第十二話 レイラとの日常
ボーリングはあんまり得意なスポーツではない。
別に運動は苦手じゃないし、人間だった頃から運動能力は人並みにあると自負しているが、しかし、俺は運動のセンスが昔からない方で、小学校時代からやっていたバスケ以外の球技は、記憶している限り、人並み以下の成果しか残したことがないのだが――そんな俺にゆーきがボーリングをしようと誘ってきたのは、期末テストがすべて終わった当日のことだった。
帰宅後、こんな電話が掛かってきた。
「もしもし」
『おう、かなめー、今何してる?』
「飯食ってるけど」
『お? 今日の昼飯は?』
「
『へえ、いいじゃん――ところでさあ、これからボーリングに行かね?』
「はあ? なんで?」
『いやー、期末テストもやっと終わったし、せっかくだから遊びたいじゃん?』
「……それだったら海鳥と行けよ」
『いや海鳥も誘ってるけどさ、かなめも行こうぜ?』
「行かないけど……つーか、俺がレイラの世話しないといけないの、知ってるだろ?」
『知ってるけど――じゃあレイラちゃんも連れてきたらいいじゃん』
「あ?」
『じゃ。三時に駅前集合な。無視せずちゃんと来いよ~』
「おい」
そこで一方的に通話を切られた。
数秒沈黙して、考えて、それから俺はレイラに話し掛けた。
「レイラ」
「ん?」
「街に出るぞ」
ということで、俺はレイラを連れ出すことにした。
別にゆーきの言葉に従う必要はないし、行くにしても、レイラを連れて行く必要はない。
人慣れしていないレイラを人気の多いところに連れて行ったら、トラブルが起こる可能性が高いが……まあ、たまには外に連れ出して、知らない文化に触れるのもいいだろうと思ったので、俺はレイラを連れて駅前に行った。
「お。来た来た」
「へーい! かめくんおっそーい!」
「……別に時間通りだろ」
駅前。
多くの人で賑わう大通りの面した場所で、俺は自転車から降りながらそう言った。
大型の駐輪場に自転車を止めて、前かごに入れて運んできたレイラをお姫様抱っこ形式で、自転車から降ろす。
降ろしたところでゆーきがレイラに言った。
「おーう。レイラちゃん久しぶりー。髪切っておしゃれしてんじゃん?」
「あぁぐ!」
「あっぶね⁉」
頭を撫でようとしたゆーきにレイラが噛み付こうとした。
寸前のところで手を引っ込めて、ゆーきは事なきを得る。
「グルルルルルルッ‼」
「こら」
「あだ」
俺はレイラの頭にチョップして、意識をこちら側に戻す。
それから言った。
「威嚇するな噛み付こうとするな……誰か近付いてきたら俺の後ろに隠れろって言っただろ?」
「むー」
「むーじゃない……つーか、ゆーきも」
「ん?」
俺は危うく指をなくし掛けた……というか、危うく死に掛けた友人に言った。
「気軽にレイラに近付くな。冗談抜きで死ぬぞ?」
「はっはっはー、悪い悪い。いやー、レイラちゃんめっちゃかわいくおしゃれしてるから、こりゃ褒めないとダメだなって思って」
「……命掛けるなよそんなことに」
「何言っているんだよ。女の子がおしゃれしてたら褒めないとダメなんだぜ?」
それが男の義務だと言うように、ゆーきはへらへら笑いながら言った。
いや……言うようにというかこの軽薄な男は、本気でそう思っているやつだった。
「しっかしこうして見たら、レイラちゃんってほんと絶世の美少女だよな? この純白のワンピースもめっちゃ似合ってるし……これかなめが選んだの? 年中ジャージにパーカーのお前にしてはいいセンスじゃん」
「……そりゃどうも」
俺は周囲の視線が気になってきょろきょろと頭を動かしているレイラの頭を撫でながら、ゆーきの誉め言葉にそう返した。
ゆーきが言うように現在のレイラは俺のTシャツ一枚の格好ではなく、白いワンピースを着ている。
染み一つない純白のワンピースに、黒色のミュールサンダル。
人気の多い場所に行くからだらしなく感じない程度に身なりを整えさせたが、シンプルな衣装でも造形が整っているレイラが着ると、周囲の視線をかなり集めた。
