17R ブーケ・フォン・ガルーニ(ヴィヨン視点)
初めての定期考査は、予想どおりアミィが首席だった。彼女は謙遜するけれど、その優秀さは疑うべくもないので、こうなることはわかりきっていた。学業で彼女を上回る者などいるわけもない。さすがに満点を取るとまでは思わなかったけれど。
その後の妃教育──アミィもわかっているようだけれど、事実上の王妃教育──も、難なくこなしているらしい。母上など、自分の時は泣きたくなるほど辛かったのにアミィは笑顔でこなしていると感心していた。
少し予想外だったのが、2位がブーケ・フォン・ガルーニ嬢だったことだ。
つい3か月前にガルーニ男爵家に引き取られた庶子で、それまでは母親と共に城下町に住んでいたらしい。
不思議なことに、母親の手紙だけを持って屋敷に現れたブーケ嬢を、男爵は全く疑うことなく引き取ったそうだ。この辺り、きっと裏があるのだろうけれど、今のところ学園では誰も気にしていない。
僕自身については、兄よりいい成績を取れたので問題ない。正妃腹だから王太子になったと言われるよりは、正妃腹でかつ優秀だからと言われた方がやりやすいから。
兄は7位だったから呼ばれなかった自治会に、僕は呼ばれた。この点ではっきり差を付けたことは、今後にいい影響を与えるだろう。
自治会で顔を合わせたガルーニ男爵令嬢は、入学式の日にバラ園で会ったあの子だった。
学業優秀であることと立ち居振る舞いは異なるものだとわかっているけれど、スカートをバラに引っかけて右往左往していた彼女があれだけの点数を取るというのは面白い。
一方で、学業優秀、品行方正なアミィのような完璧な令嬢でも、初めてアミィと呼んだ時には相当戸惑っていたわけで、本当の意味で完璧な人間というのはいないのだろう。
そのアミィは、自治会に声を掛けられたものの、妃教育で城に通う必要があるからと断っている。というか、母上の方から断るよう命じていたようだ。
一緒に自治会に入ったら楽しいだろうとは思うけれど、難しいのも確かだ。
彼女は、わかってはいても残念だったようで、ブーケ嬢のところに行って、しっかりやれ、僕の足を引っ張るな、とえらい剣幕で注意してきたらしい。その後もことあるごとに何か言いに行っているようだけれど、アミィが強く注意するものだから、ほかの連中はブーケ嬢に嫌味を言うこともできないらしい。
アミィのことだから、もしかしたら牽制の意味もあったのかもしれない。一番の目的は僕のためだったろうとは思うけれどね。なにしろ、時々「ヴィヨン様を幸せにするために」って呟いているのを僕は知っている。アミィ自身は、声が出ていることに気付いていないようだけれど、あれはほとんど口癖の域だ。そんな時は、左肩の傷跡を右手で触れているからすぐにわかる。これもアミィ自身は気付いていない癖だ。
アミィが城に通うのは、週4回。だから、自治会のない日をアミィが城に行かない日にして、お茶を飲む時間を作っている。予想はしていたけれど、やっぱりお互いなかなか時間が取れない。
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そんなこんなして、次の定期考査も、アミィは満点で首席だった。僕も前回と同じく3位。もっと頑張らないと、アミィはおろかブーケ嬢にも勝てない。
3月の定期考査までその状態が続いた。
そして、もうじき1年生が終わるというある日、ブーケ嬢が自治会を無断欠席した。
立場上もあるけれど、彼女は真面目な生徒だから、少し奇妙に感じ、本人に
「承りました。
ヴィヨン様は、お優しゅうございますね」
アミィは嫌な顔ひとつせず、僕を送り出してくれた。
アミィにとっても貴重な時間だろうと思っていたけど、違うんだろうか。いや、最初はそんな必要があるのかみたいな反応をしていたから、残念がってくれているとは思うんだけれど。
放課後、ブーケ嬢の教室に行ってみると、まだ彼女はいた。
自治会の用だと言って呼び出し、サロンに連れて行く。本来なら、今頃はここでアミィの淹れてくれたお茶を飲んでいたはずなんだけどな。
「あの、あたしなんかがこんなとこ入っていいんですか?」
ブーケ嬢が恐縮している。確かに、ここは高位貴族のための場所で、男爵令嬢でしかない彼女が入るのは初めてだろう。
「僕が招いたのだから、いけないということはないよ。
実は、自治会の用というのは、昨日どうして来なかったのかを訊くことなんだ」
一応、“自治会関連の”用事だ。
「君が連絡もよこさず休むなんて、よほどのことがあったんじゃないかと思ってね。差し支えなければ、話してくれないか」
正面からブーケ嬢を見据える。
彼女がつまらない嘘を吐くとも思えないけれど、言いにくいこともあるだろうし。
彼女は、少し暗い顔をして話し始めた。
「実は、お母…母の形見のペンがなくなっていたんです。それで、探していたら、その…」
なるほど捜し物か。
「見付かったのかい?」
尋ねると、バッグから、4つに折れたペンを取り出した。かなりひどい折られ方だ。折れているというより、砕けているといった方がしっくりくる。
「ここまで壊れているってことは、壊された、つまり落としたのではなく盗まれた、ということかな」
確認すると、彼女はフルフルと首を横に振った。
「わかりません。それに、これじゃないんです」
