第八話 目的
「この街で、吸血鬼が犯人の事件が起こっている」
本題に入ると言った佐々木は、そう言って話を切り出した。
「被害者は全員で四人。全員が一人暮らしの二〇代の女性で、外傷が一切なく殺されている――最近ニュースで『連続女性変死事件』って言われているあれ……あれ吸血鬼の仕業なのよ」
『最近、そっちで変死体が何体か見付かったって聞いたから』
『かなちゃん、人里から離れたところに住んでいるんだから、戸締りはちゃんとするのよ?』
佐々木の発言で俺は姉の言葉を思い出す。
……確か、きのうそんな話をした。
「それ、本当なのか?」
「本当よ」
即答する佐々木を傍目に、俺は海鳥の方を見る。
「うん、本当だよ――だって調べたの私だし」
海鳥は俺の視線の意図を汲み取って、ハンバーガーを頬張りながらそう言った。
「えっとねー、かめくんとゆーくんって、魔力についてどれくらい知ってるっけ?」
「あ?」
「魔力って……あれだろ? ゲームで言うMPみたいに、海鳥達が魔術を発動する時に使うエネルギー……だよな?」
「うん、そうそう」
ゆーきのゲームの知識に海鳥は頷く。
「えっとね、ちょっと
唐突に魔力について説明をする海鳥。
……唐突になんだ?
「でもね、人間と吸血鬼が生成する魔力って、まったくの別物なの」
海鳥が言うには、吸血鬼は生物として人間とまったくの別物らしい。人間と猿、もしくは犬、猫、鳥……なんでもいいが、吸血鬼は人類とはまったく別種の存在だそうだ。故に、人間がどれだけがんばっても吸血鬼の魔力を生み出すことはできないし、逆に吸血鬼も人の魔力を生み出すことができないそうだ。
「魔力の生成方法はある程度決まってるから、同じ魔力生成法を使えば誰でも『量』も『質』も同じような魔力を生み出せるんだけど、人はどれだけ頑張っても吸血鬼の魔力を生み出せない。……で、ここからが問題なんだけど」
「すべての死体から吸血鬼の魔力反応があったのよ」
海鳥の言葉を遮って佐々木が言った。
佐々木が言うには、今日、佐々木は遺体留置場に行って、すべての遺体を調べたらしい――『連続女性変死事件』は六月から続いている事件だ。
被害者は全員が一人暮らしの女性。外傷がなければも持病もない女性が唐突に亡くなることから、当初は心臓麻痺が原因じゃないかと言われていたが、短期間で、似たような状況で亡くなる女性が多いことと、心臓麻痺が原因だとすれば不自然なことが多いことから、最近事件性が疑われて話題になっている。
「今日全部の遺体を見てきたけど、本当に傷一つなかったわ……というか、少しも腐敗していなかった」
人に限らず生き物は死んだら腐敗が始まる。水分の抜けや皮膚の変色、死臭など、腐敗の症状は色々あるが、佐々木が確認した遺体には、そのほとんどが見られなかったそうだ。
「遺体が吸血鬼化していた」
佐々木は言った。
「遺体が綺麗過ぎるからどういうことなのかと思ったけど、調べたらすぐわかったわ。彼女達、全員が吸血鬼化されて殺されていた――どういうわけか咬み痕は見当たらなかったし、どういう意図でどういう理由でこんな殺し方をしたのかまったくわからないけど、犯人はわざと眷属化を失敗させて、彼女達を殺していたわ」
「……わざと?」
「そう。わざとよ――ほんっと、意味わかんないわ」
佐々木はそう言ってハンバーガーを齧った。照り焼きのハンバーガーを頬張る佐々木の表情は、心なしか苛立っているように見えた。
「えっと、補足するとね……吸血鬼って人間を殺すことは珍しくないんだけど、今回みたいな殺し方をするのは珍しいの……なんでかわかる?」
海鳥の質問にゆーきは首を横に振った。
