18R 公爵令嬢の行動(三人称視点)

 王──ヴィグレット・フォン・ド・ヴォライユは、自身の執務室で密偵からの報告を受けていた。

 17年前に臣籍降下した王弟プロヴァンス・フォン・ポワゾンの娘ブーケは、15年前に暗殺された──ことになっている。

 生まれた数日後、母である公爵夫人ルージュの部屋に賊が侵入し、ルージュはじめ十数人が殺された。プロヴァンスが兄に娘の誕生を報告に行き、2人で祝杯を交わした夜のことだった。

 音もなく、何の証拠も残さずに消え、2人の侍女と生まれたばかりのブーケの姿も消えていた。

 侍女の1人は、翌朝、付近で死体となって見付かった。腹を刺されての失血死と見られたが、もう1人とブーケは見付からなかった。

 深い怒りと悲しみに沈んだプロヴァンスは、妻と娘が暗殺されたと発表しつつブーケの行方を追っていた。

 そして、十数か月前、行方知れずだった侍女クミンがプロヴァンスに接触してきた。ブーケを娘として育てている、誰が敵かわからず身を隠していたが、自分は病でもうもたないから、あなたが敵でないと信じて託す、と。

 侍女は、ルージュの最期の命令で、ブーケを連れて逃げたのだという。まだ公表していなかったブーケの名を知っていたこと、ブーケが生まれた時に贈ったペンを持っていたことから、プロヴァンスはひとまず信用することとし、子飼いのガルーニ男爵の庶子と偽って学園に入れることとした。

 自分のいない夜を狙われたことで、城内に敵の目があることを疑い、兄王にも秘密にしたのである。

 この1年ほどで、ブーケは間違いなく本人と思われたが、暗殺者を送ったのが誰かまではわかっていない。

 そんな時、兄王がブーケの存在に気付いた。




 それは、アメリケーヌ・フォン・ドヴォーグが自宅に持ち帰ったペンが発端だった。

 アメリケーヌの父ビガラート・フォン・ドヴォーグ公爵は、娘に付けている侍女コリアンダーから、娘がペンを買って壊しているとの報告を受けて首を捻った。やがて、娘が同型のペンを机に隠したと知って検分したところ、ペンの軸奥裏にポワゾン公爵家の紋が隠されていることに気付いた。

 ビガラートは、急ぎ王に報告し、王はプロヴァンスに事の次第をただし、ブーケの生存を知った。

 さらに、その頃、ヴィヨン王子につけた侍女から、王子が女生徒ブーケから盗まれ壊されたペンを預かったと聞き、子細を尋ねることになったのだった。

 その結果わかったことは、アメリケーヌがブーケのペンと同じものを買い求めて折り、ブーケのペンを持ち出した上で偽のペンの破片を捨てたらしいということだった。しかも、アメリケーヌは真っ二つに折ったのに、拾われた破片は4つに砕けていた。

 これが何を意味するかはまだ不明だが、少なくともアメリケーヌがブーケの身元に気付いているであろうことは想像できた。

 アメリケーヌが暗殺者にくみしていることはあり得ない。暗殺事件当時、アメリケーヌはまだ母の腹の中だった。アメリケーヌにとって、ポワゾン公爵令嬢は、“産まれてすぐ、名前もつけられないうちに暗殺された”令嬢に過ぎないはずだ。

 だが、ペンの際の時系列を考えれば、アメリケーヌは、ペンを確認する前の段階で、既にブーケの身元に気付いていたとしか思えない。なにしろ、すり替え用のペンを先に購入しているのだから。

 アメリケーヌが何を知っていて、何を狙ってそのようなことをしたのか、誰にもわからなかった。

 だからこそ、ヴィグレットはヴィヨンに、ブーケの秘密をアメリケーヌにも言わないよう命じたのだ。

 同時に、アメリケーヌにも護衛と監視を兼ねた影をつけることにした。

 今は、その影からの報告である。



 「公爵令嬢は、男爵令嬢が第2王子殿下からの呼び出しの手紙を受け取ったことを知り、その内容を盗み見ました。

 そして、先回りしたのですが、突然立ち止まって周囲を見回すと、校舎の中に入って、立ち止まった場所の上の階に上がり、そこにあったバケツを見付けるや、その中の水を男爵令嬢に掛けた上、バケツを投げ落としました。

 結果、男爵令嬢は頭から水をかぶって立ち止まり、バケツは地面に落ちたわけですが…」


 影は言いよどんだ。


 「どうした」


 ヴィグレットに促され、再び口を開く。


 「すぐに殿下が駆けつけ、男爵令嬢は殿下と共に立ち去りました。手紙は殿下を騙ったものだったようです。

  その後、バケツを確認いたしましたが、中にこれが」


 影は、布で包まれたものを出し、布を広げてみせた。そこには、短い矢があった。


 「バケツの落ちたところに仕掛けがあり、それを踏むとこの矢が飛び出すようになっていました。

  男爵令嬢が水をかぶったのは、公爵令嬢が立ち止まった場所と同じ、そして、罠の位置は、公爵令嬢が見回していた辺りです。


 「アメリケーヌは、罠を知っていた、と?」


 「いえ、その場で発見し、そこまで行かせないよう水を掛けて止めた、と感じました」


 「一言本人に言えば足りることを、迂遠だな」


 「手紙を知ってから動いていること、あの場にはそれまで近付いていないこと、さらには、バケツもたまたまそこにあったものであることを考え併せると、まるで“狙われているのを知っていて、影ながら守っている”ようでした。

  水を掛けるなど些か乱暴ですが、我らが先回りして危険を排除するやり方に近いと感じます」


 「わかった。引き続きアメリケーヌを監視せよ」


 「はっ」


 影が去った後、1人残されたヴィグレットは、独りごちた。


 「何を知り、誰と繋がっている? アメリケーヌ。

  敵は誰なのだ?」

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