17R2 ペンの行方(ビガラート視点)

 「お父さま。

  わたくしは、これまでのあり方を反省いたしました。

  つきましては、よき淑女となれるよう、教えを受けたいのです」


 風邪で寝込んでいた娘は、治るなり何を思ったかそんなことを言ってきた。

 専属で付けている侍女コリアンダーの報告では、どうやら王太子妃を目指すことにしたようだ。

 家柄から言えば、望めば得られる地位ではある。

 どのみち、そう遠くないうちに淑女教育を始める予定だったことではあるし、構うまい。


 そう思い、シャメールに付けていた家庭教師を当ててみたところ、口を揃えて、同年の頃のシャメールより優秀と言ってきた。とにかく理解力が素晴らしいと。

 シャメールは、どこからかその評を聞きつけたらしく、アメリケーヌに対して素っ気ない態度を取るようになった。公爵家跡取りとしては、そのように狭量では困ると思って見ていれば、アメリケーヌはゲームを通してシャメールを懐柔してしまった。

 軽く眺めた限りでは、アメリケーヌはゲーム自体は手を抜いていないようだ。敢えて苦手なものを見せることで、兄の自尊心を満足させる策に出たらしい。腹芸とも呼べぬものではあるが、4歳にしては上出来だ。

 シャメールに、アメリケーヌのチェスの腕について問うてみた。果たして理解できているか。


 「はっきり言って弱いです。駒を大事にしすぎて、払うべき犠牲を払えません。アメリケーヌ自身も、犠牲を払えば勝てるとわかっているみたいですが、そうできないでいます」


 なるほど、この子はこの子なりに、妹を理解しているようだ。






 こちらからは敢えて話を出すことはしなかったが、陛下から第2王子殿下の妃としてアメリケーヌを求められた。

 ポワゾン公爵家の令嬢が暗殺されて以来、妃候補の座は空白のままだったが、どこかに良い耳を置いておられるようだ。我が家がどこかの家と婚姻を結ぶことを恐れてのものだな。

 まあ、アメリケーヌ自身も王太子妃に憧れていることでもある。それもよかろう。





 「ドヴォーグ公、すまぬことになった。

  アメリケーヌ嬢がヴィヨンを庇って馬に踏まれた。幸い生死に関わるような傷は負っておらぬが、回復するまでこちらで治療させてもらいたい」


 アメリケーヌは、身を挺したか。殿下を慕っているのはわかっていたが、これは憧れなどという話ではないな。ふむ、城で養生するとなれば、妃としての地位は揺らぐまい。


 「臣下として当然のことでございます。

  ただ、娘が安心して養生できるよう、我が家の侍女を置かせていただきたく」


 様子を見に行ってコリアンダーに事情を確認したところ、やはりアメリケーヌは殿下と馬の間に自ら飛び込んだとのことだった。

 犠牲を払わぬから勝てぬ、か。なるほど、甘い性格だな。

 しかし、自分も生き残るくらいには運に恵まれているか。

 王妃は冷静でさえあればよく、冷徹までは求められん。それは王の役割故な。

 なかなかどうして、いい王妃になれるかもしれん。








 「旦那様、ご報告がございます」


 コリアンダーから、妙な報告が入った。

 アメリケーヌが、自分の持つのと同じペンを注文したという。しかも、内に紋章は入れておらぬと。

 あれは、貴族家で子が生まれた時に与えるもの。紋章を入れぬことはままあるが、そもそも学園でそれを必要とする事態など考えられん。アメリケーヌが不埒に及ぶこともまたあり得ん。その程度の常識、今更語るまでもない。

 では、何に使う?






 次の報告は、アメリケーヌがペンを折っていた、というものだった。

 壊してどうするというのか。

 数日後、またコリアンダーから報告が入った。


 「旦那様、本日、お嬢様が同じペンをどこからかお持ちになりました」


 おかしな話になってきたな。

 コリアンダーの報告によれば、アメリケーヌは先日入手して壊したものと同じペンを机に入れたそうだ。これ見よがしに、何を企んでいる?

 コリアンダーに命じてそのペンを持ってこさせると、それなりに使い込まれた品だった。


 「む?」


 中をあらためると、ポワゾン公爵家の紋がある。

 だが、ポワゾン公爵家に子はいなかったはずだ。娘が生まれてすぐに奥方ごと暗殺され、公は再婚すらしていない。

 妾がいないとは限らんが、妾の子にこのペンは贈るまい。

 では、このペンはなんだ?


 先日折ったペンのことと併せれば、取り替えたということに──だが、踏んで多少傷が付いたとしても、このペンの、時を感じさせる傷との違いは一目瞭然だ。──本物を見たことがあれば。

 本物を見たことがないとしたら──まさか、公の娘が生きているとでも?

 シャメールによれば、ガルーニ男爵の庶子が自治会に入っていて、アメリケーヌが何やら世話を焼いているのだったか。ガルーニ男爵は公の子飼い……あり得なくはない、か。

 なるほど、それでこのペンか。確かにアメリケーヌの手には余る案件だな。

 アメリケーヌに直接当ててみるか。





 「その娘、少々面白い立場のようだな」


 「ガルーニ男爵の庶子と伝え聞いております」


 「それで?」


 「それだけです。

  ほかに何かあるのでしょうか」


 ほう、何かあるのか、ときたか。

 なるほど、確証はない。ペンも裏で手に入れたもの、表立って証拠とはできん。

 使えるものは親でも遠慮せぬということか、よかろう。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 「陛下、我が娘が面白いものをお見せしたい、と。

  ガルーニ男爵が引き取ったという娘が持っていたもののようです」


 紋を確認された陛下から、わずかに驚いた気配があった。陛下もご存じない話だったか。


 「ポワゾン公爵令嬢を害したとされる者は、まだ見付かっておりませなんだ。

  娘の方で餌も撒きましたようで、近々何らかの動きがありましょう。

  まずは、公爵令嬢の安否をご確認なされてはいかがと存じます」


 「すぐにもプロヴァンスを呼ぶとしよう。

  大義であった」



 これで、その娘には護衛の1つもつくだろう。

 話は進めておいたぞ、アメリケーヌ。

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