22 悪役令嬢は、仕事の邪魔をする

 靴の一件以来、学園内ではブーケがヴィヨン様を寝取った的な噂が流れています。

 当然、わたくしは婚約者を寝取られた間抜けな女という立ち位置です。

 ヴィヨン様が王太子になった後ならばともかく、王子には側妃は認められませんから、ブーケがアメリケーヌを押しのけて王子妃になるのでは、という見方もあるようです。一応、王太子になりそうな王子はヴィヨン様以外にいらっしゃらないのは衆目の一致するところだと思っていたのですが。

 たしかに、ヴィヨン様とのお茶会は更にペースダウンして、月に一度くらいに落ち着いていますので、噂は当たらずとも遠からずといったところでしょう。

 お2人のハッピーエンドを望む私としては、喜ばしい状況です。

 ヴィヨン様は、噂のことをご存じないのか、足繁くブーケのところに行っています。

 一応、もうじき自治会長を引き継ぐことになりますから、その準備やら引継やらでお忙しいのです。

 この学園には、進学という概念がありません。なにしろ貴族の子女が通うところですから。ゲームではプレイヤーにわかりやすいようにということで便宜上、高校と同じような感じになっていますが、貴族の17歳となるとそれなりに一人前ですし、そもそも大学のようなものを出そうにも、高校が1つしかないようなものですから、進学だの受験だのということはやりにくいでしょう。

 受験系のイベントはありませんし、修学旅行的なイベントもありません。貴族の修学旅行とか、馬車でどうにかできることではありませんものね。


 そんなわけで、自治会の引継は進級前に行われ、任期は3月から翌年2月となっているのです。3月頭に卒業式がありますから、そこからが新体制ということになります。

 当然というか、選挙などというものはなく、現自治会長が、自治会の2年生の中から次代の自治会長と副会長を選ぶのです。

 これも当然ですが、次の自治会長はヴィヨン様、副会長はブーケです。

 これを機に、お2人はお互いを「ヴィヨン様」、「ブーケ」と呼び合うようになっていきます。

 「ヴィヨン様」なんて、公の場では私も呼べないのに、と嫉妬心が頭をもたげるのを止められません。

 自分で決めたことですのに。

 ヴィヨン様の幸せが私の望み。ヴィヨン様が真に愛するひと──ブーケと結ばれるよう後押しするのが私のなすべきこと。

 これから私の嫌味は、主な場所を自治会室に移し、ヴィヨン様不在の時を狙って押し掛け、仕事に手こずっているブーケを罵倒する形にシフトします。

 あまり的外れな罵倒をしても困りますから、事前にヴィヨン様からどんな案件があるかお聞きしておかなければ。

 ああ、貴重なヴィヨン様とのお茶の時間が味気ないお仕事の話になってしまいます。

 でも、どうせヴィヨン様からは“つまらない話しかできない女”と思われているのですし、今更ですわよね。






 「お忙しいのに、私などのためにお時間を割いていただきありがとうございます、殿下」


 「アミィ、今は僕らだけなんだし、そんな堅苦しくしなくてもいいよ。

  前みたいに名前で呼んでくれないかな」


 いけません、ヴィヨン様。

 ブーケがあなたを名前で呼ぶほど親しくなった今、私はあなたと距離を置くべきなのです。


 「いつまでも子供というわけにはまいりません。

  殿下は、間もなく節目を迎えられます。私に対しても、きちんと線引きなさるべきです」


 節目、つまり立太子です。


 「まだ確定していないよ」


 「確かに今はまだ確定に至っておりませんが、少しばかり先の見える者なら、殿下をおいてほかにないことなどわかりきっております」


 ヴィヨン様はまだ正式に立太子されたわけではありませんから明言はしません。形ばかり2人きりとはいえ、ヴィヨン様の侍女が近くに控えているのですから。

 どなたを王太子とするかは陛下がお決めになること、私如きが明言していいことではありません。


 「学園に入って、また堅苦しくなったなあ」


 私など、昔から、話してさほど楽しい相手でもなかったでしょうに。

 からかうにしても、素直でまっすぐなブーケがいれば、私は不要でしょう。


 「学園で学び、妃教育を受けさせていただき、多少なりと成長したと自負しております。

  私には、市井で育った礼儀知らずの真似はできかねますので」


 どうぞ、疲れない気安い話は、ブーケとなさいませ。


 「なかなか辛辣だね。

  忙しい中、わざわざブーケに助言してくれているようで、助かっているよ。

  僕もいる時に顔を出してくれると、なお嬉しい」


 あら、ブーケが泣きつきましたか。

 ヴィヨン様がいらっしゃったら守れますものね。

 でも、それでは駄目なのです。なにしろ、私がしているのはブーケへの嫌がらせですから。あくまでこっそりやらなければならないことです。

 ああ、肩がうずきます。


 「申し訳ありません。

  私としても、時間が空いた時にしか動けませんものですから」


 暗に、いない時を狙っているわけではありませんよと牽制します。


 「アミィ…」


 呆れたようなヴィヨン様の声が胸を貫きます。ええ、ええ、つまらない言い訳ですが、私が妃教育で忙しいのは本当ですし、崩せませんよね。

 こんな女が婚約者だなどとご不満でしょうが、あと1年足らずのご辛抱ですから。

 どんなに嫌われたとしても、私はヴィヨン様を幸せにすると誓ったのです。

 あと一息。

 大きなイベントは、あと2つ。

 ヴィヨン様、ハッピーエンドはもうすぐですから…。

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