「これじゃない?」
「そっくりだけど、違います。お母さんのペンは、ここに小さな傷があったんです」
「つまり、すり替えられた?」
「わかりません。これは全然関係ない誰かが捨てただけかもしれませんし」
ブーケ嬢は肩を落とした。
彼女のペンが盗まれたか隠されたかして、そっくりなペンが折られて落ちていた。偶然とは考えにくいね。
「嫌がらせかな」
言ってみると、ブーケ嬢がピクリと肩をふるわせた。
「君は色々とやっかまれているようだからね、あり得なくはない話だ」
「…はい」
「その折れたペンが無関係とも思えないけれど、本物ももう捨てられたか壊されたかしているかもしれない。
もし、誰かがこの件で何かを言ってきたら、僕に教えてほしい。
できる限りのことはしよう」
「ありがとうございます。
でも、どうして」
「僕は正しい王子でありたいから、かな。
少なくとも、他人の物を盗んだり悪用したりというのは、咎められるべきことだ。
相手が君でなくてもすることだから、気にしなくていい。その破片は預かっていいかな」
話が飲み込めないでいるブーケ嬢を促して、サロンを出た。
解決は難しいだろうけれど、僕が動くことで、今後の牽制にはなるかもしれない。
ああ、そういえば、サロンに来たのにお茶を飲まなかったな。
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数日後、
ブーケ嬢から預かったペンの破片を持ってこい、と。侍女から報告が行ったにしても、わざわざ陛下が僕を呼び出すようなことだろうか。
「破片を見せてみよ」
布の上に広げた破片を差し出すと、
「なるほどな」
と仰った。
「どういうことでしょうか」
「これから話すことは、他言無用だ。アメリケーヌ嬢にもだ。わかったな」
「はい」
アミィにも秘密の話? このペンがなんだというんだろう。
「ブーケ・フォン・ガルーニは、ガルーニ男爵の娘ではない。
おそらくはプロヴァンスの娘ではないかと思っておる」
叔父上の!?
「亡くなったのでは?」
「そのように発表はしたが、実際は違う。
曲者が入った際、侍女が2人で赤子を連れて脱出したらしい。
侍女の1人は、途中で力尽きているのが見付かったが、赤子ともう1人の侍女は見付からなかった。どうやら逃げおおせたようだ。
1年ほど前に、その侍女からプロヴァンスに連絡が入った。赤子は自分の子として育ててきたが、自分は病で長くない、助けてほしい、とな」
そんなことが…。
「しかし、それでどうしてガルーニ男爵家なのですか?」
「既に14年が経ち、今更本人かどうかもわからん。
侍女はそれなりに信頼できるが、曲者がどこの手の者かわからんからこれまで潜伏していたと言われて、すぐに信じられるか?
だから、一旦ガルーニに預けて様子を見ていたというわけだ。
どうやら本物らしい、という話だ。そして、どうも曲者の方でも嗅ぎつけたようだ。
このペンの本物は、娘が生まれた時にプロヴァンスが贈ったものでな。その証が隠されていて、侍女が身の証として見せたものだ。
こっちの破片が砕かれているのは、それを確かめるためだろう」
「偽物を砕いたのですか? 何の意味が?」
「偽物と気付かず砕かれたのだろう。本物はこちらの手にある」
「陛下の手に?」
もしかして、ブーケ嬢には監視が?
「詳しくは言えぬが、今回の件があってこちらから問い詰めるまでプロヴァンスもだんまりを決め込んでおったのでな、娘が発見されていたことを知ったのもつい先日のことだ。
14年前の件といい、いくつかの勢力の思惑が錯綜していると見た方がよかろう。
当面、ブーケ嬢には影を張り付かせるが、お前にも彼女の監視を命じる」
「監視、ですか? 護衛でなく?」
「ブーケ嬢がプロヴァンスの娘ということはほぼ間違いないが、空白の14年に何かを吹き込まれていた可能性は否定できん。なにしろどこでどのように育てられていたかわからんのだ。
事情がはっきりするまで、プロヴァンスの娘と公式に認めるわけにはいかん。
場合によっては、このまま男爵令嬢として飼い殺しにする」
「しかし、それでは彼女が…」
「幼い頃に妙な思想を吹き込まれていた危険がある。
学園入学前に突然見付かるなど、怪しいにもほどがあろう。無論、偶然という可能性もある。育てた侍女が数年前から体を壊していたことは裏が取れた」
「ならば」
「だからこそ、確認するのだ。
幸い、お前なら自治会絡みで自然に接触できる。
幼い頃の話、母の思い出話、それとなく聞き出せ。
誰にも気取られてはならぬ。
アメリケーヌ嬢にも秘せ」
「アメリケーヌにもですか?」
「知れば態度が変わり、周囲に気取られるおそれがある。
特に、
「アメリケーヌの立場を悪くすることになりませんか」
「王妃に最も近いところにいるのだ、多少のことは耐えてもらわねばな。あとはお前が手当せい」
王妃に最も近い、か。今まで、僕が王太子になることは明言されなかったのに、ここで、というのは、僕に王としてそういった覚悟も必要だと仰っているんだろうね。
「わかりました。
しばらくブーケ嬢を探ります」
これで、ますますアミィと過ごせる時間が減ってしまうなあ。
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