まあ白銀の髪に紅い瞳の美少女が街中に唐突に現れたら、誰でも視線を向けるだろうが。
俺だって二度見する。
……ちなみに、レイラと同じ髪と瞳の色を持つ俺にも通行人は視線を向けてくるし、高身長に金髪、青い瞳を持つゆーきにも視線は向けられているが、俺の場合、造形美から視線を向けられているわけではなく、珍しさから向けられている。
じろり――と周囲に視線をやると、こちらを見ていた通行人はそそくさと目を逸らした。
俺はゆーきに言った。
「早くボーリング場に行こうぜ。今日はそれが目的だろ?」
「おう。じゃあ揃ったし移動するか」
そう言って俺達は移動した。
ゆーきと海鳥、その後ろに俺とレイラは手を繋いで、徒歩でボーリング場に向かう。
ボーリング場は今いるところから五分ほど歩いたところにあるが、辿り着くまで人口密度が高い道は避けて、誰もレイラにぶつからないように配慮しながら移動する。
「うお⁉ なんじゃここ⁉」
ボーリング場に着くなりボールがピンに当たる甲高い音に、レイラは驚いていた。
「ボーリング場……ボーリングって遊びをする場所だよ」
「? ぼーりんぐってなんじゃ???」
「ああやってボールを転がしてピンを倒す遊びだけど……『ボール』とか『ピン』とか言ってもわからないよな?」
「? うん」
「よし、だと思った」
とりあえず、すぐ遊べるように受付を済ませて、ボーリング専用の靴をレンタルして、自分達のレーンに移動する。
レーンの頭上にある画面には『ゆうき』『さつき』『かなれい』と、三つの名前が表示されていた。
俺はレイラに教えながら一緒にプレイするため、名前を一緒にまとめてもらっている。
「むう……これやじゃ。脱ぎたい」
「ちょっとくらい我慢しろ。ボーリングする上でこれは必要なの」
「むう」
履かせて五秒でボーリングシューズを脱ぎたいとぐずるレイラを、俺は宥める。
俺の様子を見てゆーきは笑った。
「はっはー。すっかりお兄ちゃんが板に付いてんじゃん」
「……お兄ちゃんが板に付くってなんだよ」
「今のかなめの状況」
「うるさい。お前からだろ。いいからさっさと投げろよ」
「おーう。そんじゃあ久々にやるかー」
そう言いながらゆーきは肩をぐるぐる回して、自分のボールを持ってレーンの上に向かう。
それから通常とは異なる持ち方をしてボールを思いっ切り投げた。
「私ボーリングすごい久々だなー、かめくんは?」
ゆーきが放ったボールを見ながら、俺の正面に座る海鳥はそう言った。
俺は質問に答えた。
「俺も久々だ。二年くらい前にゆーきに誘われてやったきりだよ」
「うわー、私以上にスパンが開いた人が目の前にいる……私高校に入学して一度行ったきりって意味だったのに」
「よっしゃーい! ストライーク!」
高速で曲線を描きながらピンをすべてなぎ倒したことにガッツポーズを取りながら、ゆーきがこちらを向いて戻ってくる。
「ゆーくんすご‼ っていうか今、ボールめっちゃ曲がらなかった?」
「おう、めっちゃカーブ掛けたからな!」
パチン――と。なんの意味があるかわからないハイタッチを二人はして、次は海鳥が自分のボールを持って立つ。
「さあって……投げるぞー」
「おー、いったれ海鳥ー。クラスの女子ナンバーワンの実力、かなめに見せてやれー」
「ふっ。見ててかめくん……私、ドストレートでストライク取るから」
「ん? お前ら、一緒にボーリング行ったことあるのか?」
「うん。入学してすぐの時にクラスメイト全員誘って、最強王決定戦した」
「……俺、その集いに誘われた覚えないんだけど?」
「とりゃー!」
華麗に俺の質問を無視して海鳥はボールを放つ。
宣言通りボールは一切曲がらず、ゆーきとは対極の一直線の軌道で転がっていき、一〇本あるピンをなぎ倒した。
ゆーきと同じく、ストライクの文字が画面に表示される。
「おっしゃあー!」
「おー……さすが俺のライバル」
ゆーきの時と同じようにハイタッチを交わして、海鳥は自分の席に座る。
