21R 仕掛けられたもの(三人称視点)

 アメリケーヌがブーケの靴を隠した日の夜、王ヴィネグレットは、アメリケーヌにつけた密偵からの報告を受けていた。


 「アメリケーヌがまたレギュームと接触したか」


 「積極的に会っている風ではなく、偶然かと。

  どちらかというと、第1王子殿下が一方的に話しかけているように見受けられました。令嬢が元々どこに向かおうとしていたのかはわかりませんが、授業に間に合うよう、中止して戻ったようです。ただ、その時、令嬢は殿下が来た方──昇降口の方を見ておりました。

  午後になってからの休み時間、令嬢はまっすぐ昇降口に向かい、ガルーニ男爵令嬢の下足箱を開け、靴を取り出して空きの下足箱に隠しました」


 「靴?」


 「はい。靴を見て驚いた様子で、ハンカチを取り出してから掴みました。素手で触れるのを嫌ったように見えました。

  更に、靴を隠した後、こちらをチラリと見たように感じました」


 密偵の言葉に、ヴィネグレットは驚いた。


 「待て。お前の方を見ただと?

  何の訓練も受けていないアメリケーヌに気付かれるような監視をしていたというのか」


 「そのようなことはありません。

  が、気付いた上で動いているかのような動きだったのも確かです。まるで“ここに入れたぞ、わかったな”と言われたような気分でした。

  それで、移動された靴を確認したのですが」


 密偵は、三宝のような台に載せられたブーケの靴を王に差し出した。


 「爪先側に針が仕込まれております。

  履けば間違いなく刺さっていたかと。

  これを見た上で、令嬢の行動を振り返りますと、毒物を警戒して素手で触れなかったのではないかと思えます」


 「一介の公爵令嬢に、毒の知識があると申すか」


 「そうは思えないから不思議なのです。

  令嬢は、明らかに靴を見てから素手で触れるのをやめました」


 妙に熱っぽく語る密偵に、王は含むものを感じた。

 それゆえに


 「よい。何か思うところがあるのだろう、言ってみよ」


と、密偵が意見を述べることを許可した。


 「では。

  令嬢は、第1王子殿下が昇降口の方から来たのを見て、男爵令嬢の靴に何か細工したと感じ、1人で確認に行き、細工を見付けて履けないよう隠したと思えます。

  先日の矢の罠といい、男爵令嬢には命を狙われる理由があり、公爵令嬢はそれを知っている、そう考えると辻褄が合います。

  更に、自身に監視がついていると知った上で、調べるようこちらに合図をよこしたのではないかと」


 密偵の言葉は、荒唐無稽に聞こえるが、ブーケの正体を知らない者の口から“ブーケには命を狙われる理由があるのではないか”という言葉が出たことは、王には衝撃だった。

 しかも、靴に針を仕込んだのがレギューム第1王子だと想定している。


 「レギュームが男爵令嬢を害そうとしている、と聞こえたが」


 「そう考えると辻褄が合うと申し上げました」


 「しかも、アメリケーヌがそれを知っていて、男爵令嬢を守ろうとしていると?」


 「少なくとも、公爵令嬢が男爵令嬢を救ったのは二度目です。しかも、二度ともこちらに仕掛けがあることを示しています。これこのように狙われているから、自分を警護する暇があったら男爵令嬢を守れ、と言われている気分でした」


 たしかに、アメリケーヌがブーケを守ったのは初めてではない。だとすれば、アメリケーヌは、何者かがブーケを狙っていることを知っていて守ろうとしていることになる。

 ブーケのペンを隠し、偽物を折って捨てたのも、ブーケの正体を探る敵がいると想定すれば筋の通る行動だ。

 そして、襲撃者の一角にレギュームがいるとなれば、王位継承を巡る謀略の可能性さえ見えてくる。

 15年前のポワゾン公爵邸襲撃、6年前の暴れ馬の件、いずれも王家の血を持つ者が狙われている。そして、レギュームが狙われたことはない。その上、レギュームがアメリケーヌに接触を図っている状況からすれば、ヴィヨンの追い落とし、後継者争いの様相さえ見えてくる。

 だとして、アメリケーヌがブーケを守る理由は何か。


 ブーケは元々はヴィヨンの婚約者候補の筆頭だった。

 ヴィヨンが生まれ、プロヴァンスに娘が生まれたと聞き、婚約させようかという話も出たほどだ。生まれてすぐに刺客を向けられたのは、それを防止するためという見方もあった。

 その後、アメリケーヌが生まれたが、ブーケ暗殺の余韻もあって、婚約者候補の選定が先送りされた経緯があった。


 「アメリケーヌがガルーニ男爵令嬢を守っていると仮定して、その動機はどう見る」


 王は、密偵の見解を尋ねた。

 アメリケーヌを常に見張っているこの男なら、何か見えているものがあるかもしれないと考えての問いだった。


 「信じがたい話ですが…」


 「よい、忌憚のないところを申せ」


 「身を引くおつもりではないかと」


 「身を引く? ヴィヨンからか?」


 アメリケーヌは、今も毎日のように妃教育に通っている。その姿勢も成果も、期待以上のものだと報告が上がっていた。それが、身を引くつもりとはどういうことか、王には理解できなかった。


 「このところ、第2王子殿下は男爵令嬢と一緒におられることが多く、公爵令嬢は放置されております。

  その処遇に特に抗議することもなく甘んじて受けている姿からは、殿下が男爵令嬢を妃に迎えることを望むならそれもよし、としているように感じます」


 「ヴィヨンが男爵令嬢を望んだとして、側妃という選択肢もあろう」


 「いずれにせよ、殿下が大切にしている令嬢を守ろうとするのは、理由になるかと思います」


 その言葉は、納得できるものだった。なるほど、ヴィヨンがブーケに執着しているなら、ヴィヨンのためにブーケを守るという行動に出ることは納得できる。ブーケを側妃に迎えるとしても、自らの正妃の座は揺らぐまい。ブーケがプロヴァンスの娘と知っていたとしても、同じ公爵令嬢であるし、妃教育で一日の長はある。

 もっとも、普通に考えて、自らの立場を脅かす存在ではなかったとしても、影ながら守るような手間を掛けるかという疑問はあるが。


 「なるほど、大義であった。

  その靴の針は、調べてみるゆえ、預けていけ」

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