26R 顛末(三人称視点)

 ブーケが階段から突き落とされた後、それぞれに付けられた影の行動は好対照だった。

 ブーケの護衛は、ブーケの元に飛んでいって確保、直ちに医務室に連れて行った。

 アメリケーヌの監視は、彼女がブーケを突き飛ばす直前に見ていた方向にすっ飛んでいった。彼には、アメリケーヌがふと横を見た際に危険を感じてブーケを突き飛ばしたように見えたからだ。

 その素早い行動により、ブーケを狙撃した者を捕らえることに成功したのだった。

 そして、アメリケーヌがいつの間にかいなくなっていたことに気付いた者はいなかった。

 直ちに、王ヴィネグレットの命で、背後関係の調査が始まった。




 一方、夜になって、アメリケーヌが帰宅後、高熱を出して意識不明となっているとの報がビガラートから入った。

 制服の右袖が破け、右前腕に何かが擦れた跡があるとのことから、矢がかすめていたものと考えられ、城から医師が派遣された。

 熱は毒によるものとの診断が下り、回収された矢に猛毒が塗られていたことから、熱は矢の毒によるものと断定されたが、解毒薬はないことから、アメリケーヌが毒に耐えることを期待する以外ないという状況だった。


 そして、ブーケは、男爵邸ではなく城に運び込まれ、翌日には意識を取り戻した。くしくも、そこは馬に踏まれたアメリケーヌが療養した部屋だった。

 城に運ばれたことを説明するため、ヴィヨンが部屋を訪れた。


 「おはよう。まだ痛むかい?」


 「ヴィヨン様!?

  なんでここに? というか、ここってどこなんですか?」


 「城の中だよ。

  安心して休めるよう、男爵邸ではなくここに連れてきた」


 「あた……私、どうしたんですか?

  たしか、背中を押されて階段から……あれ? あの時って、お嬢様しか……まさか、そんな……」


 階段から落ちた時の状況を思い出し、アメリケーヌに背中を突き飛ばされたとしか思えない状況に、ブーケは混乱した。


 「アメリケーヌが君を助けてくれたんだ。

  あの時、君を狙って矢が飛んできた。

  アメリケーヌは君を助けるために突き飛ばしたんだよ。咄嗟のことで力の加減ができなかったんだろう、結果として君は階段を転げ落ちてしまい、怪我をしたけれどね」


 「よかった、やっぱり理由があったんですね。

  でも、矢って何ですか? そんなの当たったら死んじゃいますよ。意地悪とかってレベルじゃすまないですよね」


 「君を殺そうとしたんだよ。君の本当の母君を殺した連中が。

  アメリケーヌは、矢の毒にやられて意識不明だ」


 

 「え……?」


 「君を突き飛ばした時、腕に矢がかすったんだ」


 「そんな! じゃ、あたしを助けたせいで!?」


 「君のせいじゃない。

  彼女はそういう人なんだ。誰かを助けるために自分が傷つくことを厭わない。それが正しいあり方だと信じているから」


 「どうしてそんな危ないことを……」


 「わからない。でも、アメリケーヌは君が狙われていることを知っていたらしい。君が、ポワゾン公爵令嬢だということも。

  誰も教えていないのに。

  ねえブーケ。例の砕かれたペンだけど、あれをアメリケーヌに見せたことはないかな」


 「いえ。そりゃ、学園で使ってましたから、見たことある人はいるでしょうけど」


 「あのペンはね、君が生まれた時にポワゾン公爵が贈ったもので、君がその娘だと証明するものだったんだ」


 「あれは、お母さんの形見で……」


 「おそらく君がそう思うように母君が仕向けたんだろう。

  今はアメリケーヌが持っている。彼女は、それを調べようとする存在に気付いて隠し、偽物を折って捨てたらしいんだ。2つに折って捨てたのに、君が見付けた時は4つに砕けていた。つまり、中を調べようとした奴がいる。

  アメリケーヌは、それで君が狙われていることを確信したんだと思う。

  偽物を用意していたんだから、彼女は、事前にあのペンを調べているはずなんだ。

  何か心当たりはないかな」


 言われて、ブーケは悪口を書かれた教科書を破られていたことを思い出した。


 「あの、ペンがなくなる少し前に、教科書が破かれたことがあるんです。破られたページには、悪口がびっしり書き込まれてました。

  その時なんとなく、お嬢様があたしに悪口を見せないように破いたのかなって思ったんです。あの、もちろん証拠とかなくて、あたしが勝手に思っただけなんですけど。ペンも一緒にしてましたから、もしかしたらその時にペンを見たのかもしれません」


 「なるほど、それはありそうだ」


 あのペンは、貴族が産まれた子に贈るものだ。こっそり産み落とされた庶子が持っているはずがないもの。

 教科書に落書きをされたことを知って破いたのなら、その時、ペンに気付いて中を確認している可能性は高い。ヴィヨンはそう考えた。


 「アメリケーヌはきっと助かる。そう信じて待つしかない。

  その間に、二度とこんな真似ができないよう、首謀者を捕まえる。君は、ここで待っていてほしい」



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜~~~~~~~~~



 「で、結論としては、アメリケーヌ嬢はブーケ嬢を狙う何者かに気付き、咄嗟に突き飛ばして助けたものの、右腕を矢がかすめたために毒にやられて意識不明、というわけか。

  本来ならかすっただけでも命を落とすという話だが、相変わらず強運だな、アメリケーヌ嬢は」


 王は、結論をまとめた。

 アメリケーヌがふと窓の外を見るなりブーケを突き飛ばしたという点において、影2名の証言は一致していた。

 アメリケーヌの視線の先にボウガンを持った狙撃者がいて、ブーケを突き飛ばしたアメリケーヌの右腕に矢がかすめた跡があり、毒矢も発見された以上、結論がそうなるのは当然だった。