俺はわかったので答えた。
「非効率だからだろ? 人を殺すだけなら、腕一本あったら十分だし」
吸血鬼の身体能力は通常の人間の比じゃない。やろうと思えば人間の頭なんかアップルパイを潰すように潰せるし、心臓も刃物を使わず素手で貫ける。
「そう。けどこの事件の犯人はわざと眷属化を失敗させて人を殺している――回りくどい殺し方をしているんだよ。……で、そうしている理由がよくわかんないんだよねー」
海鳥と佐々木は、犯人が何故こんな殺害手段を選んでいるのかよくわからないそうだ。
眷属化を失敗させて殺すメリットは特にないらしい。そうしたら不自然なほど腐敗が遅い死体が作り出されて、死体の体内に吸血鬼の魔力が残留するから、魔術に携わる者が調べたら、すぐ吸血鬼の犯行だとわかるそうだ。
「……で? お前らは俺とレイラを疑ってるわけか」
その説明を聞いて俺は二人に訊いた。
この街で起こった吸血鬼絡みの殺人事件だから、この街に住む俺とレイラを疑うのは必然だ。
……そう思って訊いたのだが、海鳥は即座に否定した。
「いやいや、かめくんと『
「……あたしは疑ってるわよ。あんたを」
しかし、佐々木は反対のことを言った。
海鳥はばつがわるそうな表情をする。
「……ちょっと。リアちゃん」
「別にいいでしょ? こいつが一〇〇パーセント犯人じゃない証拠なんてないんだし、この街で起こった吸血鬼絡みの事件なら、こいつを疑うのは当然でしょ」
「……言いたいことはわかるけど、でも昨日言われた――」
「わかってる」
佐々木は納得していない表情で言った。
「……わかってるわよ」
そう言って俺を睨み付けて、すぐ目を逸らした。
その時の佐々木の表情は、まったく納得していないが、自分ではどうすることもできない……という感じの表情だった。
佐々木が言っていることは間違いじゃない。というか、俺も同じ意見だ。
しかし、佐々木の納得していない表情を見るに、どうやら佐々木達の『上』は、何故か俺とレイラを犯人と考えていないようだ。
いや。
それとも犯人と考えていないと、俺に思わせたいだけなのか――。
佐々木はそれ以上何も言わず黙った。
代わりに、海鳥が言った。
「ごめんね、かめくん。気を悪くしないでね?」
「……別にしてないけど」
「だったらいいけど――えっと……リアちゃんは疑ってるって言ったけど、勘違いしないでね? 神崎かなめと『
「…………」
犯人じゃないと言われても、素直に喜べないな。
つーか、違和感しかない。
「でね。かめくんには協力してほしいことがあるの」
「あん?」
「犯人捜し」
「……は?」
俺が首を傾げたから、海鳥はもう一度言った。
「うん。私達だけじゃ難しいから、犯人捜すの手伝って?」
「…………」
考える。
考えて――俺は「保留でもいいか?」と訊いた。
「うん。今すぐ答えなくてもいいよ」
「そうか。そりゃ助かる」
海鳥にそう言われたため、俺は席を立った。
「一旦帰るわ。……レイラに飯、食わさないといけないし」
「はいはーい。りょうかーい」
海鳥はにこやかに笑いながら言う。
いつも通りの笑顔を見ながら、俺は三人が座る席を離れた。
「あ、でも」
と。
俺が完全に席から離れる前に。
海鳥は付け加えるようにこう言った。
「できれば――早めに答え教えてね?」
その発言を聞いて――俺は敢えて何も言わずに、三人から離れた。
店を出る前に夕飯用のセットを二人分買って、自転車の前かごに入れる。そこでゆーきが追い掛けて来たので、二人一緒に自転車を押しながら――俺は先程の殲鬼師二人の話を反芻して、考えていた。
「……あんまり考え込んでもあれだぜ?」
帰り道。
