20R 公爵令嬢(ヴィヨン視点)

 ブーケ嬢はシロ。

 そのことを陛下に報告した。


 「5年前、私とアメリケーヌが初めて街に下りた際、ブーケ嬢に遭遇していたことがわかりました。

  当時の護衛から報告が上がっていたものと思いますが、私がひったくりを追っていた際にぶつかった少女がブーケ嬢でした。彼女が言うには、その頃から母親は体調を崩しがちだったとのことです。

  また、彼女の認識では、母親はガルーニ男爵を心から愛していたからこそ、こっそりと彼女を育て、名乗り出るつもりはなかった、となっているようです」


 「そのひったくりは、本当に偶然と言えるのか」


 「私がひったくりを追ったのは、その者がアメリケーヌの左肩にぶつかったことに怒ったからです。

  普通なら、私がわざわざひったくりを追うことなどないでしょう。狙って仕組むなら、直接アメリケーヌのものを盗むはず。そういった点からも、偶然と考えます」


 「なるほど、左肩か。…傷は、もう完治しておったのだろう」


 アミィの傷は、跡は残ったけれど痛みはない。けれど、あの傷はアミィの優しさの象徴だ。誰にも触れられたくはない。


 「はい、それは。

  だからこそ、それで私がひったくりを追うということは予測できないでしょう」


 「ふむ。では、お前の見立てでは、ブーケ嬢は己が出自を知らぬ、というわけだな」


 「はい。

  それと、アメリケーヌは否定していますが、彼女もあの日ブーケ嬢と会っています。

  私がブーケ嬢にぶつかった際、彼女が持っていた買い物袋が落ち、中の卵が割れました。アメリケーヌは、私を追う途中でそれを見付け、ブーケ嬢の買い物袋を自分のものと取り替えて渡しました。ちょうどアメリケーヌも卵を買っていたので。

  アメリケーヌに確認したところ、覚えていないと言っていましたが……彼女は善行を隠す傾向がありますから、そういった理由でしょう」


 「善行を隠す、とはなんのことだ?」


 「学園の入学式の後、アメリケーヌとバラ園で落ち合ったのですが、私が行く前に、ブーケ嬢の服が枝に引っかかっていたのを外してやったそうです。それで指を怪我しましたが、ブーケ嬢は口止めされていたそうで、先日、ようやく話を聞けました」


 「アメリケーヌ嬢が隠す理由はなんだ?

  謝礼を求めないのはわかるとしても、そのバラ園とやらの話では、隠す意味がなかろう」


 陛下が、当然の疑問を呈される。

 そのとおりだ。

 バラ園のことにしても、怪我を隠そうというわけではない。なにしろ、アミィ自身は怪我に気付いていなかったのだから。

 そうなると、結局、善行を隠したがる理由はわからないとしか言いようがない。


 「わかりません。

  単に、感謝されたり褒められたりするのがくすぐったいというだけなのかもしれません。

  卵の件について、アメリケーヌにあれはブーケ嬢だったという話をした際も、何の話かわからないととぼけられました。

  当時のことをアメリケーヌの侍女に確認しましたところ、屋敷に戻った後で、うっかり卵を割ってしまったと残念がっていたそうです。

  侍女が覚えているようなことを、あのアメリケーヌが忘れたとは思えません。

  それらから考えると、アメリケーヌは、困っている者を見るとつい助けてしまい、自分の立場からそれは芳しくないと考えて隠そうとするのではないかと思えます。

  たしかに芳しくはないでしょうが、類い希なる美点でもあるかと」


 自分を犠牲に動く癖は困るけれど、その心根自体は称賛されるべきものだ。


 「立場を考えると芳しくない、か」


 陛下が噛みしめるように呟いた。

 まさか、今更アミィが怪しいとかいうわけでもないだろうに、バラ園でブーケ嬢を助けたことがそんなに不思議なんだろうか。


 「アメリケーヌ嬢を信頼しているのだな」


 ますますわからないことを訊かれた。そんなこと、考えるまでもないのに。


 「もちろんです。

  何かあるのでしょうか?」


 「レギュームがアメリケーヌ嬢に何か働きかけたようだ。

  探りを入れる故、しばし距離を取れ」


 兄がアミィに?

 今までまるで接点がなかったのに?

 探りを入れる、ということは、陛下もまだ状況を把握していない、ということか。

 最近僕がアミィとの時間を取れていないことをわかった上で接触したとなると、あまり歓迎できない目的しか思いつけないな。


 「単なる横恋慕にせよ、別の目的にせよ、アメリケーヌ嬢さえ動じなければ問題はない。

  信頼しているなら、しばし距離を置いて様子を見ろ。

  さすがに彼女を害する気配があれば、影に割って入らせる」


 「わかりました」


 確かに、アミィなら問題はないだろうけれど。

 またしばらく一緒にお茶も飲めないのか…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る