12 悪役令嬢は、先回りする
ようやく、と言うべきか、とうとう、と言うべきか、ゲーム本編がスタートしました。
新入生総代を務めるヴィヨン様の挨拶は、うっとりするほど素敵でした。ゲームのOPで流れるムービーまんまです。
思わず体が震えそうになるので、挙動不審にならないよう抑えるのが一苦労でした。
学園は、王都に屋敷を持たない遠方から来ている生徒は寮に入りますが、それ以外の生徒は自宅からの通いとなります。
ヴィヨン様は、今日は総代を務めた関係で少し残られるので、
そして、正しくここからが本番。
今日、ヴィヨン様は、ブーケと出会うのです。
正確には、今日、ここで出会った攻略キャラがメイン攻略対象になるのですが。
だからこそ、ヴィヨン様との待ち合わせをここにしたのです。これで、ハッピーエンドに1歩踏み出せるでしょう。
今日のイベントは、バラ園が物珍しくて入学式後に訪れたブーケが、不用意にバラに近付きすぎて制服のスカートにトゲが引っかかるというものです。力ずくで外そうとするブーケを、通りがかった攻略対象──この場合はヴィヨン様──が助けるのです。
この時点では、ブーケは、ヴィヨン様が総代を務めた王子であることすら気付きません。10歳の時の出会いを思い出すのも、ずっと後のことです。
さて、ブーケが来る前にバラ園の奥に行っておきませんとね。
って、今入っていったのは、ブーケ!? なんでもういるんですか!? 私、かなり早く動いていましたのに。
どうしましょう。私がここでモタモタしていたら、ヴィヨン様がいらしてしまいます。バラ園に入る前に私を見付けられてしまったら、出会いイベントが…。
考えている余裕はありませんね。
なるべく顔を合わせないよう動くしかありません。
ブーケのピンクの髪が視界に入らないように歩いていたはずなのですが、どうしてこうなってしまったのでしょう。
「うっ くっ よっ はっ」
貴族の令嬢として、色々問題がありそうな掛け声を上げながら、ブーケが妙な踊りを踊っています。まるで水底に沈んで浮かび上がれずにもがいているような。
思わず目が点になってしまった私は、足を止めてしまい、ブーケと目が合いました。
どうしましょう。
どうやら、襟元に枝がひっかかって動けないようです。って、トゲが引っかかるのはスカートだったはずでは…。
「あの…えっと…」
ブーケが気まずそうにこっちを見てきます。
助けてと言われていない以上、見なかったことにして先を急ぐべきですわね。
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「あの、ごめんなさい」
「黙って。動かない」
どうして私はこんなことを…。
何をどうやったら、上着とブラウスの間に枝が2本も入ってからまるなんて状況が生まれるんですか。
学園の制服は、薄い赤のプリーツスカートに、丸襟の白いブラウス、コバルトブルーの上着からなっています。上着は、上腕の袖が少し膨らんでいるデザインです。夏場は、この上着の代わりに同じ色のベストを羽織ります。
今は4月なので、当然、上着を着ているわけですが、ブラウスと上着の間に枝が2本入り、内側で引っかかっているようです。
引っかかっているせいで、上着を脱ぐことすらできず、先ほどブーケは体を低くすることで枝を抜こうとしていたようですね。
上着を半脱ぎさせて、ブラウスとの隙間に手を入れてトゲを外すしかなさそうです。
「少し背中を反らしなさい」
言うと、ブーケは素直に従いました。
「そのまま止まっていなさい」
上着の襟元と裾からそれぞれ手を入れて、枝の上下をつまんで動かし、引っかかっているトゲを外して枝を抜きます。1本抜けました。もう1本。
「取れましたわ。もう動いていいですわよ。
何をしていたかは知りませんが、少しは恥というものを知りなさい。
ここで私に会ったことも忘れなさい」
イベントを潰してしまったかもしれません。でも、引っかかっていたのはスカートではありませんでしたし、どういうことなのでしょう。
「あの、待って…」
困惑した私は、伸ばされた手を払いのけ、一応口止めだけして足早に立ち去りました。
ブーケが呼んでいるような気がしますが、きっと空耳でしょう。
バラ園の奥に行ってヴィヨン様を待つ間、私は後悔の念に苛まれました。
もし、あれで出会いイベントを潰してしまったのだとしたら、ハッピーエンドにいけるのでしょうか。
考えても、今更仕方のないことです。なぜ、あそこで手を出してしまったのか…。
「どうした? うつむいて」
ヴィヨン様が来られたようです。イベントはどうなったのでしょうか。訊けるわけもありませんが、気になります。
「いえ、なんでもございません。
総代のご挨拶、素晴らしかったですわ」
どんなときでも、公爵令嬢らしく。すっかり身に染みついた習慣は、こんな時でも私をあるべき姿にしてくれます。
「ありがとう。
ときに、このバラ園は、もしかして女生徒に人気の場所なのかな?」
「人気か、と言われるとわかりませんが、バラを好まない女生徒を探すのは大変ではないかと存じます」
「そうなのか。
いや、さっきそこで、ほかにも女生徒を見かけたものだから」
ああ、ブーケに会えたのですね。よかった。
「そうですか。
ここは、4月に咲くよう調整していると有名ですし、見に来る者も多いかもしれませんね」
「アミィも?」
「ええ、私も女生徒ですから」
「そうか。
しかし、バラというのは、案外危険な花なのだね」
「綺麗な花にはトゲがある、と申しますから」
「アミィにはトゲがないようだが、トゲが刺さることはあるようだ。ほら、手を貸して」
私は綺麗な花ではないということですね。え? 手?
え? ヴィヨン様?
ヴィヨン様は、私の左手をとり、ハンカチを当てます。ハンカチが濡れているじゃありませんか。いつの間に?
「まったく、アミィには困ったものだよ。
さあ、帰ろう」
ヴィヨン様は、ハンカチを当てたまま私の左手を引いて歩かれます。困ったってなんですか? どうして私は有無を言わせず手を引かれているのでしょう?
幸い、ブーケはもう帰っていたようで、顔を合わせずにすみましたが、ヴィヨン様は私を馬車に乗せるまで、手を放してくださいませんでした。
ヴィヨン様に見送られ、馬車の中でハンカチを当てられていたところを見ると、小さな傷がありました。あ、それでハンカチを。
え、私、ドジっ子枠ですか⁉︎
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