店を出てからずっとしゃべっていなかった俺を心配してか、ゆーきがそんなことを言った。
「あれってどれだ?」
「ん? えぇーっと……あれだよあれ。毒的なやつ」
「……毒?」
「なんかこんな感じのことわざなかったっけ? なかったらなかったでいいんだけど……まあ、情報少ねえのに考え込んでも仕方ねえじゃん? だからもうちょい気軽にしようぜ?」
「…………」
あほのくせにそれらしいことを言う。
けど。
「確かに何が正しい情報かまだわからない……でも、考えないわけにはいかないだろ」
「……それは佐々木に疑われてるって言われたから?」
「それもあるけど……まあいいや。せっかくだし、ちょっと付き合ってくれ。佐々木達の話を整理したい」
「おーう。いいぞー」
ゆーきは間髪入れず軽く返事をする。
俺はまず、一番気になったことを訊いた。
「……佐々木と海鳥の態度、どう思った?」
俺の質問に、ゆーきは少し考える素振りをする。
少しだけ上を見上げて、それから自分の自転車を押しながら、こう答えた。
「んー、まあ……佐々木は滅茶苦茶嫌ってたな」
「まあな」
「ほんとに何したんだよ?」
「だから大したことしてない……きのうの夜、人ん家の庭で暴れていたから、大人しくさせただけだ」
「あー……なるほど」
「ああ」
だからその時のやり取りで俺を嫌ってんだろ……と思う。
「けどまあ、だからってあそこまで敵意剥き出しの理由がわかんないけど」
「……酷いことしてねえの?」
「していない。つーか、傷一つ付けてない」
疲労困憊のところを騙して、ろくな説明もせず地面に組み伏せたから、それを根に持っているんだと思う。だが、それだけで佐々木の態度が説明付くかと言われたら――それだけか? とは思う。
「じゃあ、かなめに原因ないんじゃね?」
「あん?」
「親を吸血鬼に殺されたとか」
「……あー」
確かにその可能性はあるか。
けど。
「……それで佐々木の態度に説明が付くか?」
「え、付かねえ?」
「うーん」
付かない気がする。
「なんていうか……佐々木からは敵意を感じても、害意や殺意みたいなのは感じなかったんだよな……もしもお前が言う通りあいつが過去に親とか――まあ親じゃなくても兄妹とか親友とか……自分にとって大切な人を殺されて吸血鬼退治の仕事をしてんだったら……敵意よりもそういうのが溢れると思うんだよ」
佐々木の過去や性格を知らないから断定はできないが、俺個人ではなく吸血鬼自体を嫌っているとしたら、きのう組み伏せた時に死ぬ気で抵抗しただろうし、さっきのやり取りの最中に、罵詈雑言を吐いたり、飲み物をぶっかけてくるくらいのことをしてきてもおかしくない。
でも佐々木は最初に言いたいことだけ言うと、それ以降は黙々とハンバーガーを食べているだけだった。
だから吸血鬼への憎悪が理由で、ああいう態度を取ったとは考えにくい。
「ほー。まあその説明には納得だけど……じゃあかなめは何が理由で、佐々木がお前のこと嫌ってるって考えてんだよ?」
「わからん」
「いやわからんのかい」
「そりゃわからないよ――情報ないし」
佐々木の過去や性格をそれなりに知っているわけでもないのに、わかるはずがない。
今できるのは、妄想に近い推測だけだ。
「まあ、考えてもわからないものはいいや――次は海鳥の態度だけど、どう思った?」
海鳥皐月。
クラスメイト――兼、俺とレイラを監視するために派遣された、殲鬼師の女子。
海鳥は佐々木と違って数ヶ月の付き合いがあるから、ある程度性格はわかっている。
天真爛漫。
おしゃべりだが気遣いのできるお調子者。
「海鳥? 海鳥は……まあうん、いつも通りじゃね?」
「……だよなぁ」
