボーリングの機械が壊れた』ことだから、原因を見ても非現実的過ぎて信じられないの」
「……ふうん」
確かに会場にいた何人かは奇異な目で俺達を見たが、別にそれだけで糾弾してくるようなことはなかった。
スタッフも首を傾げながら誘導作業をしていた。
「人は目の前で起こった現象を、自分が知っている常識とか、知識で解釈しようとするって聞いたことあるけど……そんな感じの話か?」
「うーん……まあそんな話かな?」
「……なるほどな」
心霊写真とか未確認生命体が映った動画を見ても、『合成だ』って言ってしまう人の心理みたいなもの。
真相がどうであれ、人は目の前で起こった現象を『理解不能』のままにしておけない。
自分が持つ知識や常識で整合性を生み出して解釈するから、実際目の前で超常現象が起こったとしても、それが一瞬のことだったら、見間違いと解釈する……のか。
「うん。まあだから心配することないんじゃないかな? 誰も動画とか写真を撮っている様子はなかったし、もし撮影されててネットに流れても、『合成おつ』って言われて一瞬だけ話題になって、みんなに忘れられると思うし」
「……そうか」
じゃあ後始末とか考えなくていいのか。
まあ、必要になったらその時はするけど。
……チラッと隣を見ると、横に座っているレイラはまだしょんぼりしていた。
俺に叱られて落ち込んでいるのだ。
「……ごめんなさい」
レイラはばつが悪そうに俺を横目で見て、俯いたままそう言った。
俺はレイラの頭を撫でて言った。
「謝ったから許す」
「そうだぜレイラちゃん。はは――面白かったんだから落ち込むことないって」
ゆーきもフォローするようにそう言う。
……本人は善意で笑いながら言ったのだろうが、ゆーきの態度がレイラの癇に障った。
「……なんじゃい金髪。さっきからぎゃーぎゃー笑いおって。うるさいわい」
「はは……へ? いやだってあんなん誰でも笑うって」
「うるさい」
「ぷっ――あーだめだ。思い出したらまた笑いが来た。はは――腹いったい」
「…………ッ‼」
バチィッ‼ とレイラの前髪から青白い光が散った。
高電圧の電撃――これは看破できないので、俺はレイラの頭を軽くチョップした。
「こら」
「あだ」
「チカラ禁止」
「……むう」
俺が叩いたところを押さえながらレイラは唸った。
不満そうだが、ちゃんと俺の言うことは守ってそれ以上何も出さない。
俺は対面に座るゆーきに目を向けて言った。
「ゆーき」
「はは……ああ、わかってるよ……レイラちゃんを下手に刺激するなだろ? 悪いって」
「わかっているなら言動で示せよ」
「ああ、善処するわ」
一ミリも期待していないが、ゆーきがそう言ったので俺は水に流した。
「……せっかくだから何か食うか」
「あ、じゃあクレープ食べようぜ。ここにあるクレープ屋めっちゃ種類多いし」
「お。さんせー」
「クレープか」
まあレイラも食べたことないし、おやつにはいいか。
というわけで、俺達はクレープを買って食べることにした。
ゆーきはチョコバナナのクレープ。
海鳥は冷やしあんこのクレープを。
レイラは初めて見るクレープに目を輝かせて、ショーケースから離れずいつまで待っても決められなかったので、俺が適当にいちごと生クリームのクレープを選んだ。
俺はシュガーバターのクレープを選ぶ。
シュガーバターは初めて頼んだが、シンプルな調味料だけでも十分美味かった。
「うまうま」
「美味いか?」
「うむ……かなめのはなんじゃ? 何も入っておらんが?」
「シュガーバターだよ。砂糖とバターのクレープ」
「?」
「……まあ食ってみろよ。美味いから」
「…………ん! 何も入っとらんのに甘い! なんでじゃ⁉」
「そういう種類なんだってよ」
「ほー!」
目を輝かせて感心した声を出すレイラ。
そのあと、俺はシュガーバターのクレープをレイラにあげた。
一口食べたら俺は十分だ。
「うーん……吸血鬼って何? かー」
食事中。
会話している最中に吸血鬼の話になり、海鳥はゆーきの質問を復唱した。
「うん。かなめとレイラちゃんって吸血鬼なんだろ? けど、俺が知っている吸血鬼のイメージと違うっつーか……ほら、二人ともそもそも牙ないじゃん?」
「あー確かにねー」
うーん……と少し悩む仕草をする海鳥。
「っていうかまあ、そもそも『
「そうなの?」
「うん」
海鳥は言った。
「私達が言う吸血鬼ってね、そもそもは『
海鳥が言うには、それが、魔術世界での吸血鬼の定義らしい。
「確かに『
