15R2 妹(シャメール視点)
「お邪魔いたします。
お兄様、お仕事ご苦労様です」
妹のアメリケーヌが自治会室にやってくるのは、これで二度目だ。
クッキーとお茶。侍女のコリーにワゴンを押させて、振る舞いにやってくる。
どうやら、殿下にねだられたらしい。
全てに完璧と思える妹だが、心が素直すぎるのが玉に瑕だ。
幼い頃からそうだった。
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父のところに、家庭教師から報告が行ったのを知った。曰く、私の時より優秀と感じる、と。
ついこの前までわがままな子供だった妹は、ある日突然、落ち着いた小さなレディに変貌した。所作などは、以前から大したものだったが、年齢相応の子供っぽさとわがままがあったのが、突然に。
おまけに、早く一人前のレディになりたいからと、父をせっついて淑女教育を前倒しまでさせた。
私が教わっている家庭教師がついでにと、簡単な勉強を教えるようになったのもその頃だ。
そして、その結果、妹は、まるで教わるまでもなく知っていたのではないかと思うほど飲み込みが良かったという。
生意気だとも思ったが、公爵家の跡取りとして、その程度のことで妹に嫉妬するのも見苦しいから、我慢していたのだが。
どうやら妹は、私に疎まれているとでも感じたらしく、やたらと私に声を掛けてくるようになった。
子供のこと故に、主にゲームの相手を求めるようになったが、妹は特にチェスが好きだった。
妹は強かった。最初のうちは勝ったり負けたりで、ここでも並ばれるほどかと少し腹も立てたのだが、やがて気が付いた。妹の手は、素直で戦略性に欠けていることに。
有り体に言えば、先を読む力と犠牲を払う覚悟が足りない。
多分、優しすぎるんだろう。
特に顕著なのが、駒を取られることを嫌がって逆に攻め込まれるというミスの多さだ。
チェスでは私に歯が立たないことを知った妹は、それでもやめなかった。
「お兄様には敵いませんわねえ」
と困った顔で笑いながら、それでも楽しそうだった。
どうやら、私に笑いかけてほしくてチェスをせがんでくるらしい。だから、勝ち負けよりは、楽しくゲームができることが重要なのだろう。
頭がいいくせに、どこか抜けているところもある妹は、やはり可愛い存在だった。
7歳になり、第2王子殿下の婚約者候補となった妹は、戸惑いと喜びと不安を纏いながら城に行き、帰って来た時には、嬉しそうな気配は鳴りを潜めていた。
緊張しすぎて失敗でもしたのかと思ったが、そんなこともなかったらしく、意味がわからない。
そのままトントン拍子に話は進み、翌年には正式に婚約が結ばれた。
実はいやいやなのかとも思ったが、妹の口ぶりからすると、殿下に対して好意を抱いていることは間違いない。政略の相手に好意を抱けること自体、かなりの幸運だ。
私は、妹が王妃になることに漠然とした不安でも持っているのだろうと思うようになった。
その後、妹が殿下を庇って大怪我をした。
馬にさんざん踏まれたらしい。
幸い、後遺症は残らないらしいが、傷跡は残るそうだ。
この件で、父は双方無事だったことを喜び、母は傷跡が残ることを悲しんだ。
私としては、妹が城での療養を終えて戻った後も殿下が足繁く見舞いに訪れたことに喜んでいた。
殿下に
だが、妹は、この頃から、殿下との婚約は嬉しいが、いずれ失うことを覚悟している、というような不思議な感じだったのだ。
左肩に残る傷は、令嬢として大きな
ほかならぬ殿下を庇ってついた傷跡だというのに、婚約に気後れを感じるようになったようだった。
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妹が学園に入り、定期考査で満点を取った。いずれは取るだろうと思ってはいたが、まさかいきなりとは。
慣例に従い、上位3名に自治会入りを打診したところ、妹は断ってきた。
兄妹で自治会活動を、というのは私の夢でもあったのだが、妃教育で城に日参するとあってはやむを得ない。事実上、王妃となるための教育だ。妹の将来が懸かっているのだ。
代わりに、4位だった宰相の息子が入ってきた。
殿下は3位だったから、元々招聘対象だ。第1王子殿下も優秀な方だが、対象にはならなかったのだから、やはり殿下は優秀なのだろう。この国の未来を担うお方、しかも妹を託す相手だ。せいぜい鍛えて差し上げるとしよう。
問題は、ガルーニ男爵令嬢だな。
庶子ということだが、どうにも嘘くさい。
おそらく、本人はそうと信じている。だが、仮にも男爵家ともあろうものが、手紙1つで庶子を受け入れるか?
生まれてすぐ引き取るならまだわかるが、これは…。
男爵令嬢は、能力は高いが常識を弁えないので、しばらく外に出さず、内での作業をさせることにした。
そんな時、妹が
「お兄様、明日、自治会室にお邪魔してもよろしいでしょうか」
と言ってきた。
何の用かと訊くと、
「お菓子を差し入れたいと思いまして。
お仕事のお邪魔はいたしませんから」
とのことだった。
快く了承した。
翌日、妹は約束どおり、手製の菓子を持参した。
「よく来たな。見学していくか? 本来なら、お前もここにいたんだ」
と声を掛けたが、妹は少々困惑した顔で、
「いえ、お仕事のお邪魔になってはいけませんから」
と固辞して、菓子と茶だけ置いて帰っていった。
顔には出さないようにしていたが、殿下の姿がないことに落胆していたようだ。
お前が来るとわかっているのに、殿下を部屋に置いておくわけがないだろう。たっぷり仕事を与えておいてやったぞ。
まったく。形式ばかり気にして、妹を不安にさせるなど、いくら次の王といえど許しがたい。
さっさと自分の言葉で求婚でもなんでもして安心させてやってほしいものだ。
妹は、差し入れに来ようとすると私が殿下を部屋から出すと気付いたらしく、その後はもう差し入れには来なくなった。
こっちはこっちで諦めがよすぎる。私の妨害をかいくぐるなり、不意打ちで差し入れに来るなりすればいいものを。
そういう融通の利かないところは、お前の欠点だぞ、アメリケーヌ。
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