他から見ても気になるところはないかと思ったが、ゆーきも俺と同じ意見だった。
「流石に話題が話題だったからおふざけなしで真面目にしゃべってたけどさ、それ以外はいつも通りの海鳥じゃね? ……って俺は思ったけど」
「俺も同じだ。別に海鳥の態度に不自然なところはなかった――ただ」
「……何か気になるのかよ?」
「ああ」
俺は言った。
「俺が気になってんのは――あいつらの目的だ」
「……目的?」
「ああ目的――店出る前に、海鳥がなんて言ったか覚えてるか?」
質問しながら、俺は海鳥が言った台詞を思い出した。
『えっと……リアちゃんは疑ってるって言ったけど、勘違いしないでね? 神崎かなめと『
『でね。かめくんには協力してほしいことがあるの』
『犯人捜し』
『うん。私達だけじゃ難しいから、犯人捜すの手伝って?』
「えっと……確か、犯人捜すの手伝ってくれって」
「そう」
海鳥はそう言った。
俺とレイラは白だから、犯人を捜すのを手伝ってくれと。
「それの何が問題なんだよ? 海鳥達は殲鬼師なんだから、犯人捜すのは当然だろ?」
「それはそうなんだけど……問題なのは、俺とレイラを疑ってないことだよ」
「ん?」
俺の発言にゆーきは首を傾げる。
どうやら、俺の言いたいことが伝わっていないようだ。
「それのどこが問題なんだよ? 疑われてないんだったらいいことじゃん」
「……それがそうでもない」
どこから説明したらわかりやすいかな。
……まあいいや。
ちょっと時間食うけど、俺とあいつらの立ち位置から説明するか。
「まず前提だけど、あいつらは殲鬼師で、吸血鬼狩り専門の組織に属している……ここはいいよな?」
海鳥と佐々木は同じ組織に属している。
組織の名前は『不屈の光』。
海鳥の言葉を信じるなら、吸血鬼関連の事件を専門に扱う魔術的組織――らしい。
「吸血鬼関連の事件を専門に扱う――って前に説明されたことあったけど、まあ要するに、あいつらの仕事を簡単に言ってしまえば、吸血鬼を殺すことなんだ。……ここもいいよな?」
「うん」
「で――だ……俺もレイラも、あいつらにとってはクリーチャーズと同じ害獣。本来だったら殲滅対象だから、問題がなかったら問答無用で殺さないといけない……けど、あいつらはそもそも、俺とレイラには手を出せない理由がある。それが何かわかるか?」
「え? そりゃあ」
ゆーきは言った。
「かなめもレイラちゃんも殺せないからだろ?」
「正解」
海鳥と佐々木が――ではなく、『不屈の光』という組織は、俺とレイラを殺す手段を持っていない……いや、もっと正確に言うならば人類には、俺とレイラを殺す手段が――ない。
首を刎ねようが心臓を貫こうが、肉体を細切れにしようが灰にしようが、あらゆる損傷を一瞬でなかったことにするでたらめな再生能力――『
「もっと言えばレイラは『
『
その異名がどういう意味を込められて付けられたのか、俺は知らないが、レイラは人類を滅ぼせるチカラを持っている。
簡単に言えば天変地異を起こせる。
地震、雷、火事、暴風、疫病、津波、寒波……災害に関わる事象ならなんでも引き起こせる。
通常状態だったら口から火を吐いて、前髪から電撃を放つくらいの能力だが、全身から黒い靄が出て人の言葉を話さなくなったら……周囲の環境を変える程広範囲で高火力の能力を行使し、全身が黒い靄に完全に包まれた状態になったら――俺でも簡単には止められないくらい暴れまわって、無差別に被害を撒き散らす。
一度だけ、災禍の化身モードのレイラのチカラの片鱗を見たことがあるが――あれで片鱗だったからな。
『
「で、手を出せない理由がもう一つある――『不可侵契約』だ」
