26 悪役令嬢は、王子の幸せを願う

 いよいよ最後の大舞台、断罪の日です。

 先日寝込んで以来学園に来ていなかったので、2週間ぶりになります。

 夢と同じく、ヴィヨン様は卒業生総代としてご挨拶なさるので、別行動です。

 教室で、含みのある視線で遠巻きにされるのも、夢と同じです。




 ヴィヨン様のご挨拶を一瞬たりとも見逃すことのないよう注視します。わたくしがヴィヨン様のお姿を見ることができるのは、今日が最後なのですから。

 そして、式次第が終わり、断罪の時が来ました。




 「アメリケーヌ・フォン・ドヴォーグ、壇上へ」


とのヴィヨン様の声が響き、周囲がざわめく中、私は下手しもての階段から壇上に上がります。

 そして、上手かみてからは、ヴィヨン様とブーケがやってきます。ヴィヨン様の右腕にブーケがしがみついているのも夢と同じですね。本当に、何から何までそのままです。

 きっと目撃証言も取れているはず。私はハッピーエンドにこぎ着けたのです。これで、ヴィヨン様は幸せになれる。ブーケと一緒に。左肩がうずきます。


 「アメリケーヌ。僕の言いたいことはわかっているね」


 私達の間だけに聞こえるような声で、ヴィヨン様が断罪の口火を切ります。


 「なんでございましょう?」


 「いつかこんなことになるんじゃないかと恐れていた。そんな日は来ないでほしいと願っていた。

  でも、やっぱり君は……。

  君がブーケにしてきたことはわかっている。

  今更、どうして君は、などと言ってみてもはじまらないけれど…」


 「アメリケーヌ様!」


 ブーケは、やはり公爵家に復帰するようです。あらあら、もう涙がこぼれているじゃないの。そんなことで、ちゃんとセリフが言えるの?


 「どうしてあんなことしたんですか!

  あたしの気持ち、わかりますか!?

  死んじゃったかもしれないんですよ!」


 きちんとセリフは言えましたが、そのままヴィヨン様の腕に顔を押し当てて泣き出してしまいました。

 ブーケは涙を流しているけれど、私はまだです。私が涙を流すのは、もう少し後。断罪が終わる時。もうしばらくは流れないでね。

 私の最後の出番。憎まれ役の悪役令嬢には、打ちのめされるまでは涙なんていらないのよ。

 私が今すべきことは、ふてぶてしくしらを切ること。


 「私がその娘にしてきたことと仰いましたか?

  そのようなことを仰るからには、もちろん証拠がございますわよね」


 さあ、目撃証言、来なさい。それでハッピーエンドです。


 「無論だ。

  ブーケにも君にも影を貼り付けてあった。

  彼らが口を揃えて言っていたよ。君がブーケを突き飛ばした、とね」


 よかった。証言が得られました。ようやくハッピーエンドです。これまでの苦労が報われました。


 「そうですか。

  でしたら、私から申し上げることはありません」


 悲願が果たされた以上、潔く罰を受けましょう。私の余生は、神に感謝の祈りを捧げるとしましょうか。

 これが私の信念。ヴィヨン様の幸せが私の幸せ。


 「バケツの水の件、靴の件、階段、いずれも証言は取れている。

  ペンと……教科書を破ったのも君だね?」


 ヴィヨン様ったら、正直に。ペンと教科書については目撃者がいないと仰っているようなものですわよ。でも、そうね。潔くすると決めたのでした。


 「ええ。よくご存じですこと」


 「教科書を破る時、ペンを見付けて偽物を用意した」


 「そんなことまで、よくお調べで。ああ、本物は後ほどお返ししますわ。大事な形見ですものね」


 ああ、左肩がうずきます。これは、歓喜。ヴィヨン様の隣には、ブーケが相応しいのですから。


 「君は、やはりブーケのことを知っていたのだね。

  君は、ブーケを守り続けてきた。

  周囲の冷たい目から、心ない言葉から、そして刺客の魔の手から。

  なぜ、自分の身を盾にするんだ。

  かすっただけだったからあの程度ですんだけれど、もし腕に刺さっていたら、命はなかった」


 何を仰っているのです、ヴィヨン様?


 「そうですよ!

  あたしはたった2日で治ったのに、自分は1週間も生死の境をさまよって!

  そんなんで助けられたあたしの気持ちがわかりますか!?

