17 悪役令嬢は、ペンを折る

 1年生最後のイベントです。

 今回のイベントは、“ブーケのペンを折って捨てる”。

 母──本当は侍女ですが──の形見のペンが何者かに折られ、残骸が裏庭に捨てられているというものです。

 ブーケはなくなったペンを探し回ったため、初めて自治会の仕事をサボります。

 真面目なブーケがサボったことを心配したヴィヨン様がブーケから事情を聞くことで、また一歩2人の距離が縮まるのです。




 実を言えば、わたくしの力でペンを折れるのかという不安があったので、事前に試してみることにしました。

 先日の教科書破りの時に、ブーケのペンは確認しました。

 貴族の間では割とポピュラーな、私が前世の記憶を思い出した時、イベントを書き留めるために使ったのと同じものです。

 これを1本購入してみることにしました。




 「コリー、このペンと同じものを手に入れられるかしら?」


 「それはできると思いますが、どうなさるのですか?」


 「ちょっと使いたいところがあるのよ」


 さすがに、私のと同じとはいえ、私のを折るわけにはいきませんものね。


 「お嬢様がお使いになるのですか?」


 「簡単には手に入らない?」


 使い途を訊かれると面倒なので、話をはぐらかしました。


 「どなたかにお贈りになるわけではないのですね? では、家紋などは不要ですか?」


 ああ、贈り物だと思われた?


 「ええ、いらないわ。ちょっと使うだけだから」


 「かしこまりました」




 数日後、コリーが手に入れてくれたので、ペンを折ってみたのですが、かなり苦労しました。

 段差を使って斜めに置いて踏んでも、一度や二度では折れません。ようやく2つに折れた頃には、踏んだ回数は20回を超えていました。これでは、学園内で折ろうとしたら、誰かに見咎められるかもしれません。まったく、スタッフはもう少し考えてシナリオを作るべきです。

 そんなわけで、試しに折ったペンを利用することにします。

 効率を考え、折ったペンを裏庭に捨ててから、この前と同じようにダンスの授業の直前にブーケの教室に忍び込み、ペンを持ち出します。これで、後はブーケが騒ぐだけです。

 大抵のイベントはお城に行かない日なのですが、今回はブーケが自治会をサボるというイベントなので、私がお城に行く日です。なので、ブーケがどうなったかは確認できないままお城に向かいました。

 そして、自室に戻ってきたわけですが。この持ってきたペン、どうしましょうか。

 身代わりの折れたペンは、もうブーケが見付けたでしょうし、本物はいらないんですよね。

 捨ててしまえばいいのでしょうが、ブーケにとっては、大切な人の形見ですし。

 ゲーム終盤、ブーケは自分の出生の秘密を知ります。母だと思っていた人が、実は母の侍女だったということを。それでも、ブーケにとっては侍女の方が母でした。

 男爵家に引き取られるに当たって、ほとんどのものは処分されており、侍女の形見はこのペンだけ。

 …私が修道院に送られる時、返してあげましょうか。別に、彼女に恨みがあるわけではありませんし。

 それまで、このペンは片付けておきましょう。




 翌日、学園に行ったところ、ヴィヨン様から


 「すまないが、今日は時間が取れないのでお茶会はなしにしてほしい」


と言われました。ああ、ブーケのところに行くのですね。


 「承りました。理由を伺っても?」


 「昨日の自治会に、ガルーニの令嬢が顔を出さなかったんだ。黙って休むような子ではないし、何かあったんだと思う」


 順調ですね。では、私の言うべき言葉はこうでしょうか。


 「明日になれば、けろりとした顔で出てくるのではありませんか?」


 「そうかもしれないが、違うかもしれない。

  だから、今日のうちに確かめておきたいと思ってね」


 「左様ですか。承りました。

  ヴィヨン様はお優しゅうございますね」


 にっこりと笑って了承します。これでイベントクリアですね。



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 3日後、お父様の執務室に呼ばれました。

 いったい何でしょう。今の時期、お父様が関わるイベントなどあったでしょうか。


 「お父様、参りました」


 「ガルーニ男爵家の娘と関わっているようだな」


 執務室の机の向こうから、お父様が尋ねてきました。学内でブーケに嫌味を言ったことが伝わっているようです。

 嫌味については、周りに人がいますから、その線から伝わったのでしょう。


 「庶民育ちとのことで、常識を欠く行動が目に余りましたので、少しばかり指導したことがございます。

  それが何か?」


 こちらは隠すようなことでもありませんから、正直に答えます。


 「その娘、少々面白い立場のようだな」


 「ガルーニ男爵の庶子と伝え聞いております。

  庶民育ちで所作はなっておりませんが、とても優秀とのことで、自治会に招聘されました。

  人となりについては、お兄様の方がお詳しいかと存じますが」


 「それで?」


 それで、とはどういうことでしょう。私がそれ以上のことを知っているわけはありませんのに。


 「それだけです。

  ほかに何かあるのでしょうか」


 「お前がそのような娘を気にする理由があるのかと思ってな。

  ないならいい。下がれ」


 私が、ヴィヨン様のことで嫉妬している、とお考えなのでしょうか。

 まあ、嫌味くらいはどうということでもありませんし、放置しておいてくださるでしょう。

 ごめんなさい、お父様。

 私はいずれ、断罪されるのです。

 できるだけお父様にはご迷惑を掛けないよう立ち回りますから、気付かないでいてくださいませ。

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