現在、『不屈の光』は俺個人とある契約をしている。
『不可侵契約』――内容は極めて単純。俺とレイラは人間に危害を加えない。『不屈の光』に所属する殲鬼師も、俺とレイラに危害を加えない。
契約を破った場合、破った方が破ってない方の言うことに従う。
「この契約があるから、『不屈の光』は俺とレイラに手を出せない」
「ああ……そういやそんな契約してたな」
ゆーきは思い出したように言った。
それからふと疑問に思ったのか、こんなことを訊いてきた。
「……思ったんだけどさ――かなめって、なんでそんな契約を提案したんだ?」
「……あ?」
「いや、ふと思ったんだけど」
ゆーきは素の表情で訊いて来た。
「確かその契約提案したのかなめだったよな? けど、その契約って必要なの?」
「……と言うと?」
「だって、かなめもレイラちゃんも不死身なんだし、誰もかなめ達に勝てないんだから、そんな契約がなくても一緒じゃね? 誰が戦いを挑んで来ても返り討ちにできるわけだし……そもそもレイラちゃんって魔術師達の世界で有名人なんだから、誰も喧嘩売ってこないと思うんだけど?」
「……ああ」
そういうことか。
「別に『不可侵契約』は戦闘抑止のために提案したわけじゃない……そんな契約結んだところで、破る時は破って来るだろうし……『不可侵契約』はあいつらの目的をわかりやすくするために、提案しただけだ」
『不屈の光』に俺達を害する意思はなく、契約を重視して守ってくれるならそれでよし。
『不屈の光』に俺達を害する意思があり、何かがきっかけで契約を破って来るなら、それもまたよし――俺達を害そうとするなら、俺が取る行動も選びやすい。
「はっきり言ってあいつらが契約を重視しようが軽視しようがどうでもいい。つーか、すぐ破るか利用されると思ってたんだけど……話が逸れたな。話を戻すけど、あいつらは俺達を殺す手段がないし、レイラのチカラを恐れて下手に手出しをして来ない。そして『不可侵契約』を結んでいるから一応契約的にも、俺とレイラに手出しできない」
ここまでが前提。
この前提を踏まえた上で、海鳥達の言動を考える。
「でも――あいつらは殲鬼師だ。吸血鬼狩りのプロ。俺の近くで吸血鬼関連の事件が起こったら、真っ先に俺とレイラを疑うのが通常の反応だと思うんだけど――海鳥はなんて言った?」
俺とレイラは犯人ではない。
それが組織の下した意見だと、海鳥は言った。
「ありえないよ。細かい検証もしていないだろうに、俺とレイラが白だっつーのが、組織として決定した意見だなんて」
そう言われて信じられるわけがない。
「あいつらからしたらどんな手を使ってでも、俺らを黒にしたいはずだ。俺とレイラを殺せなくても、俺かレイラが人的被害を出したっつーことが証明できたら……いや、証明しなんかしなくても、適当に証拠をでっち上げれたら、自分達が優位に立てんだから」
俺かレイラが人間に危害を加えたら、俺達は『不屈の光』の指示に従う。
それが『不可侵契約』の内容だ。
兵器としての運用。隷属化。生体調査。非人道的実験の実験体……お得意の魔術で証拠なんか適当にでっち上げて、騙って陥れて、自分達の好きなようにしたらいいのに。
例え第三者から見て明らかに矛盾があっても、こじつけでも、俺とレイラを擁護する人間なんて、一人もいるはずがないんだから。
確実に。
「まだ佐々木の意見の方が総意だっつー方が納得いくよ……まあ、あいつの発言は、あくまで個人の意見だったみたいだけど」
海鳥がしゃべっている最中も、佐々木は不服そうな顔をして黙っているだけだった。
あいつの意見は殲鬼師として正しいはずだが……あいつらの上は何を考えているんだ?
