20 悪役令嬢は、第1王子に出会う

 先日、ヴィヨン様がブーケと街に出てから、お2人の間の空気が確実に変わりました。

 ヴィヨン様はブーケに対してどこか構えていたのがなくなり、彼女を見る目も優しくなりました。

 言うなれば、王子として一歩引いて接していたのが自然体になった、というところでしょうか。

 わたくしとの会話の中でブーケの話題が出た時も、屈託なく笑っています。

 もちろん、ヴィヨン様が今の段階で不埒に及ぶわけがありませんから、何かあったわけではないのはわかっていますが。




 ヴィヨン様は私に気を遣って、翌週の自治会の休みの日は、お茶会の時間を取ってくださいました。埋め合わせしていただくのは初めてです。


 「アミィ、初めて2人で街に出た時のことを覚えているかい?」


 もちろんです、忘れるわけがありません。

 表情が変わらないよう努めながら答えました。


 「もちろん、覚えております。

  自分でお金を持って買い物をしたのは初めての経験でしたし、庶民の暮らしや物価など、生きた経験を得られた素晴らしい体験でした」


 あの日いただいたリボンは、今も大切にしまってあります。


 「あの日、僕がひったくりを捕らえたことは?」


 ああ、今日はその話なのですね。私はそのときのことは知らないことになっていますから。わざわざ埋め合わせしてくださるなんておかしいと思いました。ブーケとの運命の出会いをお話しになりたかったのですね。

 いえ、でも、これはヴィヨン様のご厚意です。


 「そちらも、もちろん。

  お立場を考えれば、あまり歓迎できることではございませんが、正義感に溢れた行動でございました」


 「まあ、若気の至りと言えなくもないね」


 ヴィヨン様は苦笑なさいました。王となるべき方の行動としては、いささか浅慮ではありますから、私としては、このような言い方をすべきでしょう。


 「あのひったくりが、どうかいたしましたか?」


 話の腰を折ってしまったので、軌道修正します。


 「あの時、僕がぶつかってしまった女の子のことは?」


 ……どういうことでしょう。私は、あの時ブーケには会っていないことになっているはずですが。


 「女の子、ですか?

  殿下が誰かにぶつかったというお話は伺っていなかったと存じますが」


 「ああ、そうか。アミィは後から来たんだったね。

  僕のところに来る時、すれ違ったりしていないかな」


 ヴィヨン様は、私の答えに少し驚かれたようです。なるほど、私も一緒に動いていたようなおつもりになっていたということですか。私の存在など、その程度のものですわよね。


 「ちょっと印象にございません。その、ぶつかったという女の子がどうかなさいましたか?」


 「ああ、それがブーケ嬢だった」


 「それはまた奇遇ですわね。

  そういえば、彼女は、学園入学の直前まで市井で暮らしていたのでしたか」


 “ブーケ嬢”ですか、“ガルーニ男爵令嬢”でなく。ついに来るべき時が来てしまいました。

 運命の出会いに気付いて、ブーケの存在が大きくなったのですね。

 ヴィヨン様は、無事ブーケとのハッピーエンドに向けて進まれているようです。

 肩がうずきます。

 喜ばしいことなのに、心は沈みます。いいえ、沈んでいる場合ではありません。

 ヴィヨン様とブーケの恋路は、ここからますます燃え上がるのですから。


 「うん、すごい偶然もあったものだね。

  お陰で話が早い」


 「話、ですか? 殿下、それは……」

 「ちょっと待って。どうして“殿下”なのかな。

  2人きりの時は、名前で呼ぶって約束したじゃないか」


 ああ、緊張していたので、つい殿下とお呼びしてしまいました。

 それにしても“約束”ですか。義理堅いのはいいことですが、残酷な話です。

 ブーケは黙っていても“ブーケ嬢”と呼んでもらえるのに、私は“アミィ”ですか。嬉しかったはずの愛称呼びも、状況次第で私を苦しめる刃になるのですね。

 表情を変えないよう気を付けつつ、私はヴィヨン様との時間を過ごしました。



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 「ドヴォーグ公爵令嬢とお見受けする」


 数日後、お城に向かうために馬車止めに向かっていたところ、突然声を掛けられました。

 はて。公爵令嬢である私に気安く声を掛けられる方などそうはいないはずですが。しかも、この言い方だと私とは面識のない方のはず。

 黙ったまま足を止めて振り返ると、そこには見知らぬ男子生徒が立っていました。ネクタイの色からすると3年生ですから、この方はおそらく第1王子のレギューム殿下でしょう。

 直接の面識はありませんし、ゲームでもほとんど見た記憶がありませんが、茶髪に茶目ですから間違いないはず。なるほど、私を呼び止められるわけです。


 「お初にお目に掛かります。

  ドヴォーグ公爵家が娘アメリケーヌ・フォン・ドヴォーグにございます。

  王子殿下とお見受けいたしますが、私にどのような御用でしょうか」


 相手がレギューム殿下とわかったので、淑女の礼を取ります。仮にも王子ですからね。

 それにしても、ゲームではほぼ登場しない方のはずなのに、どうして私に接触してこられたのでしょうか。


 「用というほどのことではないんだが、ヴィヨンの様子が近頃おかしいという噂を聞いてね」


 真偽を確かめに来られたのか、別の目的か。ゲームでは、ヴィヨン様は必ず王太子になります。つまり、この方はヴィヨン様と利害関係にない方。とすると、純粋に心配なさっておいでということでしょうか。その可能性は十分ありますね。


 「噂でございますか? どのような噂でしょうか」


 軽くとぼけてみせると、


 「あなたという婚約者がありながら、どこぞの庶子にご執心とか」


と仰います。なんでしょう、言葉からは、私に対する憐憫というより、ヴィヨン様に対する嘲りのようなものを感じます。まるでヴィヨン様に対する敵意のような。


 「どこぞの庶子とは、自治会所属の令嬢のことでございましょうか。

  困ったことに、貴族としての常識をわきまえないものですから、ヴィヨン殿下が同学年のよしみで面倒を見て差し上げておられます」


 「その結果、正当なる婚約者であるあなたがないがしろにされているとか。

  王子としては看過しかねる状況でしてね」


 側妃腹とはいえ王子ですのに、私相手に随分と下手に出ておられますわね。

 これは、捨てる神あれば拾う神あり、と仰っているのでしょうか。

 それは、確かに私は捨てられてしまう立場ではありますが、アメリケーヌがレギューム殿下に嫁ぐエンディングは存在しないのですよ。


 「私は未だ妃教育の終わらぬ身です。

  自治会において研鑽を積まれるヴィヨン殿下のお邪魔にならぬよう、己のなすべきことに全力を傾けるのがあり方と心得ております」


 木で鼻を括ったような正論を吐くと、レギューム殿下は


 「ヴィヨンで何か困ったことがあれば、頼ってください」


と仰って立ち去られました。






 帰宅後、攻略情報ノートを読み返してみましたが、やはりレギューム殿下がアメリケーヌに接触するといったイベントはありませんでした。

 私の前世の記憶は、ヴィヨン様攻略に関するものがほとんどですから、別のルートで、そういったイベントが存在する可能性もあることはあるのですが。

 いずれにしても、ヴィヨン様以外の方に嫁ぐようなエンディングはいりません。

 レギューム殿下の存在がヴィヨン様のハッピーエンドに必要でない以上、近付かないようにしておかなければ。

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