ライバルなのにハイタッチをする意味はなんなのか。よくわからなかった。
次は俺とレイラの番だ。
俺もゆーき達と同じように、自分のボールを持って立つ。
そして隣に座っているレイラに言った。
「じゃあ手本見せるから、よく見てろよ」
「ん? うん」
ゆーきと海鳥の動きをぼーっと見ていたが、特に何も意識していなかっただろうから、俺はそう言ってレーンの上に上がる。
助走を付けてボールを放る。
ゴロゴロゴロゴロー…………カン。
「あ」
一本しか倒せなかった。
それを見て海鳥は笑った。
「ぷっ。かめくんへたー」
「うるさい。お前らが上手過ぎるんだよ」
戻ってきたボールを掴んで、二投目を投げる。
今度は反対側の二本が倒れた。
合計点数は三。その後ゆーき達は二投目を投げる。
ゆーきと海鳥は二投目もストライクを取った。
俺とレイラの三投目。次はレイラが投げる番だ。
「やり方はわかったか?」
「うむ。これであの棒を倒せばいいんじゃろ?」
「そうそうそうそう……じゃあやってみろ」
「うん」
というわけで、レイラ生涯初のボーリング。
一投目。
「……そぉっとだぞ。そぉっと。両手で投げろよ」
レイラは俺が言った通り、両手でボールを投げる。
ファールラインぎりぎりまで歩いて行ったレイラは、落とすようにボールを投げた。
ゴン! ゴロゴロゴロゴロー……。
……と、低速でボールはレーンの上を転がっていく。
「お?」
「……おおぉ」
三点。
右端の三本を倒して、俺と同じ点数を取った。
「かなめと同点じゃん」
「だねー」
「……これでよいのか?」
「ああ……つーかよく三本も倒したな。凄いな」
「ん……儂凄いのか?」
「ああ」
初めて投げて、ガーターにならなかったのは凄い。
正直まっすぐ投げられないと思っていたし。
「……そうか。儂凄いのか」
褒めると少し嬉しそうにレイラは笑った。その後ボールが返って来たので、レイラはそのまま二投目を投げた。
二投目はガーターだった。
「あちゃー」
「……これはどうなんじゃ?」
「ガーター。まあ一番悪い結果だな」
俺はレイラに説明して、次はまたゆーきのターンになる。
そのあと、ゆーき、海鳥、俺とレイラで交互に、順当に投げてワンゲームを終えると、各点数は次の通りの結果になった。
ゆーき――二八六点。
海鳥――二一〇点。
俺とレイラー―六〇点。
ゆーきと海鳥は三倍以上の点数を取っていた。
「かめくんほんと下手だねー」
「うるさい」
「あー……かなめって運動神経いいけど、運動のセンスは壊滅的だからなー。練習したらある程度のことは人並みにできるけど、したことないやつは並以下だし……卓球とかテニスとかも、超下手だぜ?」
「だからうるさい」
まあ確かにその通りではある。
でも、二人とも得点を取り過ぎだ……平均がどの程度のものなのかわからないけど、『遊び』程度のボーリングなんか、一〇〇点超えたらいい方じゃないのか?
ストライクってどうやったら取れるんだ。
「あ、俺飲み物買って来るけど、なんかいるものある?」
「私オレンジー」
「かなめは?」
「あー……じゃあ俺コーヒーで」
「おっけ……レイラちゃんは何がいいのかな?」
「ああ、こいつにはリンゴジュースとか、炭酸以外の甘い飲み物で頼む。……レイラ、炭酸飲めないから」
「へえ。レイラちゃん炭酸飲めないんだ?」
「ああ」
この前試しに飲ませたら泣いた。
どうも、炭酸の喉を通る感覚が嫌らしい。
ゆーきが飲み物を買ってきたところで、二ゲーム目をプレイした。
結果はワンゲーム目とそんなに変わらなかった。
ゆーきは二八八点。
海鳥は一九六点。
俺とレイラは六八点だった。
相変わらずゆーきと海鳥の点数は高い。
「……むうん」
と、二ゲーム目が終わったところで、レイラが画面を見ながら不満そうに唸った。
それからゆーきとピンの方を交互に見る。
「どうした?」
「……なんでもないわい」
そう言って自分が座っていた椅子に戻って、座って、じぃっとゆーきを睨みながらジュースを飲むレイラ。
……イラついている?