「考えていることがわからない」
だから――どう動いたらいいかわからない。
殺すことができないなら、妥協した第二の目的を設定しているはずだ。けど、それがなんなのか、手掛かりがまったく掴めない。
目的不明。契約を結んで一ヵ月以上の間、海鳥はなんのアクションも起こさなかったし、きのう佐々木に遭遇して少しは展開が動くと思ったけど……話を聞いても何がしたいのか、よくわからない。
「うーん、なるほどな――つまりかなめは、殲鬼師達の目的を知るためにその契約を作ったんだ」
「そう……まあ知るっつーか、推し量る計測器代わりになればいいって思って提案したんだけど……で、これまでの説明で俺が何に引っ掛かってるか、わかったか?」
「おう、なんとなく」
「そうか。じゃあいいや」
なんとなくじゃなくてしっかり理解して欲しかったが……まあこいつは馬鹿だから、別にいいや。
俺も自分の頭の中を整理するために、しゃべってるだけだし。
「んー……殲鬼師の考えていることがわからない……か」
と、ゆーきは何やら含みのある言い方をする。
「思ったんだけどさ。かなめやっぱさ、色々考え過ぎなんじゃね?」
「あん?」
「いやだってさー……考えていることがわかんないって言うけど、それって、殲鬼師達がお前とレイラちゃんの敵であることを前提に考えてるからだろ?」
「…………」
ゆーきの発言に思わず黙ってしまった。
言われて気付いたが、確かに俺は、殲鬼師を敵と前提として物事を考えている。
「わっかんないぜー? 実は殲鬼師達は、お前を守るために動いているのかもしれないだろ?」
「……それはありえないだろ」
それはない。
「殲鬼師は吸血鬼の殲滅を目的とした魔術師だ。あいつらが俺とレイラを守るメリットはねえよ……つーか、そもそも守るって、何から守るんだよ?」
「ん? んー……」
「おい」
「……いや、俺もわかんねえわ」
「……適当にしゃべるなよ」
「おう、悪い悪い」
軽く謝罪されたが、へらへら笑いながらそう言っているところを見ると、真面目に反省しているわけではないようだ。
相変わらず軽いな――と思った。
まあ、こいつが軽いのはいつものことだからいいけど。
こいつはそういう男だ。
「うーん、かなめさ……一個だけ質問していい?」
と、ゆーきは言ってきた。
「かなめってレイラちゃんのこと好きなの?」
「……は?」
唐突に脈絡のない質問をされたので、俺は思わず訊き返した。
「いやだから、かなめってレイラちゃんのこと好きなの?」
「……唐突になんだよ」
「いやー? それほど唐突じゃないけど?」
ゆーきはへらへら笑いながら言う。
人をからかうと笑みとは違う、いつもの嫌な気分がしない笑みだ。
「俺、結構前から疑問に思ってたんだけどさ……かなめって吸血鬼になって、ずっとレイラちゃんと生活してるじゃん?」
「……ああ、してるな」
だってあいつ、一人じゃ何もできないし。
「けどそれってさ、傍から見たら結構不思議なんだよ――元々は俺と同じ人間で、いきなり人間辞めさせられてんのに、平然とレイラちゃんを受け入れて、一緒に生活しているのはさ」
「…………」
この質問はレイラが『災禍の化身』と呼ばれていて、そう呼ばれるだけの能力を持っていることを知っているからこそ、出た質問だろうか。
人に慣れていない猛獣と一緒に生活しているイメージ。
そんなイメージを抱いているのだろう。
「まあかなめのことだから、レイラちゃんがどういう存在だとか、自分が吸血鬼になったこととか、そんなに気にしてないんだろうけど……普通は一緒に生活できないぜ? レイラちゃんとなんて」
訊きたいことがわかった。
要は、こいつは俺がレイラと一緒に過ごしている理由に、俺がレイラに好意を抱いているからだと考えているのだ。
