24 悪役令嬢は、階段から突き落とす
ブーケはすっかり強くなりました。
もはや、誰に嫌味を言われたとしても、どこ吹く風で聞き流しています。
貴族としての礼儀もギリギリ及第点に達しましたし、段取り根回しといった王妃として求められる能力も目処がつきました。
さすがに優秀ですね。
もうじき最後の定期考査がありますが、やはりブーケとヴィヨン様は満点を取るのでしょうか。
「アミィ、少し尋ねたいことがあるんだ」
久しぶりの、そして最後となるヴィヨン様とのお茶会で、ヴィヨン様がそんなことを仰いました。
「なんでございましょう」
「先日、君が自治会室に来た時のことなんだけれどね、ブーケに何を言ったんだい?」
来ましたわね。
「あら、あの
私はただ、泥棒猫の所業を“信念”などと開き直っている常識知らずを諭しただけでございます」
軽蔑しきったように言ってみれば、ヴィヨン様は鼻白んだご様子。
「母親の何を知っているかとも言ったそうだね」
クミンの気持ちを知りもしないで、と腹を立てたのは事実です。あの信念の強さと、それゆえの葛藤を知りもしないで、軽々しく信念などと言うものですから。
「軽々しく信念などと口にするのが気に入らなかっただけですわ。取るに足らぬ輩相手に大人げないことをいたしました」
左肩がうずきます。信念を口にするなら、誰に何を言われようと揺るがぬ決意を持ってもらわないと。
「アミィは、どうしてブーケをそんなに気に掛けるのかな」
それは、私に代わって王妃になる娘ですもの。
「あの娘のことなど気にしておりません。
ただ、自治会で殿下を支えるべき副会長でありながらものの役に立たないのは困ると思ったまでのことですわ。
もう、彼女に関わるつもりはございません」
ヴィヨン様を生涯支えていくのはブーケなのですから、早いところその力をつけてもらいたかっただけのこと。
もう、手助けの必要はありません。
後は、最後のイベント、階段突き落としだけ。
こちらは暗躍の部類ですから、私が関わったと口にすることはありません。
「アミィ、君は…」
「お茶が冷めてしまいましたわ。
今淹れ直しますので、少々お待ちください」
左肩がうずきます。これが最後のお茶会なのですもの、せめて心安らかに過ごさせてください。
最後の定期考査では、予定調和というか、3人揃って満点、同率1位でした。
ヴィヨン様に慮ってか、名前はヴィヨン様、私、ブーケの順です。同点ですのにつまらないところにこだわりますわね。
ゲームでも、最後の考査ではヴィヨン様のお名前が先でしたっけ。
「殿下、満点おめでとうございます」
こういう時は私と一緒に行動なさるヴィヨン様に、祝いの言葉を贈ります。
「ありがとう、最後の最後でようやく君に並ぶことができたよ。ついに追い抜くことはできなかったけれどね」
「そんなこと。殿下は努力され、成果をお挙げになられました。もっと誇ってよろしいかと」
ゲームでは、ブーケに同じようなことを言って「名前の順番は抜かれましたよ」と身も蓋もないことを言われていましたわね。
この後、ブーケとそんな話をするかもしれませんし、セリフを奪ってしまうといけませんから、
ゲームでは、学園初の満点を取り、嫌味にも動じなくなったブーケに対し、危機感を募らせた
そして、それをブーケの護衛である影が証言することで、
いよいよ正念場です。
このイベントは、放課後、誰もいない階段で、
階段を上がる
階段からの突き落としなんて、普通なら死んでもおかしくないレベルの事故ですが、なにしろイベントですから、どんな突き飛ばし方をしても全身打撲ですむでしょう。
昔の暴れ馬の時は、焦って気が付きませんでしたが、イベントである以上、そしてゲーム期間内である以上は、私達3人が死ぬことなどあり得ないのです。
意図的にブーケに怪我をさせることには若干の後ろめたさもありますが、仕方のないことです。それがハッピーエンドのために必要なのですから。
イベントが起きるのは2月の末で、自治会の活動のない日、つまり、今日です。
そんなわけで、イベント現場である階段にやってきました。
階段をゆっくりと上がります。
思わず安堵のため息が漏れます。ブーケが来ました。
「お…」
声を掛けてこようとするブーケを無視して顔を背け、そのまますれ違います。
すれ違った時、窓の外に誰かいるのが見えました。あれが目撃者となる影ですか。意外と遠いところから見ているのですね。ちゃんと証言するのですよ。
私は、振り向きざま、右手でブーケを思い切り突き飛ばしました。
正に全力です。
私の力では、全力でなければブーケを突き飛ばすことなどできません。勢い余って私も手すりに倒れ込んでしまいました。
声も出せず階段を転げ落ちるブーケを横目に、体を起こします。誰かが来ないうちに離れないと。
心臓が早鐘を打ちます。
早くこの場を離れなければ。なるべく音を立てないよう階段を駆け上がります。
私はすれ違っただけ。ブーケが転げ落ちたことなど気が付きませんでした。
階段を登り切り、ぐるりとまわって昇降口に向かいます。
これで私の仕事はおしまい。
後は、卒業式で断罪されるだけです。
突き落としなどというやりつけないことをしたせいか、すごく疲れました。
この手でブーケを突き飛ばしたという罪の思いでしょうか、右手に残る突き飛ばした時の感触が熱く、まるで右手が心臓にでもなったかのようにドクドクと主張してきます。
気を抜けばへたり込みそうになる足を叱咤して馬車に乗り、屋敷に戻った私は、全てをやり遂げてほっとしたせいか、熱を出してしまいました。
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