22R 自治会の助っ人(ヴィヨン視点)
3年になる頃、僕は自治会長になった。
ブーケは副会長だ。本来、自治会長は首席がなるものだし、それが無理なら次席がなるものではあるのだけれど、家柄なども関係してくる場面も多々あるので、王子である僕が自治会長になっている。
学園という小さな社会ではあるけれど、これは、将来国政を担うための訓練でもある。だから、王子としての発言力などは極力発揮せずに交渉と相互利益のすり合わせによる解決を図るようにしている。
そんなこともあって、自治会内では僕は「ヴィヨン」と、名前で呼ばせている。様付けではあるけれど。
「殿下」と呼ぶことに比べて僕という個人を認識しやすくなるという理由だけれど、別に僕が変わるわけじゃない。これは自治会の伝統みたいなものでもあり、代々会長と副会長は敬称では呼ばないようにしていることが多いんだ。
自治会では、諸行事の根回しや段取り、関係各部署の調整という仕事と、それにまつわる事務仕事など、様々な仕事がある。
折衝などはブーケにさせると侮られるから、基本、僕やほかの自治会員が当たることにして、ブーケには主に事務仕事をしてもらっている。
男爵令嬢で学年次席の成績でありながら、庶子という一点をもって侮られてしまうという現実に思うことがないわけではないけれど、今すぐに意識改革というのは難しい。だから、裏方に徹してもらうしかない。
……ということにしている。実際のところ、それもあるけれど、ブーケの安全を守るためという側面が大きい。
ブーケの命を狙っているのが何者かわかるまでは、ブーケを単独で出歩かせるのは危険だから。
そんな事情から、自治会室にはブーケが1人残って作業していることが多い。基本、ブーケは優秀だし、事務仕事を厭わないのだけれど、それでも、自身で判断しつつ作業することには慣れていないから、苦労することが多いらしい。去年までは、当時の3年生の指示で動けていたからね。
とはいえ、今のところ、1年生や2年生を付けたところで、前提が変わるわけじゃないから意味がない。逆に、指示しなければというプレッシャーが掛かるだけだ。
そんなわけで、ブーケは1人で作業している。大変だとは思うけれど、そこは慣れてもらうしかない。ブーケがもう少し慣れたら、1年生を付けてその指導もやってもらうつもりだけれど。
ある日、自治会室に戻ったら、ブーケが一心不乱に作業していた。まるで思い悩んでいる様子がない。出る前には、頭を抱えていたと思うんだけれど。
「ただいま。
すごいね、問題は解決したんだ」
声を掛けてみると、ブーケは
「先ほどお嬢様がおいでになって、考え方を教えてくださったんです」
と言ってきた。
どうしてアミィは、ブーケが悩んでいることを知っているんだろう。
そういえば、ブーケには事務仕事を任せるつもりだって、話したことはあったかな。まさか、それでブーケが1人で思い悩むことを予想して? いやしかし、今回はブーケが自力で乗り越えなければならない試練でもある。あまり安易に助けてもらっても困るんだよね。
「何を教わったのかな?」
訊いてみると、具体的な作業自体は全く教えていないらしい。
何のためにする作業か、それをどうするつもりなのか、といった道筋の作り方や、作業する前に考えるべきことがあると教えてくれたらしい。
たしかに、アミィは王妃教育の一環として、組織運営の要諦なんかも学んでいるはずだから、得意ではあるんだろうけれど。
自分ができるのと他人に教えるのとでは、意味が違う。
まさか、ブーケに教えることを前提に準備していたわけでもないだろうに、どうしてそこまでできるのか。
話を聞いていると、かなり強い言い方で教えたみたいなのに、ブーケは全く気にしていない。むしろ素直に感謝している。
この辺りは、多分、ブーケの打たれ強い性格のせいもあるんだと思うけれど、普通なら萎縮してしまうところだ。アミィなら優しく諭すことだって簡単だろうし、自治会には、ブーケが庶子だなどと気にする生徒もいないんだから。
「必要なことなのだから身につけなさい」とも言われたらしい。
まるで、ブーケがポワゾン公爵家に復帰するのを見越しているかのような…。まさかね。まだ、間違いなく叔父上の子だとわかったにすぎない状態なんだ。
きっといつかは復帰できるだろうけれど、いつになるかはわからない。父上が決めかねている現状で、アミィがそんなことを知っているはずもない。第一、ブーケがポワゾン公爵家の娘だなんてこと、アミィは知らないんだ。まさか、知っているなんてことは……ないね。まさかだよ。
ほぼ一月ぶりにお茶会ができたというのに、できる話は近況報告くらい。
アミィの方にはほとんど動きがないから、僕が自治会の話をしているうちに時間切れになってしまう。もっと普通の会話を楽しみたいのに。
アミィは、
「
なんて言ってくる。
いつの間にか、アミィは僕のことを「殿下」としか呼ばなくなっていた。
入学当時、せっかく「ヴィヨン様」と呼んでくれるようになったのに。
わかっている。僕とのお茶会が潰れるようになった辺りからだ。
今までどおり呼んでほしいと言っても、もう子供ではないのだからと、取り合ってくれない。
アミィとしては、僕が王太子になるのは決定事項だから、それに即した態度であるべき、ということらしい。
生真面目なアミィらしい。そういえば、僕がアミィと呼ぶことについては何も言ってこないな。それは許してくれるらしい。
アミィはブーケのことを「市井で育った礼儀知らず」と呼ぶけれど、そこに蔑むような響きはない。むしろ、羨んでいるような気配さえある。色々と背負ったもののあるアミィには、ブーケのような行動はできないからかもしれない。僕を名前で呼んでくれないのも、嫌だからではなくそれが高位貴族らしくないからなんだろう。
「僕もいる時に顔を出してくれると、なお嬉しい」
せめて自治会室でも顔を見られればと思ったけれど、
「申し訳ありません。
私としても、時間が空いた時にしか動けませんものですから」
と言われてしまった。
そうだよね。本来なら、ブーケの世話を焼いているような余裕があるはずもない。精一杯やりくりして、ようやく時間を作ってくれているのだから。
「アミィ…」
本当に、君って
何の見返りも求めず、自分の身を削って人のために尽くすのだね。
このままでは、いつかまた君が大怪我をすることになるんじゃないかと、僕は心配だよ。
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