金髪金眼ではないが、銀髪に紅い瞳と人目を惹く外見、美貌、即死級の傷も無効化する能力に、災害級の広範囲の複数の属性の能力……俺やレイラのチカラは他の吸血鬼と違って魔術ではないらしいが、確かに類似点は多い。
「相違点も多いけどね。『
「……へえ」
海鳥の説明に感心した声を出してレイラの方を見るゆーき。
俺も釣られてレイラの方を見た。
そう説明されると、改めてレイラの存在の大きさを確認させられる。
「?」
説明されている本人は口の周りに生クリームを付けて、首を傾げていた。
……威厳ないな。
「じゃあさ、普通の吸血鬼ってどんなの?」
俺も気になったことだが、ゆーきは更に質問を重ねた。
「かなめとレイラちゃんが吸血鬼の中でもイレギュラーなのはわかったけどさ、じゃあ逆にスタンダードな吸血鬼ってどんなの?」
「んー、まあ、さっき説明した通りなんだけど……金髪金眼に牙、人を惹き付ける美貌に不老不死の肉体、人の理を超えた魔術を持つ『
まあ眷属が作った眷属は金髪金眼じゃないらしいけどね――と海鳥は付け足した。
「あ。あとゆーくんってフィクションの吸血鬼をイメージしていると思うけど、フィクションほど弱点多くないね」
「え、じゃあ日光浴びても灰にならねえの?」
「うん。かめくん以外も灰にならない」
海鳥は口を休めるために一旦あんこが入ったクレープを食べて、飲み込んだ。
「日光を浴びても灰にならないし、十字架を向けられても怯まない。聖水を浴びせられても肌は溶けないし、銀の弾丸で打ち抜いても弱体化しない。首を切られても、心臓を貫かれても絶命しない」
「何それ無敵じゃん」
「んー、まあね」
海鳥は苦い表情をした。
「私達が言う吸血鬼と、ゆーくんが思い浮かべているフィクションの吸血鬼の一番の違いはここだね。フィクションよりも圧倒的に弱点が少ないんだよ。ほぼないと言っていい。殺すには不死力が尽きるまでダメージを与え続けるか、肉体を瞬時に完全破壊するくらいしかないの。……『
「……へえ」
海鳥の説明を聞いて、またもや感心した声を出すゆーき。
「じゃあ、海鳥達の職業って、めっちゃ大変なんだな」
「そりゃあ、人の理から外れた存在を退治するのが仕事ですから、もちろん大変ですけども……でも、私達の仕事って、ほとんどがクリーチャーズの駆逐とか、他の魔術師の護衛が多いからね。別に無理難題を毎回こなしているわけじゃないんだよ……クリーチャーズは直属の眷属に比べたら不死力は弱いし、心臓か脳のどちらかを破壊したら死滅する。……私達は吸血鬼に対抗できるだけの魔術を、習得しているしね」
「ふうん……そっか」
ゆーきは何故かそこで安心した表情をした。
そこでそんな表情をしたのは、人類が吸血鬼に対抗できる手段があると聞いたからだろうか? わからない。
ゆーきは言った。
「つーか、じゃあ吸血鬼って、俺のイメージと全然違うんだな」
「うーん……まあフィクションの吸血鬼とまったく違うわけじゃないけどね。共通していることもあるけど、『そのもの』じゃないって話――共通点で言えば、歴史的吸血鬼の方が少ないし」
「ん? 何それ???」
海鳥が突然呟いた単語に、頭の上に疑問符を浮かべるゆーき。
俺も気になったので訊いた。
「歴史的吸血鬼って、ペーター・プロゴヨヴィッツとか、アルノード・パオレのことか?」
「え、かめくん知ってるの?」
確認すると海鳥は驚いたようにそう言った。
最近調べたから確認したけど……合っていたのか。
「ん? そのペーター……アーマードさんって誰? その人、歴史的に偉大な吸血鬼なの?」
「違う。ペーター・プロゴヨヴィッツと、アルノード・パオレ……歴史上、実際に存在して記録された人物達で、吸血鬼って信じられた死者だよ」
「うん。そうそう」
俺の説明に海鳥は頷く。
ざっくり要約して伝えたが、どうやら専門家からの訂正はないようだ。
「別に有名じゃないから、ゆーくんが知らないのも普通なんだけどね? 二人は歴史的吸血鬼を代表する死者なの」
「えっと……そもそも歴史的吸血鬼って何?」
「んー……まあかめくんが言った通りなんだけど。歴史的吸血鬼は歴史上実在した人達で、死後、吸血鬼になったって信じられた死者達のことなの……あとはまあ、フィクションの吸血鬼像ができる礎になったもの……って言ったらわかりやすいかな?」
