第十話 丈夫獅子
クリーチャーズは獣の姿をした吸血鬼だ。
オルトロスやライオン。蛇や鷲。様々な獣の姿をしたクリーチャーズと戦ってきたが、その本質は吸血鬼だ。
肉体的な特徴は異常な大きさの身体と金色の瞳。それに牙を持っていて。
吸血鬼故に、桁違いな再生能力と身体能力を併せ持つ。
クリーチャーズは俺が吸血鬼になってからよく遭遇する存在だ。これまで何度も何度も戦ってきたから、弱点も知っている。
クリーチャーズは俺と同様に日光で灰になることはないが、俺とは違って、頭部か心臓を破壊したら絶命する。
「…………ッ!」
目の前に広がる爆炎の熱と衝撃を肌で感じながら、俺は爆撃地を見る。
佐々木の炎。
オルトロスや俺の身体を焼き尽くした炎が、ライオンの身体に直撃した。
ライオンは超高温の炎と煙に包まれる。
が。
「チッ!」
炎の中から飛び出して来たライオンの一撃を避けて距離を取って、再度ライオンの身体を確認する。
無傷。
確かに佐々木の火球は直撃したはずだが、何故かライオンは無傷だった。
治っているんじゃなくて、そもそも傷付いていない。
……どういうことだ?
「ちょっと神崎かなめ! あんた、逃げてばかりしないで戦いなさいよ!」
と、空中からちまちま火球を撃っていた佐々木から、叱責の声が飛んで来た。
佐々木は俺の近くに降りてくる。
地上から一〇センチすれすれを滞空して、ふわふわと浮いた状態で、俺に言った。
「あんたやる気ないでしょ?」
「そりゃお前もだろ」
さっきから空からちまちま火球を撃つばかりで、有効な攻撃をしている気がしない。
というか、有効じゃないとわかっていて、火球を放っている気がする。
「つーかありゃどういうことだ? お前の攻撃、まったく効いてないけど」
炎を喰らっても傷一つ付かないクリーチャーズなんて遭ったことがない。
このライオンはゴールデンウイーク初日に俺を襲ってきた奴と同型……だと思うんだけど、あの時の奴に炎を無力化する能力なんてなかったはずだ。
……と思っていると、佐々木は何を言っているのやらという目を俺に向けた。
「何? あんたもしかして知らないの?」
「あん?」
「クリーチャーズ」
佐々木は言った。
「あいつらは『
「? ??」
何を言っているんだ、こいつは?
急に専門用語を言われても、よくわからない。
「で、その一種であるタイプ・『
佐々木はこれくらい知ってて当然……とでも言うように言った。
俺は嘆息して言った。
「悪いけど俺は
オルトロスとかヘラクレスは俺でも聞いたことがある単語だけど、それが神話上でどんな存在で、どんな特徴を持っているのかは、他人に説明できるほどは知らない。
だからエキドナとかネメアの獅子とか、説明なしで話されても理解できないし、わからない。
と――そこでライオンが俺達に向かって襲い掛かってきた。
俺と佐々木は左右に跳んでライオンの突進を避ける。
俺は叫んで訊いた。
「よくわかんないけど! こいつにお前の炎が通じてないのは! 神話の怪物をモデルにしているからってことでいいのか⁉」
「言い方ムカつくけどそう!」
俺の声に佐々木は叫び返す。
「クリーチャーズは
「じゃあ、このライオンはなんだ!」
「『
おい、思っていたよりも
どんな武器でも傷付けられないって……。
佐々木は火球を一発ライオンに撃ち込んで、俺の近くに浮く。
ライオンは無論無傷だった。
「こいつ、どうやって倒すんだよ?」
「そんなの、武器使わずに倒したらいいのよ」
「? つまりどういうことだ?」
「こういうことよ!」
そう言うと佐々木は十字架を上空にぶん投げた。
そして、ライオンに向かって突進して行く。
猪突猛進と表していい攻めだった。
ライオンの元に一直線に向かい、牙と爪を避けて、佐々木はどでかい腹に拳を叩き込んだ。
一撃。
二撃。
三撃。四撃。
五撃。
六撃。
そして最後に蹴りをぶち込んで、ライオンをぶっ飛ばした。
「ネメアの獅子は武器では一切傷が付かなった。けど、その後三日三晩ヘラクレスに首を絞められて退治されたって言われているわ――つまりこいつには、武器を使わない攻撃が有効なのよ」
ライオンをぶっ飛ばしたあと放り投げた十字架をキャッチして、そう説明してくれる佐々木。
なるほど。
確かに十字架や火球で傷付かなくても、素手による攻撃は有効なようだ。
武器を使用した魔術は通じなくても、身体能力上昇等の魔術は有効……ということか。
ぶっ飛ばされたライオンは内臓までダメージが通ったのか、口から血を吐いて、伏していた。
腹が裂けて、大量の血が地面を濡らす。
大した怪力だ……あれは何個か内臓が潰れている――けど。
「グルルルルルルルッ!」
ライオンが唸ると同時に、傷が再生していった。
グチュグチュ、グチャグチャ、ジュルジュルと。
グチュグチュ、グチャグチャ、ジュルジュルと。
出血した血液は体内に戻り、裂けた傷は時間が巻き戻るように修復した。
「…………」
再生速度は俺と比べたら遅い。一瞬で治るわけでも、再生の経過が見えないわけでもない。
ただ、問題はこのライオンが『武器特防』と『再生能力』、この二つの能力を持っていることだ。
「おい治っちまったけど、あいつを一撃で倒す手段はないのかよ?」