俺が
「別にレイラに好意なんて抱いてねえよ。俺はただ、あいつに命を救われたから一緒にいるだけだ」
ゴールデンウィーク初日。
あの日レイラに命を救われた。
だから俺はレイラと過ごしている。
……まあ、ほかに理由があるとすれば――
「まあほかに理由があるとすれば、あいつが俺の目的を邪魔してないからだろうよ」
俺は言った。
「家で飯を食う以外、ほかのことはどうでもいい」
それが俺の目的であり、生きる上での行動指針だ。
「まあ……それは知ってるけどさ」
「けど――なんだよ?」
「いやー、本当にそれだけ?」
含みのある言い方だった。
……何が言いたいんだろう? こいつは。
「かなめさ、自分じゃ気付いていないかもしれないけど、お前、レイラちゃんが来てから変わったぜ?」
「? そりゃ変わるだろ」
人間から吸血鬼になったんだから、そりゃあ変わる。
一人暮らしから二人暮らしになったんだから、生活も変わる。
……と思ったのだが、ゆーきは俺の心を読んで否定した。
「ああ言っとくけど肉体とか生活がって意味じゃないぜ? いや、それも変わったけどさ……俺が言いたいのは性格」
性格?
……とりあえず、俺は黙って聞いた。
「かなめってレイラちゃんが来る前はさー、他人に興味がなくて、冷静で、物怖じしなくて、自分のためには行動するけど、他人のために動くことなんてほとんどなかっただろ?」
自己中心的だと言われた気分だった。
いや……実際、その評価が正しいって自覚はある。
大まかその通りだ。
「けど、レイラちゃんが来てからはさ……まあ他人に興味がないのと冷静で物怖じしないのは変わらないけど……自分よりレイラちゃんのために行動してるじゃん」
「? そうか?」
「そうだよ」
ゆーきは断言した。
「家提供して一緒に住んでるのもそうだし、海鳥達に交渉して無駄に戦わないようにしてるのもそう……ほら、かなめっていっつも学校終わったらすぐ帰ってさ、レイラちゃんのために飯作って、一緒に過ごしてんじゃん?」
「…………」
「さっきもコーヒーだけ頼んで帰り際にテイクアウトしたのも……レイラちゃんと一緒に食べるためだろ?」
ゆーきはそう言って、俺の自転車のハンドルに引っ掛けているレジ袋を見た。
そこには二人分のハンバーガーとポテトのセットが入っている。
「かなめがレイラちゃんに好意を抱いていないんだったらさ、命を助けられたからって、そこまでしないと思うんだよ? レイラちゃんのことがどうでもいいなら、家を提供してあとは適当に放置……あーいや、かなめは地味に面倒見いいからな? 飯を作るくらいのことはするか」
「……何が言いたいんだお前?」
「んー、いやさ――お前、今の生活、楽しんでるだろ?」
ゆーきは言った。
「レイラちゃんとの生活が楽しいから一緒に生活していて。レイラちゃんとの生活が楽しいから毎日直帰して。レイラちゃんとの生活が楽しいから毎日一緒にごはん食べてて。レイラちゃんとの生活が楽しいから毎日面倒を見て……かなめが今の生活を普通に受け入れてんのは、それが一番でかいと思うんだけど……そこのとこどうなの?」
ゆーきに言われて考える。
レイラと一緒に生活している理由。レイラを受け入れている理由。
俺は自分の目的を邪魔されていないからだと思っていたが――一番の理由はなんだろう?
考える――レイラとの生活が楽しいからか? それとも他に理由があるのか?
……考えた上で、この結論に至った。
「いや、別にレイラとの生活が楽しいからじゃない」
「へえ。じゃあなんで?」
俺は言った。
簡潔に。
「やっぱ自分のためだよ」
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