16 悪役令嬢は、教科書を破る

 アメリケーヌがブーケに嫌味を言うのは、イベントに限りません。最初の嫌味イベント以降は、顔を見れば常に見下した態度を取ります。

 それはもはや日常レベルの話であり、いちいちイベントにするほどのことではないため、ナレーションで語られる程度のことなのです。

 もっとも、わたくしがブーケと顔を合わせることなどほとんどありませんから、日常と言っても、毎日のようにというのとは違います。

 なにしろ、私は、週に4日はお城に通って妃教育という名の王妃教育を受けているのですから。

 まだヴィヨン様が正式に立太子していませんから、名目上は王子妃になるための教育となっています。

 建前を前面に出す辺りが日本製のゲームらしいですね。

 ヴィヨン様が立太子されるのは、卒業直後の予定です。

 一応、予定としては、立太子と同時にアメリケーヌとの婚姻、となっていますが、アメリケーヌの悪事が露見し、卒業式後のセレモニーで私との婚約破棄、ブーケの公爵家復帰、ヴィヨン様とブーケの婚約が、矢継ぎ早に発表されることになります。




 王妃教育は、周辺国の歴史や語学などにも及んでいます。こんなギチギチのスケジュールの合間を縫って嫌がらせをするなんて、悪役令嬢って勤勉でないと務まらないのですね。

 ブーケが卒業後すぐに結婚できないのも、この王妃教育の時間が必要だからです。

 私が3年掛けて学ぶことを一気に詰め込まれるわけですから、ブーケも大変です。まあ、ブーケの場合、卒業後ですから、住み込みで1日中学ぶことになるのですし、1年くらいでなんとかなるのでしょう。




 7月と9月の定期考査も、私が満点で首席、2位がブーケで3位がヴィヨン様です。

 正確に毎回の点数を覚えているわけではありませんが、ブーケの点数は満点に7~8点足りなくて、ヴィヨン様はそこから更に5点前後少ない、という感じでした。

 とすると、今のブーケの点数は、ゲームどおりということになります。

 私が満点を取るのが問題なのですよね。

 幼い頃、私の手でヴィヨン様を幸せにしようと思って頑張ったことが影響しているようです。

 かといって、手を抜けばヴィヨン様にすぐバレてしまうでしょう。それは避けたいところです。ヴィヨン様に今嫌われてしまうと、今後の展開が狂ってしまいそうですし。


 先日ヴィヨン様と約束したので、自治会には、二度ほどクッキーを持ってお邪魔したのですが、なぜか毎回ヴィヨン様はお留守で、持って行ったクッキーはほとんどお兄様方3年生に食べられてしまいました。

 そんなわけで、三回目は行っていません。




 さて、悪役令嬢の時間がやってきました。

 11月のイベントは、教科書破り。

 王国語の教科書の、その日の授業で使うところを数ページにわたって破るという、泣きたくなるほど地味な嫌がらせです。

 本当に、スタッフは何を考えてこんな地味な嫌がらせにしたのでしょう。

 普通なら、教科書が真っ二つに切り裂かれるとか、大穴を開けられるとかだと思うのですが。

 ほんの数ページって、授業で1回困るくらいでしょうに。ああ、試験勉強でも困るでしょうか。いえ、ノートさえきちんと作っていれば困りませんね。

 その程度だというのに、実行する方の難易度はやたらと高いんですよね。

 なにしろ、ブーケの教室にこっそりと入って破り取って出てこなければならないのですから。この学園、女子に体育などないんですよ?

 と思ったら、意外と簡単にチャンスがありました。

 体育はないけれど、ダンスはあるのです。

 ブーケのクラスがダンスの授業の直前、素早く教室に潜り込んで、目星を付けていたページを破り取ります。

 4~5ページもあれば十分と思いますが、紙というのは案外強いのですね。一度に破くのは2ページが限度です。時間的なことを考えると、4ページがせいぜいですね。

 ついでに、次のイベントで折る予定のペンを見ておきましたが、私が前世を思い出した時、記憶を書き留めるのに使ったのと同じものでした。

 破ったページをポケットに入れ、自分の教室に戻ります。こんなことで遅刻しては、沽券に関わりますもの。

 それにしても、教科書を真っ二つは、私の力では不可能ですね。スタッフは意外とちゃんと考えていたようです。

 破り取ったページは、わからないように丸めて、トイレのゴミ箱に捨てておきました。

 この世界には、指紋採取などという捜査方法はありませんから、これで問題ないでしょう。

 これで、今回のノルマも終了です。

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