「そんなのあるわけないでしょ? 武器通じないんだし、不死力が尽きるまで殴るしかないわよ」
「……そうか」
「まあ強いて言うなら、核である心臓を一撃で潰すことだけど……あんた一撃で潰せる?」
佐々木が訊いたあとライオンが突進してきた。
すると佐々木は「次はあんたのチカラを見せて」と言わんばかりに、黙って上空に飛んだ。
俺は横に逃げてライオンの突進を避ける。ライオンはそのまま方向転換して、俺に向かって突っ込んで来た。
「よっ」
俺は右腕を肘辺りまで地面に突き刺す。
「――っと!」
そしてタイミングを見計らって、ライオンの顔面に向かって砂利をぶち当てる。
目くらまし。
吸血鬼の腕力で投げた砂利を顔面に直撃させたのだから、少しくらい怯んでくれてもいいと思うのだが、ライオンは一切気にせず体当たりして来た。
しかし、砂のカーテンで視界が塞がれたことでライオンは俺の姿を見失い、攻撃を外す。
ライオンが俺を見失った隙を付いて、俺はその巨体の左側から手刀を突き刺す。
肋骨と肋骨の間に腕を突っ込んで、肉体を抉る。
狙いは心臓……だったが、俺は自分の右手を突き刺した瞬間に失敗したと思った。
「……硬いな」
右手は手首まで突き刺したところで止まる。
ライオンの肉体は俺の怪力では心臓に届かないほど、頑丈で硬かった――いけると思ったんだけど、だめか。
つーかまずいな。右手が抜けない。
「……っとっとぉ⁉」
ライオンは俺に噛み付こうと暴れた。
位置的にライオンの牙は俺に届かないが、佐々木の十字架より大きい、ライオンの運動エネルギーは凄まじかった。
左右に一度回るだけで右手は抜けて、俺の身体は吹き飛ぶ。
地面を二、三回バウンドして転がってすぐ起き上がると、俺の目の前にライオンの爪が迫っていた。
猫パンチ。
なんて生やさしいものじゃなかった。
直撃した顎から胸に掛けての部位が吹き飛ぶ。
衝撃で俺は再度、地面を転がる。
起き上がるとライオンが更に距離を詰めて来ていたため、俺は後ろに飛んで攻撃を避けて、ライオンに反撃する。
俺の回し蹴りはライオンの顔面に直撃した。
顔の側面を蹴られて、ライオンの頭が少しだけ右に傾く。
が――それだけで大したダメージはなさそうだった。
ジロリ……と金色の瞳が俺に向く。
「チッ!」
当てた右足に力を込めて俺は自分の身体を飛ばす。離れてもライオンはすぐさま距離を詰めてきたが、そこで佐々木が俺とライオンの間に割って入って、顔面を殴ってぶっ飛ばした。
「全然だめじゃない」
佐々木は吹き飛ばされたライオンを見ながら言った。
佐々木の拳を喰らったライオンの顔面は、俺の蹴りを喰らった時と違って陥没していた。
凹んだライオンの頭部は再生を始める。
再生してライオンが動かない隙に、佐々木は言った。
「どんな戦い方をするのかと思って黙って見てたけど、あんた、火力なさ過ぎない? あんたが今まで与えたダメージよりも、今のあたしの一撃の方が削っているんですけど?」
「そうだな」
「そうだなって……あんた『
「生憎、超本気で戦ってる」
俺は言った。
「なんか勘違いしているみたいだから言うけど、俺はそんなに強くないからな? クリーチャーズなんて、これまで一頭も倒したことないし」
「は? 嘘でしょ? あれだけチートな能力持ってて?」
「嘘じゃない事実だ……まあ確かに、『
「嘘……吸血鬼の『共通能力』しか持ってないなんて……『
「できてりゃ最初からしている」
「…………」
俺の発言を聞いて佐々木は黙った。
たぶん、俺の吸血鬼としての能力を知って、『弱い』と思っているんだろう。
そう。
俺の戦闘力はそんなに高くない。
身体能力を強化できると言っても、火力は佐々木よりも下だし、特殊な訓練を受けたわけでも、何かしらの武術を習得しているわけでもない。
元々、並の高校生なのだ。
これまで何度かクリーチャーズに襲われて戦ったことはあるけど、俺が一人でこいつらを倒せたことは一度もない。
「そう言えば、きのうの『
「そうだよ。クリーチャーズを殺せるほどの火力を、俺は持っていない」
「…………」
俺の言葉を聞いて再度黙る佐々木。
それから嘆息をした。
「はぁ……じゃあつまり、あんたじゃあいつを殺せないってことね――チッ。『
あからさまに舌打ちをしてイラついた表情をする佐々木。
それから佐々木は十字架を地面に突き刺した。
「あんたは下がって――なくていいけど、陽動くらいはしなさいよね?」
「陽動でも肉の盾でもこなすけど……大まかな作戦は教えろ。具体的にどうする?」
「心臓を潰す」
佐々木は両手の関節をポキポキと鳴らして。
「あんたじゃ無理だったけど、あたしだったら貫ける」
「なるほどな……じゃあ俺はお前が心臓を狙いやすいようにアシストしたらいいのか」
「物分かりがいいわね」
そう言ったところで、頭部の再生が終わった。
ライオンは唸って、俺と佐々木の動きに警戒するように構える。
その時だった。
ゾクッ――と。
周囲の気温が一気に下がったような悪寒に、唐突に襲われた。
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