画面の文字と、数字は理解していないと思うけど……まあ『ピンを多く倒した方がいい』ことと、ゆーきや海鳥の『表情』から、俺と自分が大差負けしているのはわかっているか。
「うーん……自己ベスト更新できねえなー……もうちょいなんだけど」
「私もボーリング得意な方だけど、ゆーくんの最高記録っていくつなの?」
「二九七」
「二九七⁉ プロじゃん!」
「だー、中学の時に上振れで出た数字だけどな? まあでも……今日なんか更新できそうなんだよな?」
三ゲーム目、開始。
ゆーきと海鳥はもう何度目かわからないストライク。
三ゲーム目の最初はレイラが投げたが、二回ともガーターだった。
「……むう」
「まあまあ」
二回目、三回目、四回目、五回目と投げていく。
ゆーきと海鳥は相変わらずほとんどストライクだったが、俺とレイラはガーターの方が多かった。
そして、三ゲーム目の六回目に差し掛かったところで、事件が起こった。
「……むう!」
六回目の一投目。
レイラは再度ガーターになったところで、頬を膨らませてそう唸った。
ぴりぴりとした空気が周囲に流れたため、俺はレイラを宥めた。
「そうカッカすんなよ。ただの遊びなんだし」
「……かなめは悔しくないのか?」
「んー……まあ勝つのが目的じゃないし?」
今日は遊ぶのが目的だから、勝敗とか悔しさとかは、正直どうでもいい。
「次俺投げようか?」
「いい……次も儂が投げる」
「そうか」
「うん」
そう言ってレイラはボールを回収する。
そこで海鳥が話し掛けてきた。
「ねえねえ、かめくんかめくん」
「あん?」
「(……『
何故か小声だった。
「別に大丈夫だけど」
「(……本当に? いきなりここら一帯なくなったりしない?)」
「そうならないために俺がいる」
チラリ――と、話しながらレイラの方を見る。
レイラはボールを両手で持ってじぃっと並んだピンの方を見ていた。
「(……いやそうだけどさ……本当にかめくんしか止められないんだから、いざって時は頼むよ?)」
「……まあその時はどうにかするけど、でもレイラがチカラを使う時って、俺わかるし」
「むん!」
ゾワリ――と。
そこで気温が一気に下がったような悪寒に襲われた。
レイラがチカラを使う時に感じる悪寒。
再び見ると、レイラは片手でボールを掴んで、上に持ち上げて大きく振りかぶっていた。
とっさに叫んだが――遅かった。
「あ、ばか!」
「むうん!」
オーバースローで放たれたボーリングの球は剛速球で並んだピンのところに飛んで行く。
……ガ、ゴンッッッ!
と、あり得ないほど大音量と振動をボーリング場に響かせて、ボールはすべてのピンを薙ぎ払った。
「「ブフッ‼」」
ゆーきと海鳥が同時に飲んでいた飲み物を吹く。
画面にはストライクの表示が出ていたが、ボールが直撃したレーンの奥からはもくもくと煙が上がり始めた。
それを見てレイラは満足そうに頷いた。
「うむ……よし」
「よしじゃねえ!」
「ん?」
「……その顔何もわかってないな? いやわかっていたけど、お前がそんな顔するのは!」
「あはははははははは! レイラちゃんそれはやり過ぎだろう! あはは! やっべ、腹いてえ!」
「ゆーき黙ってろ! ああもう……どうするんだよこれ?」
「かめくん」
と。
額に手を当てて考えていると、海鳥が俺の名前を呼んだ。
打開策があるのか、海鳥は真顔で言った。
「逃げよう」
「それ一番だめだろう?」
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