  お嬢様が死んじゃったらって、どんなに怖かったか…」


 ブーケが、今度は私にしがみついて泣き始めました。話が見えません。なんのことでしょう。


 「僕も生きた心地がしなかったよ。

  咄嗟のこととはいえ、自分の身を顧みない癖は、本当になんとかしてほしいね」


 「あの……仰ることがよく…」

 「馬の時もそうだった。逃げろと言ってるのに、必死に僕を庇って」


 「それは……夢中でしたので……」


 「アミィは、僕を幸せにしてくれるんじゃなかったのかい?」


 そうですとも! だからこそ、ブーケを!


 「二度と自分の身を犠牲にするようなことはしないと誓ってほしい。

  僕の妃は君だけだ。アミィを失うなんて、考えたくもない」


 「ヴィヨン様?」


 どうなっているのでしょう。まさかここまで来てハッピーエンドに辿り着けないのでしょうか。


 「僕を幸せにできるのは君だけだと言っているんだよ、アミィ」


 「だって……ブーケは……」


 「僕は彼女が何者か、近くで探っていただけさ。

  アミィ以外の女性を妃に迎えたいとは思わない。

  僕の妃になっておくれ」


 「ヴィヨン……様……」


 どうなっているのでしょう。ヴィヨン様の目が、私を優しく見詰めてきます。

 私では駄目なのではないのですか?


 「私は……つまらない女です」


 「僕の妃になるのは、嫌?」


 「そんなこと!」


 なりたかった! ヴィヨン様の妃に! 私が幸せにして差し上げたかった! 私では駄目だからブーケに任せるんじゃありませんか!


 「ならば、うなずいておくれ。僕の妃に」


 「……はい、喜んで」


 涙が止まりません。ヴィヨン様が私を妃にと仰った。私とでなければ幸せになれないと。






 ヴィヨン様は、私の涙を拭き、抱き寄せて立たれました。ブーケは私の右腕にしがみついています。


 「みんな、この場を借りて知らせておくことがある!」


 ヴィヨン様が式場の生徒達に話し始めました。本来なら、ここで断罪が始まるところですが、この場合どうなるのでしょう。


 「正式な発表は後日になるが、陛下から、私達と学園生活を共にした君たちには、先立って発表してもよいとのお許しがあった。


  明日、私は立太子する」


 どよめきが聞こえました。ヴィヨン様が王太子になられるであろうことは、誰しも予想していたことですが。それが現実になり、しかも正式な発表の前に自分たちにだけ知らされたということは格別でしょう。


 「次に、ここにいるブーケ・フォン・だが、名でわかるとおり、今日付けでポワゾン公爵家に復帰した」


 今度は、驚きの声が上がります。それはそうでしょう。


 「17年前、生まれたばかりのポワゾン公爵令嬢は暗殺されたことになっている。が、実は無事助け出され、密かに市井で育てられていた。暗殺者に狙われたままだったからだ。

  このたびその始末がついたことから、ようやく復帰がなった。

  ここに至るまで影ながら支えてくれたのが、私の婚約者アメリケーヌ・フォン・ドヴォーグだ。

  彼女がブーケに強い口調で指導していたことはみんなも知っていることと思う。ブーケの素性を知られることなく指導するには、そうするしかなかった。

  先日来、噂になっている“アメリケーヌがブーケを突き落とした”という件だが、それは事実だ。ただし、事情があった。アメリケーヌは、暗殺者の毒矢からブーケを救うために突き飛ばしたんだ。ブーケを狙った矢は、アメリケーヌの右腕をかすめた。かすめただけで、彼女は2週間寝込むほどの毒を受けた。

  アメリケーヌの名誉のために言っておく。彼女は命を賭してブーケを救った心正しき者だ。

  よって、私との婚約が破棄されるという噂は虚言であるとここに宣言する。私たちの婚儀は、3か月後に執り行われる。祝福してくれることを願う」


 毒!? そんな話、どこから……。それでは、右腕の傷は、手すりに擦れたのではなく、矢がかすめたと?さっぱりわかりませんが……。ヴィヨン様が私を優しく見詰めてくださっているのはわかります。

 もし、私でもヴィヨン様を幸せにできるというのなら。

 それがハッピーエンドであろうとなかろうと、私は全力で当たらせていただきます。

 私が願うのは、ヴィヨン様の幸せ、それに尽きるのですか

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