「啓蒙時代って単語は聞いたことあるだろう? 一八世紀のヨーロッパでヴァンパイア論争ってのがあって、その時に聖職者とか医者とか、新聞記者とか皇帝とか、色んな有権者に歴史的吸血鬼は注目されて、その正体を解明しようとしたんだよ……まあ、歴史的吸血鬼の正体は言ってしまえばただの死体なんだけど……当時の人達はそれを証明するために躍起になって……その時にヴァンパイアって英単語はできたんだ。で、それから一九世紀になって『吸血鬼ドラキュラ』とか『女吸血鬼カーミラ』とか、俺達が思い浮かべる吸血鬼像ができたって話だ」
「へえ……」
「へえ……かめくんよく知ってるね」
「……まあな」
自分がなった存在くらい、調べられることは調べている。
民間伝承とか吸血鬼の定義とか、実際に起こった事件の記録とか……ある程度調べても、自分がどんな存在になったのか、明確にしてくれる情報は一つもなかったけど。
わかったのは、フィクションよりも民間伝承や歴史的吸血鬼の方が、レイラと共通点が多いってことくらいだ。
歴史的吸血鬼は牙を持たない。
伝承や記録事に異なるが、吸血鬼は様々な災害を引き起こす。
疫病。悪天候。悪夢。事故。人の死。
『災禍の化身』――そう言われているレイラと、通ずるものを感じる。
「……ん?」
と、そこでスマホの通知音と振動がした。
「ん。だれー?」
「俺じゃないな」
「ああ、俺だな」
そう言って俺はスマホを出す。
すると海鳥が驚いた声を出した。
「えっ⁉ かめくん私達以外に友達いるの⁉」
「うるさい。友達なんていなくても、連絡してくれる人くらいいるわ」
「……わー。辛辣な突っ込みかと思ったら友達少ない宣言だったぜ」
海鳥の突っ込みを無視してスマホを開く。
連絡をくれた相手は姉だった。
『テストお疲れ様。問題なかった?』
「…………」
文面を見て、少し考えて、俺は『全教科もーまんたい』と送る。姉からはすぐに『なんで中国語なの?』と返信が返って来た。
『特に意味はないよ』……と、俺は入力して返した。
……と、そこで海鳥が質問をしてきた。
「ねえ、かめくんさあ……そういえば学校でもたまにそうやってスマホいじってるけど、いっつも誰と連絡してるの?」
「あん?」
「どうせかなえさんだろ?」
俺が答える前に、ゆーきがそう答えた。
見ると、ゆーきはにやにやと人の顔を見て笑っていた。
人をからかおうとする鬱陶しい顔だ。
「かなめがよく連絡する相手なんて、かなえさんしかいないし」
「ああ、かなえさんか! 確かかめくんの
「……あ?」
と、そこでちょっと引っ掛かったので、俺は海鳥に訊いた。
「なんで海鳥が姉ちゃんのこと知っているんだよ? ……話したことねえだろ?」
「ん? あー、それはですねー……」
「ああ、そりゃ俺がこの前写真見せたからな」
訊くと、ゆーきが間髪入れずそう答えた。
「かなめには超絶美人の、スーパーお姉ちゃんがいるって」
「……おい。何勝手に人の家族の写真、見せびらかしてんだよ」
「別にいいだろー? 減るものじゃないし」
ゆーきは悪びれもなくそう言った。
「実際かなえさん超絶美人だし、自慢のお姉ちゃんだろ?」
「……うんうん。私だったらあんなスタイルのいいお姉ちゃんがいたら、みんなに自慢してるよー」
「すらっとして手足長いし」
「高身長でおっぱい大きいし」
「かなめより頭いいし」
「で、その上運動神経もいいなんて、完璧だよねー?」
「……おい。お前らな」
俺がそう言うと、二人は黙った。
ふざけて盛り上がっている二人に、俺は言う。
「人の姉を褒めてくれてどうもありがとうだけど……それくらいにしとけよ? 確かに姉ちゃんは自慢の姉だけど……目の前でふざけて家族のことを好き勝手言われて――俺がいい気がするとでも?」
「ああ、それはしないな」
言うと、ゆーきはあっさりとそう認めた。
しかしあくまでも笑いながら、ゆーきは言う。
今回は人をからかおうとする笑みではなかった。
「悪い悪い。もうしねえからそう怒るなって」
「……別に怒ってないけど」
「そうか? だったらいいけど――かなめってほんとシスコンだよなー?」
「ゆーきうるさい黙ってろ……ん?」
と、そこでレイラにパーカーの袖を引っ張られた。
引っ張られて俺はレイラの方を向く。
「かなめ」
「ん? どうしたレイラ?」
訊くと、レイラは二枚の紙を俺の目の前に突き出した。
その二枚はクレープの包み紙だった。
レイラは包み紙を持ったまま言った。
「儂もう一個食べたい」
「……マイペースだな、レイラは」
このあとキャラメルブラウニーのクレープを買った。
滅茶苦茶美味しそうに、レイラはそれを食べた。
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