18 悪役令嬢は、水を掛ける

 2年生になりました。

 わたくしに残された時間はあと2年。たったの2年です。それを過ぎたら、私はもうヴィヨン様のお傍にはいられなくなるのです。

 ヴィヨン様と知り会ってから7年半の思い出と、これからの2年間の思い出を胸に、30年以上の余生を生きるのです。1日たりとも無駄にはできません。

 けれど、運命は残酷です。ヴィヨン様が自治会に入ってしまったことで、私がヴィヨン様と一緒にいられる時間はほとんどなくなってしまいました。

 私の方も、役立てることもない王妃教育を受けるのと、ブーケに嫌味を言ったりするのに忙しく、自由な時間がほとんど取れません。

 週に一度、王妃教育のない日に、サロンで2人でお茶を飲む時間が唯一でしたのに、それも2週に一度になってしまいました。

 近況報告程度で大したお話もできてはいませんし、ヴィヨン様が私をからかって遊ぶことも減ってきて穏やかな時間でしたのに。

 ブーケが現れたら、私はないがしろにされるようになる。わかりきっていたことではありますが、やはり悲しいものです。

 けれど、それがヴィヨン様の幸せのためなのですもの。限られた時間に、この先30年分の思い出を作らなくては。




 後ろ向きなことばかり考えていても滅入るだけ。私は、私のなすべきことをなすのみです。

 今回の嫌がらせは、“ブーケに水を掛ける”。

 校舎脇を歩いているブーケに、3階の窓からバケツで水を掛けるという、スタッフの正気を疑う嫌がらせです。

 公爵令嬢に、水のたっぷり入ったバケツを持たせるとか、いったい何を考えているのでしょう。そもそも、どこから汲んでこいと?

 水を出せる魔法でもあれば楽なのですが、この世界に魔法はないのです。

 とにかく行ってみましょう。




 ブーケが歩くところを、自分で歩いてみます。向こうの角から出てきて、この辺まで歩いてくるのに10歩ほど。8~9秒といったところでしょうか。

 立ち止まり、周りを見回してから上を見上げると、ちょうど窓があります。あそこから水を掛ければいいのですね。水が3階から落ちてくるのに1秒として、角から出てきたのが見えてから7~8秒で落とせばいいですね。

 今来た道を戻り、3階に上がると、そこにはなぜか水の入ったバケツが置いてありました。

 縁には雑巾が掛かっていますが、まだ使ってはいないようで、水は透き通っています。これならずぶ濡れになるだけですみそうです。

 間もなくブーケが通るはず。

 どうしてそれがわかるかといえば、ゲームのシナリオにあるからです。

 ヴィヨン様からを装った偽の手紙で呼び出されて、ここを通っていくけれど、途中で水を掛けられ、しかもヴィヨン様が後ろからやってきたことで、呼び出し自体が嘘だったと知るのです。

 ただ、手紙を用意したのはアメリケーヌではないのですよね。たまたま手紙を読んでいるブーケを見かけ、嫉妬に駆られて邪魔するだけですから。




 バケツを窓際に持って来て、校舎の角が見えるところに陣取って、準備は完了です。

 見えました、ブーケです。…3、4、5、6、よい、しょっと!

 バケツを逆さまにして水を落としたら、うっかりバケツも落ちてしまいました。幸い、落ちたバケツは、角度からすればブーケに当たることはないでしょう。見つかるわけにはいきませんから、確認はできませんが、聞こえてきたブーケの悲鳴からは、痛みのようなものは感じられませんでしたから、うまく逸れてくれたようです。これなら、問題ないでしょう。どうせ指紋など取れないのですし。

 やるべきことはやりました。姿を見られては困るので、私はすぐに退散です。

 悲鳴が聞こえましたから、ブーケはちゃんと濡れたはず。後は、駆けつけたヴィヨン様が馬車で男爵邸まで送っていってめでたしめでたしです。




 これで、今日のイベントも無事終了。

 ごめんなさい、ブーケ。これも全てヴィヨン様のためなの。恨んでくれていいから、ヴィヨン様を幸せにして差し上げてね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る