21 悪役令嬢は、靴を隠す

 ハッピーエンドルートは順調なようですね。

 街に下りて以来、お2人でいる時間が明らかに増えました。

 その分、わたくしとヴィヨン様の時間が減ってしまっているわけですが。それは仕方のないことですし、十分理解していますが、寂しいと思う気持ちを止められません。

 ゲームでは、今はまだアメリケーヌがヴィヨン様につきまとっている時期ですから、なんとか時間を作って、数分でもヴィヨン様のお傍にいるようにしていますが、来年に入れば、お茶会は二月に1回ペースに落ち込むのは確定です。

 私の望みは、ヴィヨン様が幸せになること。そのためにはブーケとのハッピーエンドを迎えていただかなくては。私では駄目なのですから。

 現に、必死に時間を作ってお傍に寄っても、交わす言葉は事務的なことばかり。

 お茶会の予定が潰れても「埋め合わせ」という言葉も出なくなりました。どうせ埋め合わせなどないことはわかりきっていますし、口先だけの守られもしない約束はいらない、と言ったのは私ですが、“埋め合わせはしない”とヴィヨン様が思っていることがありありとわかってしまうのも悲しいものです。





 ともかく、ヴィヨン様はブーケと一緒にいる時間が増えてきました。

 自治会に所属しているお2人ですから、用はいくらでもあるでしょうが、ブーケを快く思わない者も順調に増えています。

 婚約者である私を放って男爵家の庶子別の女と……というよりは、単に“男爵家の庶子如きが王子に馴れ馴れしい”というひがみが主体です。

 何の関係もない者達でしかないのに、義憤であるかのように勝手に怒っているだけなのですが、いずれ暴発しかねませんね。

 アメリケーヌの嫌がらせには、そうした不満のガス抜きという側面もあるのです。

 私が直接嫌味を言うのも、代弁されているようで楽しいでしょうが、いつぞやの“頭から水”のような嫌がらせは、自分がリスクを負うことなく結果だけ見て笑えるというガス抜きになるようです。

 実際のところ、水をかぶったブーケの姿を直接見た者は何人もいないでしょうが、翌日には噂になっていました。まったく暇な人もいたものです。

 やっている私としては、色々考えなければいけなくて面倒なのですが。

 そうも言っていられません。

 今日のイベントは、靴隠しです。定番ですね。

 残る大きなイベントは、母親を侮辱と、階段突き落としくらいです。

 あと3つ、やり遂げてみせましょう。





 靴隠しは、帰ろうとしたら外履きがなくなっていたというイベントです。

 学園では、外履きも内履きも制服のうちで統一されています。この辺りも、日本のゲームらしいところです。

 およそ貴族しか通っていないとは思えないほど、日本の高校然とした校舎ですから、昇降口や下足箱までちゃんとあります。

 登下校時以外は、誰も近付かない空間──言ってしまえば、いつでも隠せるのです。

 とはいえ、昼休みなどでは、さすがに人目につくおそれがありますし、靴をどこに隠すかという問題もあります。

 ゲームでは、“隠された”というだけで、靴がどこに行ったかは語られません。“捨てられた”、“燃やされた”、ではなく“隠された”ですから、後々見付けられる可能性のあるところに隠すのですね。ゲームでは、結局見付からないまま終わりましたけれど。

 隠し場所というのは、なかなか難しい話です。

 なにしろ、私が外履きを持って歩いている姿など見られては困るのですから。

 イベントとしては、靴がなくて困るブーケをヴィヨン様がお姫様抱っこしてご自分の馬車に運んで送っていくというものです。

 問題は隠し場所ですが、いいことを思いつきました。

 下足箱には、空きがいくつかあるのです。たしかブーケのクラスでも、2つほど空いていたはずです。

 灯台下暗しと言いますし、空いている下足箱に入れておけばいいでしょう。

 後はいつ隠すかですが、昼休みでさえなければ誰かに会うこともないでしょう。





 …と思っていたのですが。


 「やあ、アメリケーヌ嬢、こんなところで会うなんて奇遇だね」


 レギューム殿下と出会でくわしてしまいました。

 危なかった。もう少し早く動いていたら、靴を取り出した直後を見付かっていたかもしれません。

 幸い、この廊下はまだ私が歩いていても不自然ではないところですから、不審がられることはないでしょう。


 「最近はヴィヨンと一緒にはいないようだね」

 「ヴィヨン殿下は、自治会のお仕事でお忙しゅうございますから」


 「自治会の仕事というのは、どこぞの庶子と無駄話することかな」


 「2年も経つのにいまだ貴族のあり方を理解できない憐れな子羊に道を説くのも大切なお仕事かと存じます」


 当てこすりにしても、少しよくありませんね。ご自分が自治会に呼ばれなかったことが面白くないのもあるのでしょうが。

 私は、いずれ修道院に入る身ですから、粉をかけられましてもあなたに嫁ぐことなどありませんわよ。


 「そんなことを言っていて、足下をすくわれないように注意した方がいい」


 「ご忠告感謝いたします」




 ああ、もう! レギューム殿下のお陰で時間がなくなってしまったわ。

 教室に戻ろうとして、ふと気付きました。

 レギューム殿下は、なぜこんなところにいたのでしょう。

 昇降口の方を振り返って、少し考えます。

 まさか私を待ち伏せしていたとか? いえ、私がこんなところを歩いているなんて、思いつくわけがありませんね。本当に偶然ということでしょうか。あの方と出会う偶然だの運命だのはお呼びではないのですが。





 一度ケチがつくと、とことんケチがつくようで、昇降口に行けないまま昼休みになってしまいました。残るは午後最初の授業の後の休み時間。

 静かに、ゆったりと、でも素早く。なんとか昇降口までやってこられました。

 ブーケの靴は、ここですね。

 下足箱の蓋を開けてみると、靴の踵が泥で汚れていました。

 ちょっと、仮にも男爵家に住んで馬車で通っているのに、どうしてこんなに靴を汚すんですか。

 手に泥がつくのは避けなければなりません。ハンカチを載せて指でつまむようにして持ち、蓋を閉めます。

 次に、空いている下足箱に靴を放り込んで、これも蓋を閉めます。この間十数秒。ハンカチの分だけ手間取りました。

 後ろを見て、誰もいないのを確認し、素早く立ち去ります。このハンカチは、今日はもう取り出さないよう気を付けなくては。





 教室に戻り、何食わぬ顔で授業を受けた後は、お城に向かいます。

 自治会での仕事を終えたお2人が帰ろうとした時、ようやく靴がないことに気が付くわけですから、私がその場面を見ることはありません。その場にいることも。

 ヴィヨン様がブーケをお姫様抱っこしている姿を見ずにすむのは、幸運と言っていいかもしれません。





 翌朝、学園では昨日のヴィヨン様達のことが噂になっていました。

 もちろん、好意的な噂ではありません。

 これから、ブーケはますます周囲から嫌われ、ヴィヨン様はブーケを守るために近くにいる時間が更に増えるのです。

 また一歩、ハッピーエンドに近付きました。


 だから、これは嬉し涙。私の望みはヴィヨン様の幸せなのですから。

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