19 悪役令嬢は、2人を見送る

 無事…というか、9月の定期考査も満点で首席という結果になりました。

 ヴィヨン様もブーケも、安定の点数と順位です。最初にわたくしが目的を取り違えたから、こんなことになってしまったのですよね。

 私でも努力すればヴィヨン様を幸せにできるなどと、幻想を抱いたのが間違いでした。

 入学当時、ヴィヨン様にサロンでお茶に誘われた時も、かすかな期待が首をもたげました。でも、すぐに否定せざるを得なかった。だって、ブーケに出会えば、きっと変わるに決まっていますから。

 その予想は、悲しいけれど、当たり前のように現実になりました。


 今や、隔週のお茶会すら存続を危ぶまれる状況です。

 埋め合わせはするという形ばかりの謝罪も、3回目を迎えれば、淡い期待すら抱かなくなりました。

 今日、お2人は、自治会の用事で街に出るのです。

 そして、これは、5年前の伏線を回収するイベント。

 ひったくりを追っていて女の子にぶつかり、大事な卵を割ってしまって泣かせたという苦い思い出を語るヴィヨン様に、その女の子が自分だと名乗るブーケ。

 ブーケは、あの事件をずっと引きずっています。

 そして、ブーケは入学式のバラ園で助けてくれたのがヴィヨン様だとは気付いていますが、卵の少年がそうとは気付いていません。昔のことですし、まさか王子様が街でひったくりを追いかけているなんて思いもしませんものね。




 「本当にすまない。

  本来なら、今日はアミィとのお茶を優先しなければいけないのはわかっているのだけれど。

  この埋め合わせはきっとするから」


 ええ、わかっております。ブーケを1人で街に出すのは心配ですものね。大事なイベントですもの、私も喜んで背中を押させていただきます。が…


 「先日も同じようなことを仰っておられましたのを覚えておいでですか?

  一国の王子ともあろう方が、できもしない約束をするというのは芳しくありませんわね。

  もちろん謝罪はお受けしますが、埋め合わせとやらは聞かなかったことにさせていただきます。

  大事な自治会の御用ですもの、私になどお気を遣われず、どうぞいってらっしゃいませ」


 ここは、ヤキモチを焼いて我が儘ぶりを発揮する場面です。

 ただし、ヒステリックにやってはいけません。淡々と、上目遣いに睨んで嫌味っぽく言うのです。

 別に、こんなことでヴィヨン様の罪悪感を煽ろうというわけではありません。単に、アメリケーヌがそういう冷たい嫌味キャラだというだけのことです。


 「あ、ああ。すまない」


 本当にすまなそうに、ヴィヨン様はブーケのところに向かわれました。

 真実、すまないと思っていらっしゃるのでしょう。理由がどうあれ、相手が誰であれ、約束を破るというのは、あまり気分のいいものではありませんから。

 特に、私の場合、今のところ表立って何かをしているわけではなく、王太子妃となるに相応しい令嬢であり続けているのですから。ヴィヨン様がブーケに惹かれているのも、私を将来の伴侶として愛せないのも、ヴィヨン様の事情でしかありません。

 だからこそ、アメリケーヌがブーケに嫌がらせをしていたこと、ブーケがポワゾン公爵家の娘であることが明るみに出て、初めてハッピーエンドに至れるのです。今のままでは、外形的にはヴィヨン様の浮気でしかありませんから。

 嫉妬に駆られて恋敵の命を狙う女──階段突き落としのイベントで、ようやくアメリケーヌの側に重大な問題ありということになるのですから。

 私が修道院送りですむのは、ヴィヨン様の行動にも問題があった点を考慮されているのでしょう。




 この後、お2人は街に行き、あの通りを歩きます。

 そして、ヴィヨン様は、昔ここを訪れた時、ひったくりを追いかけて少女にぶつかったこと、それで卵が割れたと少女に泣かれたこと、追いかけようにもひったくりを捕らえた状態でどうにもできなかったことなどを語るのです。

 ブーケはそれを聞き、かつて自分が怒鳴りつけた相手がヴィヨン様だったことを知り。そして、母親がその頃から体調を崩しがちだったこと、それで卵を食べさせて元気づけたかったこと、結局、買い直そうにも卵が売り切れていたことなどを語ります。

 ゲームでは、ここでブーケがどう返すかで好感度が変わってきます。

 恨み言を言うと蟠りを残すことになり、ハッピーエンドにはいけません。もう気にしてないと答えても駄目で、正解は“今度そういうことがあったら、もっと上手にやってくださいね”です。

 失敗は仕方ないけど後に活かしましょう、と前向きな言葉をもらうことで、ヴィヨン様はより良い王になるべく決意を新たにするのです。

 現実となったこの世界では、もちろん選択肢から選ぶわけではありませんが、あのお2人なら、きっと前向きな展開になるはず。



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 翌朝、ヴィヨン様から


 「初めて2人で街に下りた時のことを覚えているかい?」


と訊かれました。


 「もちろんです。それが何か?」


と訊き返すと


 「卵の少女は、ブーケ嬢だったんだ。アミィは気付いていたかい?」


と仰います。無事、昔話ができたようですね。けれど、私は卵のことは知らないことになっているのをお忘れのようです。私はその場には居合わせておりませんよ。


 「卵の少女とは、なんのことでございますか?」


 問い返すと、


 「ああ、そうか、アミィは……。

  実は、あの日、僕はひったくりを追っていて少女にぶつかってしまってね、それが彼女だったと昨日知ったんだ」


 「左様でございますか。彼女は学園入学直前まで市井で暮らしていたというお話ですから、街を歩いていても不思議はありませんわね。ぶつかってお怪我なさらなくてようございました」


 アメリケーヌは、あくまでヴィヨン様にお怪我がなかったことを喜べばいいのです。


 「君は……あの頃から、変わらないんだな……」


 どうやら、私がブーケなど眼中にないという態度がお気に召さないご様子。いい傾向ですね。


 「私は、私ですから」


 左肩がうずきます。ヴィヨン様の幸せのためには、こうするのが正しいとわかっていても、辛くないわけではないのですから。でも耐えられます。耐えてみせます。それが私のなすべきことなのです。自分で決めたのですから。

 きちんと悪役を勤め上げますとも。

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