19R2 卵の少女(ヴィヨン視点)

 ブーケ嬢とは、それなりに話せるようになってきたけれど、彼女の生い立ちや本音といったものにはまだ触れられないでいる。

 たとえ後ろめたいところがなかったとしても、 男爵家の庶子という立場で、王子と馴れ馴れしく話せるかといえば、やはり無理だろう。

 今のままでは、どちらとも決められない。

 自治会室ではほかの目もあるからと、アミィとのお茶の時間を削ってまで交流を持とうとしてきたけれど、まだ足りていない。

 色々考えて、街に連れ出してみることにした。

 少々こじつけがましいけれど、自治会の買い物の用事があるから口実に使わせてもらって、ブーケ嬢に一緒に行ってもらう。

 理由としては、僕では街は不案内だからということにしている。

 ブーケ嬢は、多少不思議そうな顔をしたものの、了承してくれた。




 出掛けるに当たって、アメリケーヌに、お茶会の中止を告げた。埋め合わせはすると言ったところ、


 「先日も同じようなことを仰っておられましたのを覚えておいでですか?

  一国の王子ともあろう方が、できもしない約束をするというのは芳しくありませんわね。

  もちろん謝罪はお受けしますが、埋め合わせとやらは聞かなかったことにさせていただきます。

  大事な自治会の御用ですもの、私になどお気を遣われず、どうぞいってらっしゃいませ」


と睨まれた。

 できもしない約束はするな、というのは、たびたびアメリケーヌに言われていることだ。

 王子なのだし、必要なことはやらなければならない、ただし、できない約束はするなというのがアメリケーヌの言い分だ。

 本当に、ぐうの音も出ない。




 一方、一緒に街に下りたブーケ嬢からは、アミィを心配する言葉が出た。


 「今日はドヴォーグのお嬢様とお茶する日じゃないんですか? あたしが邪魔したみたいになってません?」


 そんなことを気にするということは、やはり周囲から色々言われているのだろう。そのことを指摘すると


 「あたしの場合、立場が立場ですから。仕方ないです。

  それでも、ドヴォーグのお嬢様のお陰で、大分減ってるんですよ。

  あの方、なんていうかタイミングが良くって、ちょうど誰かが文句言ってこようとしてる時に来て、あたしに話しかけるんです」


 アミィが? クラスも違うのに? 偶然にしてはできすぎじゃないかな。

 そうやって、わざわざブーケ嬢のところまで行って、アミィがしていることと言えば、ちょっとした苦言程度らしい。アミィにしては、おかしな行動ではある。ブーケ嬢は、アミィがわざわざ苦言を呈するような対象ではないはずだ。

 アミィの話が出たので、彼女が重圧の中で努力している話をしてみた。ブーケ嬢が、自分も公爵家の令嬢だと知っているなら、何か反応があるかもしれない。すると


 「公爵家に生まれると、そういうものなんですかねぇ。

  あたしなんか、ずぅっと、この辺で育ってきましたから、貴族だとか言われても実感ないんですよね。

  男爵家のお嬢様だなんて、冗談じゃないですよ」


などと平然と言う。そう言った彼女の目には、本音の色があった。どうやら、彼女が何かを言い含められているということはなさそうだ。

 男爵家でさえ分不相応に高いと本気で思っているし、自分が公爵家の生まれなんて想像もしていないようだ。

 ただ、唯一の肉親と信じている侍女がいない今、街に戻る意味は感じていないということらしい。

 その侍女は、針子として必死に働いてブーケ嬢を育てていたようだ。

 侍女自身、それなりの家の出だったはずだけど、そうまでしてブーケ嬢を守っていたのか。

 これは、陰謀説は穿ち過ぎかもしれない。






 買い物の方は、所詮口実でしかないので、さっさと終わらせたのだけれど、そうしたら


 「殿下、自分で買い物したことあるんですか?」


とブーケ嬢に驚かれた。

 アミィと何度か街に下りていると言ったら、また驚かれた。どうやらブーケ嬢の中では、王子や公爵令嬢は深窓の存在ということになっているらしい。

 話をしていて、初めて街に下りた時のひったくりの話になった時、ブーケ嬢が


 「それ、あたしです、たぶん……」


と、呆然と言った。なるほど、あの時の子だったのか。だったら、間違いなくこの街で育ったわけだ。


 「あれ? それじゃ、もしかしてお嬢様もその時いたり?」


 そういえば、あの時僕とアミィは一緒に動いていなかったね。ブーケ嬢の中では、別々に存在しているわけか。


 「ああ、アメリケーヌが袋をすり替えたよね」


 「お母さんが具合が悪くなったから、卵を食べさせてあげようって。最後の1個だったのに割れちゃって」


 たしかに、アミィが卵を買った時、残りは1個だった。

 10歳の頃から母親が具合が悪かったこと、卵を食べさせたかったこと、状況は符合する。

 間違いない。ブーケ嬢はシロだ。


 「そういう事情だったなら、アメリケーヌが気を利かせてくれてよかったよ」


 「袋、間違えたわけじゃなかったんですか!?」


 「アメリケーヌが間違うとは思えない。素早く中身を見比べて、同じものを買っていたから袋ごと取り替えたんだろうね。

  入学式の日もそうやって助けてもらったんじゃないかな?」


 ついでだから、入学式の時のことを訊いてみた。そうか、やっぱり自分が怪我してまで助けたのか。

 僕に内緒にするわけだ。

 ブーケ嬢は、そのこともあってかアミィに好意的だ。学園では、それなりに強い言葉で言われて、普通ならもう少し沈むところだろうに。


 「お嬢様だけなんです、お母さんのことを悪く言わないのは。

  お母さん、信念に従って生きたから何も恥じることはないって」


 「もし、元の生活に戻れるなら、戻りたいかい?」


 「もう、戻れません。

  ここで逃げたら、あたしはきっと後悔するから」


 そう言ったブーケ嬢の顔は、静かな決意に満ちていた。






 後日、僕は陛下父上に報告に上がった。


 「ブーケ嬢は、自分の出自を知りません。

  本当に庶民の子として育ったようです。

  5年前、私がアメリケーヌと初めて街に下りた時、偶然会っていたこともわかりました。当時の印象は、気の強い庶民の子、でした。

 何らかの陰謀があったとして、少なくともブーケ嬢自身は、そこに加担してはおりません」

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