 この場にいるのは、王のほか、プロヴァンス・フォン・ポワゾン公爵、ビガラート・フォン・ドヴォーグ公爵、ヴィヨン王子、宰相ミグラスの5人。信用できる最小限だった。


 「それで、どこの手の者でしたかな」


 プロヴァンスが王に尋ねる。


 「レギューム殿下の母君です」


 答えたのはミグラスだ。

 プロヴァンスの目が見開かれた。口にこそ出さなかったが、「あの女、まさか、いまだになのか」と考えていた。

 レギュームの母である側妃ナードは、学園時代、プロヴァンスに熱を上げていた。

 家の思惑などもあって側妃として奥に入ることになったが、プロヴァンスの妻となったルージュに対する逆恨みは根深く、ルージュとブーケの暗殺に動いたらしい、というのがミグラスの調査結果だった。


 「もちろんそれだけではなく、ご実家の思惑も絡んでレギューム殿下が片棒を担ぐ事態になったようです。どうやらヴィヨン殿下が婚約者をないがしろにしているという噂を真に受けて、ならばと義憤じみた気分になられたようで。アメリケーヌ嬢と婚約を結べれば、王位に手が届くと唆されたようです。靴に仕込まれていた針は、死に至る毒ではなく催淫剤の類でしたので、ヴィヨン殿下とブーケ嬢に不埒があったことを種に追い落としを図られたのではないかと」


 「愚かな。

  ……ナードとレギュームには、病に倒れてもらうしかあるまい。

  それにしても、アメリケーヌ嬢の情報源はどこにあるのだ、ビガラート」


 既にアメリケーヌへの接触で謹慎中であったレギュームを消すことを決めた王は、もう1つの議題であるアメリケーヌの奇行について疑問を呈した。


 「実際のところ、ブーケ嬢に真実を話すことを陛下と殿下がお決めになったことを、私も存じませんでした。

  娘に、それほどの秘匿情報を得られる情報源があるとは思えません」


 「しかし、アメリケーヌ嬢は、正にその当日、ブーケ嬢に“父親は男爵ではないかもしれない”と告げておられる。これは、自治会に潜り込ませているカール・フォン・ダモンから報告が上がっております。

  神懸かり的なタイミングの良さを考えますと、その時々の情勢から、状況を読み取る勘の良さをお持ちということですかな」


 「それはあるかもしれませんな。

  娘は、幼い頃から異様に聡い子でした。

  頭角を現し始めた頃、シャメールが嫉妬してギクシャクすると、直ちに隙を見せて手の掛かる妹を演じました。

  そういった機微を読む力には長けておりましょう」


 ビガラートは、ミグラスの疑問に、アメリケーヌが4歳にして兄を手玉に取っていたことを例に、“情報源があるのではなく、情勢を読む能力が高い”ことを説明した。


 「とはいえ、どんな情勢から、ブーケがうちの娘だと知れる?」


 「それについては、予測が立ちます」


 プロヴァンスの疑問にヴィヨンが答えた。


 「ブーケ嬢から聞いたのですが、ペンがなくなる前に教科書を破られたことがあったそうです。破られたページには、罵詈雑言が書き殴られていたとか。ペンも一緒に机に入っていたそうですから、アメリケーヌが教科書を破いたなら、その時ペンを見付けて中を確認していた可能性があります」


 「なるほど、あれは貴族が産まれた子に贈るもの。アメリケーヌも同じものを持っておりますから、知っておりましょう。

  それを庶子が持っていたとなれば、中を確認したとしても不思議はありませんな」


 「ええ。

  その上、元々ブーケ嬢がガルーニ男爵に引き取られた経緯には、疑問がありました。お手つきになった侍女が勝手に産み育てた子を、手紙一つで信用するのはおかしいのですから。

  そこで、ポワゾン公爵家の紋を見て、ガルーニ男爵と公爵の関係性を知っていれば、事実に思い至る可能性があります」


 「そも、なぜアメリケーヌ嬢は、1人で動いたのだ?」


 王が疑問を呈する。それは、ここにいる大部分が感じている疑問だった。


 「ヴィヨン殿下のため、でしょうな。

  アメリケーヌは、傍目から見てわかるほどに殿下を慕っております。

  殿下がブーケ嬢に関心を払っておられた以上、守る理由にはなりましょう。そして、ブーケ嬢の安全を確保できる体勢が整うまでは、ことを公にしない方がいい。

  ペンのことも、侍女を通じて私の手元に届くよう計らい、遠回しにポワゾン公爵家の令嬢が生きているのではないか調べるよう促されました。

  こたびの件についても、娘自身が毒を受けていなければ、ブーケ嬢が階段から落ちたものとして扱われたでしょう。監視していた影から陛下に伝わり、対処される。それを狙っていたものと思われます。

  影を通して危機を伝え、自分では手を出せない背後関係の調査を促す。我が娘らしい捨て身の策です。

  シャメールは、アメリケーヌのチェスの腕について、冷酷に徹することができない故に詰めが甘いと評しておりました。だからこそ、勝てると。

  娘は、他者が傷付くことは避けますが、自分が傷つくことは厭いません。

  穏便にすませるために、誰にも明かさず、陛下の側で気付く状況を作るようにしたのでしょう」


 「王妃候補として、これ以上ない逸材、ということか。しかし、3日経っても目覚めぬというのは……」


 アメリケーヌの意識が戻らないまま最悪の事態を迎える可能性は十分あった。が、目覚めない保証もない。会議は現状の確認と、ブーケの公爵家復帰、レギュームらの処刑を決めたのみで終わった。

 アメリケーヌの意識が戻り彼らが安堵のため息を漏らしたのは、その4日後のことだった。

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