25 悪役令嬢は、断罪の場へと赴く
全てのイベントをクリアし、いよいよ卒業式の日がやってきました。
前世の記憶を取り戻してから13年、宿願であったヴィヨン様のハッピーエンドを迎えるため、全力でイベントをこなしてきた成果が、今日、結実するのです。する、はずです。
最初に私でもヴィヨン様を幸せにできるのではないかと甘く考えたツケが来ないことを祈るしかありません。
きっと大丈夫。
成績以外は、順調に進んできたのですもの。
今日、私が婚約破棄され、ブーケがポワゾン公爵家に復帰し、ヴィヨン様と婚約する。
きっと上手くいくはず。
たとえ私がこの目でエンディングを見ることが叶わなくとも、人づてに聞くだけでもいい。私などどうなってもいいから、ヴィヨン様にだけは幸せになっていただかなければ。
「ではお嬢様、本日はこちらのドレスをお召しください」
コリーが用意したドレスは、ヴィヨン様からいただいたもの。もちろん、階段突き落としよりも前の段階でいただいたものです。
ヴィヨン様は、筋を通すお方。形ばかりの婚約者とはいえ、こういった晴れの舞台で着るものは、毎回きちんと贈ってくださいます。
このドレスが、ヴィヨン様からの最後の贈り物となるのです。
修道院に送られる時には持って行けませんから、着るのも見るのも今日限りですね。
ああ、7年前、街に下りた時に買っていただいたリボン、これも身に着けておきましょう。さすがに見えるところには着けられませんから、袖で隠れる手首にでも巻いておきましょう。
ヴィヨン様は先代自治会長ですから、卒業生総代としてご挨拶することになっており、別行動です。
教室で周囲から、何やら含みのある視線を浴びますが、気にしません。どうせ、階段のことが噂になっているのでしょう。放っておいても、私に正面切ってケンカをふっかけてくるような度胸のある者はいません。
無事卒業式が終わり、いよいよ運命の時です。
「アメリケーヌ・フォン・ドヴォーグ、壇上へ」
とのヴィヨン様の声が響きました。
周囲からざわめきが聞こえる中、私は壇上に上がります。ちなみに、ゲームでは、さっさと動かないと衛兵に拘束されて無理矢理引きずり上げられることになっています。
私が
よかった。怪我はもういいようですね。
「アメリケーヌ。私の言いたいことはわかっているね」
私達の間でだけ聞こえるような声で、ヴィヨン様が言いました。断罪スタートのセリフです。
「なんでございましょう?」
当然、とぼけます。
「いつかこんなことになるんじゃないかと恐れていた。そんな日は来ないでほしいと願っていた。
でも、やっぱり君は……。
君がブーケにしてきたことはわかっている。
今更、どうして君は、などと言ってみてもはじまらないけれど…」
「アメリケーヌ様!」
ヴィヨン様の腕にしがみついていたブーケが、目に涙を溜めて私の名を呼びました。
そう。公爵家に復帰するのね。だから、私の名を呼べるようになったの。
「どうしてあんなことしたんですか!
あたしの気持ち、わかりますか!?
死んじゃったかもしれないんですよ!」
涙を流しながら言っているところ悪いけれど、死なないのよ、あなたは。
そういうイベントだから。
私を見るヴィヨン様の目が冷たい。
敵を見る目。
「私がその娘にしてきたことと仰いましたか?
そのようなことを仰るからには、もちろん証拠がございますわよね」
「無論だ。
ブーケにも君にも影を貼り付けてあった。
彼らが口を揃えて言っていたよ。君がブーケを突き飛ばした、とね。
必要なら、後ほど、君の前で証言させよう」
証言が得られました! これでハッピーエンド確定です。
ゲームでは、
「そうですか、では、何を言っても無駄ですわね」
ようやく、ハッピーエンドです。
「みんな、聞いてほしい」
ヴィヨン様が式場全体に通る声で言いました。
「アメリケーヌ・フォン・ドヴォーグは、先日、ここにいるブーケ・フォン・ガルーニを階段から突き落とした。幸い大怪我には至らなかったが、私の婚約者にあるまじき行いだ。
このたびの件、陛下のお耳にも入り、陛下は私とアメリケーヌの婚約を撤回すると裁定なされた。
そして、このブーケの本当の名は、ブーケ・フォン・ポワゾンという。17年前に暗殺されたとされているポワゾン公爵家の令嬢だ。わけあって隠して育てられていたが、このたび公爵家に復帰することになった。
今後は、このブーケが私の婚約者となる。
そして、私は数日中に立太子する運びとなった。
みんな、これからもこの国のために励んでほしい」
よかった。
とうとうハッピーエンドにこぎつけました
私は、この喜びをもって、残り30年の人生を過ごしましょう。
私は、涙がこぼれないよう、目を閉じました。
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再び目を開けた時、そこには天蓋が広がっていました。ここは、私のベッド!?
まさか、今のは夢!?
そうでした。無事階段突き落としのイベントを終えたことでほっとして、私は熱を出したのでした。
そんな……ようやくハッピーエンドにこぎつけたと思ったのに、夢だったなんて。
いいえ、きっとあれは正夢。そうに決まっています。
「お嬢様! お目覚めですか!?」
なんだかデジャ・ヴュを感じる展開ですね。
「どうしたの、コリー? 大騒ぎして」
「お嬢様は、この1週間、ずっと高熱を出されていたんです。
すぐに医師を呼んで参ります」
文字どおり、すぐに医師が部屋に入ってきました。
どうせ過労か何かでしょうに、大げさな。
とはいえ、本当のことなど言えるわけもなく、私は黙って診察を受け、そのまましばらくおとなしくベッドの住人となりました。
医師は、右手にできていた擦り傷にまで薬を塗り込んでいました。どうやら手摺りに倒れたときに擦ったようですね、こんな擦り傷まで気にするなんて。
いくら私がこの10年間病気ひとつしたことがないからって、本当に大げさなんだから。
ようやく、屋敷を出る許可が出たのは、卒業式の日でした。
なんと、2週間も屋敷から出ていません。
私がしたことをご存じだからでしょう、ヴィヨン様は一度も来られませんでした。
卒業式に着ていくドレスは、夢で見たとおり、イベント前にヴィヨン様からいただいたもの。
やはり正夢になってくれそうです。
「最後にお嬢様の晴れ姿を見られて嬉しゅうございます。無事回復なさって、本当にようございました」
コリーが涙を浮かべながら着付けてくれます。
ヴィヨン様にいただいたリボンは、せっかくなので右手の擦り傷の上に巻いてもらいました。どうせ見えませんが、お守りに、と言ったら、コリーが巻いてくれました。
コリーは、最近になって妊娠していることがわかったため、
私の方も、間もなく修道院に送られることになりますし、いいタイミングだったと言えるでしょう。コリーは、私がお城に上がるものと思っているようですが。
さあ、ようやく断罪の日がやってきました。
悪役令嬢に相応しいラストを飾り、必ずやハッピーエンドにこぎつけてみせましょう。
私は、最後の舞台に踏み出しました。
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